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来る日も来る日も登校するたび天使君と顔を合わせ、下校時刻までべったり貼り付かれる。そんな事を繰り返している内、入学式から実にふた月が経った。
高校生ともなれば、変わった名前を原因にイジメが起こるなんてことは、まずないだろう。
それなのに天使君と来たら、
俺以外のクラスメイトには一向心を開かない。
休憩時間、教室の移動、昼食を取るのも、決まって俺と二人切り。
あんなに愛想の良く見える天使が、他のクラスメイトの前では能面のように笑顔を消してしまう。その様は、はっきり言って至極不気味だ。
触らぬ神に祟りなし。
今や、俺と天使、異様な雰囲気を醸す俺たちへのクラス中の対応は、皆等しかった。
「偉主郎くんっ」
──── 来たよ。
「ほら、今日も宿題写すでしょ?」「もうじき梅雨だね、曇り空ばかりで気が滅入るよ」「放課後遊びに行こうよ」「また菓子パン?今度お弁当作ってきてあげるね」「それより今日も格好いいね」「いつ見ても飽きないよ」「偉主郎くんは僕のヒーローで、王子様で、心から尊敬できる友達さ」「君だけだよ」
正直、限界が来ていた。
堪忍袋の緒という緒が切れんばかりだった。
丸1学期はごっこ遊びに付き合ってやろうと考えていたが、とても耐えられるようなもんじゃない。
この淀みない瞳がこちらを捉えるたび、
俺は、限りなく細い針につぷりと刺されたような不快感を催すのだ。
丸っこい目を睨め返しながら、苛立ちに張り詰めた神経をやわっこく解しつつ、ぐるぐると思考を巡らせた。
次の科目は体育だ。教員がものぐさで点呼を取らない。
40人弱の生徒の内たった2人が居なかったところで、誰が気付くか。ましてや、敬遠されている俺たちの事を教員にたれ込む奴は居ない…
やるなら今日、この時間しかない。
決行だ。やってやる。もう二度と こいつに馴れ馴れしく接させないために。
「わ。みんな更衣室行っちゃったね、僕たちも早く着替えなきゃ… 」
皆が去って、がらんとした教室。
机に頬杖をついて楽しげに『俺』を語っていた天使が立ち上がると、俺はすかさずその手を掴んだ。
驚くこいつに、入学以来いちばんの笑顔を振舞ってやる。
「なぁ天使。次の授業、飛んじまおうぜ。
…屋上行かねぇか?」
俺から何かを提案してやったのは初めてだった。
普段の授業ではいい子ちゃんのこいつが秒速で承諾したのは、言うまでもない。
✕
✕
✕
押し退けた埃まみれの看板、白地に赤字の『出入禁止』がでかでかと鬱陶しい。
屋上の扉くらいなら、俺のピッキングも通用する。ポケットに忍ばせていた2本の針金で上手く解放してみせれば、天使は相変わらず大袈裟に俺を褒めた。
「偉主郎くんってほんと何でも出来るんだな、すごい!」
「でけぇ声出すなよ… ほら、出ちまえよサボり2号」
「…1号から出たら?」
「何ビビってんの。ほんといい子ちゃんだな お前」
ぐい、と強引に腕を引いて屋上へ踏み入ったあとは、直ぐに外側から鍵を掛けて閉め切ることだ。
看板を退けた後さえ残るが、
誰も生徒が屋上でサボりだなんてベタな青春イベントを楽しんでるとは思うまい。
もっとも、俺はその為に屋上を選んだわけじゃないわけだが…
「僕、授業サボったりするの初めて。偉主郎くんは良くこんなことしてたの?」
「まぁな」
「あは、悪い子だなぁ」
「…今更気づいたのかよ」
冷たいコンクリの壁に背を預け、胸ポケットに隠した煙草と簡易ライターを取り出した。
咥えて火を付ければ、天使が真ん丸な目をもっと丸くしてこちらを凝視しているのが伺えた。
バカめ。
こいつは何も知らない。
授業のサボり方も、煙草の嗜み方も、
その両方を心得ている素行不良な生徒のことも。
本当に何も知らないで俺と連んだいい子ちゃんが…
「な。いい加減目ぇ覚ませよ、天使君」
そう言って俺は、
一度たっぷり肺に取り入れた煙を、端正な白い顔へと吹き付けた。
✕ ✕ ✕ ✕
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