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大剛の者 ー平塚久賀ー
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兄が討ち死にと聞いた俺は、火の玉のように暴れくるった。
猛将の兄が昼には逝っていたというが、そんなことあり得ぬ。
家康が、追い込んだのに違いなかった。
俺が治部様を主君に選んだせいだ。
家康!
家康家康!
家康うーっ!
あれはどれほど前のことだったか…
平塚久賀。
為広の弟か。
「大剛の者」久賀なれば、儂の配下となって働くことを許す。
許すとよ。
何様のつもりだ。
俺は三河に知り合いもおる。
内府(家康)様の下では、知行惜しまれてろくろく栄達もかなわぬと、皆口々に言っておった。
いや知行とか栄達とかではないのだつまり。
働くことを許す。
これだ。
ここが既に腹立たしい。
だからどうするのだと兄が笑いながら問うので、
内府殿より一番遠きはたれぞ。
問い返した。
距離的には島津であろう。
距離ではない。
心根、友垣としてじゃ。
なら…治部殿か。
即決で、そこへ行った。
悔いるほど俸禄は低かった。
自らかしづいたせいもあるが、佐和山の城に侍る者らは等しく俸禄が低いのだった。
そしてそれを、たれも不服がってはおらなんだ。
いや不服はないではないのだが、ご当主自ら扶持のほとんどを家中の者や賄いに分け与えておる。
お方様など正式着晴れ着以外は木綿に継ぎも当てておられる。
これで俸禄がどうとか言ったら、身勝手にもほどがある…
関ヶ原。
石田隊は壊滅した。
儂は戦うだけ戦って、兄者の後を追うつもりだったが、腕(かいな)を脚(きゃく)を胴を押さえられ、口には猿轡。
まさに捕縛の辱めそのもの。
自決のすべを総て奪われて家康の前に引き出されたのであった。
家康は言うた。
儂への仕官を断って、三成ごときに仕えたがゆえ、今のこの態(てい)となり果てたのだ。
これは嘲弄じゃ。
将たる者が敗軍の兵を引き据えて笑いおるのじゃ。
憤怒に燃えたぎる目で家康を睨み据える。
言いたいことがあるなら言うがよい。
言ってから、儂の口枷に気づいたのだろう、傍の者に外せと声をかけた。
口が自由になった瞬間、噛みつくか、唾かけるか、怒鳴るかと、一瞬頭が空白になった。
口もからからじゃ。
されど憤怒は魂の底から湧き上がっておった。
兄者、主、お方様。
木綿の継ぎ当ての衣…
言いたいことが我が心中からほとばしり出てきた。
武人が戦場にて生け捕らるる自体は恥ではない。
内府公~あえて『公』とは付けた。あえてじゃ。~など遠き日、まるで物のように今川に遣られた…長らく今川家の人質だったと聞き及ぶ。
なのに他の屈辱を嘲弄するなど笑止千万。
しかも内府公、公は繰り返し繰り返し、年寄衆や五奉行らと起請文交わしては破り交わしては破り、太閤の遺命に叛き続けた挙げ句、秀頼公をもないがしろになされ続けた。
その所業、武士の風上にもおけぬではないか。
そのような輩に乞う命など持たぬ。
とっととこの首刎ねるがよい!
家康の頬から笑みが消えた。
憤怒。
屈辱。
激怒。
赤くなったり青くなったりしていたが、突然顔色は冷静に戻った。
憎まれ口で殺させる作戦であろう。
儂が激怒しそっ首刎ねさせればおまえの勝ちとな?
そうはさせぬ。
おまえはここから堂々出て行くのだ。
じゃが敵陣から無傷で出て行くおまえは、同輩にどう見られるじゃろうのう?
家康は実に酷薄な表情で笑んだ。
心の底まで凍りつかせる笑み。
たれもこの男の心奥を見ていない。
第六天魔王も太閤も、きっとこれは見ていない。
なぜだか請け合える気がした。
生きておれ。
生きて長う苦労せよ。
悪鬼のように笑って、家康は退出した。
***
生き延びた我を人は謗る。
主を売り渡したのだろうと。
門を出た我はたれの目にも、懐柔されたと映るのだろう。
たれももはや我を忠臣とも武辺の者とも見ぬ。
曰く、
主を兄を逝かせてなお、未だ生き恥さらしておる卑怯者よ、
であろうな。
大剛の者などという二つ名も、総て忘れ去られてしまったであろう。
それでもだ。
それでも!
未だ秀頼様がおる。
大坂城もあるし、淀様も、乳母殿も、乳母殿のお子の大野治長殿もおられる。
不肖の力でも集まれば、再び豊臣の世が戻るやもしれぬ。
そう思うから儂は生きる。
生き恥を晒して儂は生きる。
待っておれ家康。
剛毅の者平塚久賀、必ずおまえの首を獲る!
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