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ガタガタと震えながら、刺されていた右腕を力強く掴んでいる。
「痛かったよな、でももう大丈夫だ」
担当医からは、自傷行為に走らない限りは極力体には触れずにそっとしてやること、
なるべくゆっくりと話しかけて落ち着かせるように努めること、
記憶の中の光景は過去であって現実ではないことを繰り返し言い聞かせるように言われていた。
「体の傷は癒えているんだ凪、ここは安全だ」
「…ぁぁッ、ぁ、ぁ、」
「こっちを見ろ、俺もいる、一緒にいるから」
「…ぁ、」
そっと手に触れてやると、びくっと震えた凪がこっちを見る。
「大丈夫だ、な?」
カタカタを口を震わせながら、大きな目に涙を溜めて俺を見つめる。
「ち…、ぁ、ぁ…ち、」
「ん?大丈夫だ凪、ゆっくり、ゆっくりでいい、落ち着いて呼吸してみなさい」
「ち、ち、…ちぁ、ぁッ」
凪が、震える手を俺に伸ばす。
その手を取ってやって手の甲を優しく擦る。
「心配ない、ここは安全だ」
「…ち、ぁ、ッ、ち」
懸命に何かを話そうとしているのか、荒い呼吸が治まらず
空気を吸うたびに喉がひゅーっと音を立てる。
このままじゃまずいだろうか。
「凪、大丈夫、何も話さなくていい、辛いだろう」
そう言っても、凪は懸命に、俺にすがるようにカタカタと震える口を開閉する。
「ち…ち、ぁぁ、ぁ、き…、ち、ちち、ちあ、きき、き、に、にぃ、ちゃッ」
「!?」
「ち、あ、あ、きッ」
凪が、俺の名前を確かに呼んだ。
“ちあきにいちゃん”
そう言った。
パニックで記憶が混同しているのだろうか、
彼は俺の名前も知らないはずだった。
「凪、大丈夫だ、もう大丈夫だから」
縋って伸ばされる手を握り締めて、様子を伺うようにそっと体を近づける。
ビクビクと強張る体を抱き寄せて背中を撫でてやると、
苦しそうな呼吸が徐々に落ち着いてくる。
「大丈夫、大丈夫だ」
ひゅーひゅーと苦しそうに上下する背中を擦って、後頭部を撫でてやる。
体が密着した状態で凪の心臓の音が直に伝わってくる。
冷たい体に、異常なまでに熱い吐息も、
俺が抱きしめてやると小さく反応する中心も、
腕の中で小さく震えるその存在が、
次第に自分の中で大きくなっていく。
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