アダルトコンテンツが含まれます。
18歳以上ですか?
- 文字サイズ:
- 行間:
- 背景色:
-
樛の誤算
-
◇
こうなることは予想していた。が……。
「お、い、唄瀬っ! まだ靴脱いでねぇだろっ」
「待てない」
マンションに到着し、玄関を開けるなり、唄瀬が飛びついてきた。冷たい廊下の床に二人して倒れ込む。圧し掛かってきた身体は思いのほかがっしりとしていて、本気を出さない限り押し退けることは出来そうになかった。
そしてその本気とやらを封じるように、深く唇が重ねられる。
「ん……っ……んんっ」
貪るような口づけに知らず呼吸が乱れた。ちょっと待てと背中を拳で叩いても、唄瀬はまるで意に介した様子もない。
こうなることは予想していたが、いささか性急が過ぎる。まだ心の準備が追いついていないのだ。
「ふっ、は……おい、唄瀬……っ!」
冷え切った首筋に熱い舌を這わされ、背筋が粟立つような感触に息を詰める。
一回り以上年下の、しかも男に組み敷かれているという現状はなかなか受け入れがたい。
「震えてる……寒いっすか?」
穏やかな瞳に上から覗き込まれ、顔を背けた。間違っても、怖いなどとは言いたくない。
「寒(さみ)ぃに決まってんだろっ、こんなとこで」
「そりゃそっか」
溌剌と微笑んで、唄瀬が退いた。離れていく熱を一瞬でも名残惜しいと思った自分を張り飛ばしたくなる。
(どうかしてんじゃねぇよ)
俄かに上がった心拍数に舌打ちを飲む。
唄瀬は乱暴にも感じる仕草でコートを脱ぎ、こちらの手を引っ張った。そのまま寝室へ向かおうとする。
「おい、ちょっと待てって」
慌てて靴を脱ぎ、蹴り飛ばす。土足厳禁だ。
「だから、もう待てないって言ってるじゃないっすか」
ベッドに押し倒され、場所を変えて先ほどの再現が始まった。どうあってもこの体勢は変えられないらしい。
「なんで俺が下なんだよ。普通は逆だろ」
年功序列という言葉を盾に抗議すると、唄瀬は一瞬目を丸くしてから吹き出した。何がそんなにおかしいのか声を上げて笑う。
「……んだよ」
ムッとして睨みつけると、目の端に涙を溜めた唄瀬が微笑みを向けてきた。
「だって、最初に言ったじゃないっすか。ずっとアンタを抱きたかったって。その突っ込みが今さらって、ちょっと予想外で」
言いながらなおも喉の奥でクツクツと笑っている。楽しそうでなによりだと半ば自棄くそに思い、脱力した。
「俺とするのは嫌っすか?」
ふと笑い声が止み、真面目な声が降ってくる。こいつは変なところで気を遣う男だと今になって思い出し、思わず溜め息が漏れた。まったく、謙虚なのか強引なのか分からない奴だ。
「別に、嫌じゃねぇよ」
思ったことは言葉にしなければ伝わらない。さすがに学習したので素直に答えた。唄瀬がほっとしたような気配を見せる。
「俺、ちゃんとするから。逃げないで下さいよ」
言いながらジャケットのファスナーが下ろされ、するすると上着が脱がされた。
「っ誰が、逃げっ……かよ」
耳殻(じかく)を軽く噛みながら、下に着ていたグレーのシャツに触れ、一つ一つボタンを外してくる。その手馴れた仕草に僅かな嫉妬を覚えた自分はきっとまともじゃない。
いつからこんなに、こいつを独占したいと思うようになったのか。思い返してみても、確かな一点は見当たらなかった。
「っ……ぁ」
シャツの前が完全にはだけられると、下がり切った室温に肌が粟立った。だがすぐに上着を脱ぎ捨てた唄瀬が覆いかぶさり、人肌の温度に充足感を得る。誰かの温もりがこんなにも優しいと感じたのは初めてかもしれない。
「温けぇなお前」
「でしょ。俺、結構体温高いんすよ。樛さんはちょっと低いっすね」
はにかむような口調に笑う。少し油断すると眠ってしまいそうだった。
「ダメっすよ、まだ寝ちゃ」
咎めるように言い、唄瀬の指先が肌を滑る。
「っぁ……っ……んっ」
男には必要なはずの突起に指を立てられ、チリっと走る快感に顔が歪んだ。
「あ、ここ、イイんすね」
心得たといわんばかりに口に含まれ、執拗に舐(ねぶ)られる。
「バ、……カ野郎……んなとこ感じ、ねぇ……っく……ぁぁ」
ぞわぞわと快感を引き出す愛撫に耐えかね、唄瀬の頭を押さえつけた。
「も、やめろ……って」
「分かりました」
やけにあっさりと唇を離した唄瀬は何食わぬ顔で手を下へと滑らせる。いつの間に外されたのか、ジーンズのチャックは全開になっていた。侮れない奴だと吃驚する間もなく、下着ごとジーンズが抜き取られる。
「お、おいっ!」
無防備に晒されたそこは意思とは無関係に反応し始めていた。さすがに羞恥を感じ、悪態をついて身を捩るが、少し遅すぎた。閉じようともがいた足の間に唄瀬が割り込み、そこに顔を埋める。
「っ……う、そだろ……っ」
躊躇いもなく口に含まれ、愕然と声が漏れた。口でされた経験など過去を振り返ってもほとんどない。熱い口内に包み込まれ、つま先から衝撃的な快感が身体を貫いた。
「ぅぁ……く……っ」
かろうじて歯を食いしばり、声を抑える。裏筋に舌を這わせ、吸い付くように先端を刺激された。堪え性のないそこはあっという間に硬くなる。
「ちょっと冷たいかも」
口を離した唄瀬がそう呟き、硬くなったそこよりさらに下の部分に触れてきた。指先に何かをつけたのか、冷やりとした感触に呼吸が止まる。
「っ……」
男同士がそこを遣うのはさすがに知っている。けれどいざ自分が受け入れる側に回るとなると身体が強張った。不安と恐怖が綯い交ぜになって胸中にわだかまる。
「大丈夫っすよ。痛くはしないから」
唄瀬は柔らかな声で言い、軽く口付けてくる。あやすような態度に憤っている余裕はなかった。
「う……ぁ」
しばらく入り口を撫でたあとで、ゆっくりと根元まで指を差し込まれ、異物感に背筋が震える。中を擦られると未知の感覚が襲ってきた。気持ちいいのか悪いのか、判別がつかない。
「もうちょっと力抜いて。指折れそう」
さすがにそれはマズイ。そう思い慌てて力を抜いた。それをいいことに唄瀬が指の本数を増やしてくる。
「っ……あ……っ」
時間をかけてそこをほぐされ、室内に荒れた自分の呼吸がこだました。きつくシーツを掴んで上半身を捩る。
「も、よせ……っ」
これ以上触られたらおかしくなりそうだ。懇願にも近い声を出すと、唄瀬が一気に指を引き抜いた。入ってくるとき以上の衝撃に呻く。
「ちょっと、俺も限界かも……」
苦笑交じりの言葉は思っていた以上に切迫していた。薄っすらと目を開けると、唄瀬が自身の昂ぶりにゴムを被せているところだった。
「おま……なにして」
「え、何って。初めてで生はちょっとハードっすから」
(そういうことを聞いてんじゃねぇ……っ)
クソ真面目な顔で答える唄瀬を殴り飛ばしたくもなる。ちらりと見ただけでもかなり重量のあるそれを、自分が受け入れることを想像し、ぞっと血の気が引いた。
だがここまで来て怖気づいたなんて絶対に知られたくない。大人には大人の意地がある。
顔を背けたまま、痛いほどの鼓動を無視して口を開いた。
「も、いいから……早く、しろよ」
「うわ……なにそれ」
何でもいいから早く終わらせて欲しいという意味だったのだが、どうやら逆効果らしい。唄瀬がやけに上擦った口調で言い、覆いかぶさってくる。
「アンタ、煽り上手?」
クスクスと楽しげな声に鼓膜を刺激されると、それだけで全身に快感が巡った。
「あ……」
窄みにあてがわれたそれの熱に思わず身を引く。が、すぐに両手で腰を取られ、逃げることができなくなった。疼く窄まりに唄瀬自身がゆっくりと挿入(はい)りこんでくる。
「うぅ……っぁ」
身体が裂けるような痛みに一瞬、息が止まった。内部を押し広げるようにして昂ぶった熱が奥に到達する。みっちりと隙間なく繋がった部分から、唄瀬の脈動が伝わってきた。
「は……っ」
胸を激しく上下させ、喘ぐように呼吸を繰り返す。唄瀬はこちらの様子を窺うように動きを止め、震える吐息を吐き出して身体を密着させてきた。
「あーもう……なんかヤバイ……泣きそう」
それはこちらのセリフだと、胸中で毒づくのが精一杯だった。
「樛さん、分かりますか? ここ、ちゃんと全部挿入ってる」
唄瀬が僅かに身じろいだだけでも、凄まじい衝撃が全身を貫く。
「んな、こと……いちいち……っ」
言われなくても分かる。
唄瀬は小さく洟を啜り、頬に優しいキスを落としてきた。
「樛さん……俺、今、めちゃくちゃ幸せっすよ……ずっとアンタとこうなりたかった」
掠れた声を耳に吹き込まれ、背筋が震えた。
(幸せ……か)
その言葉を反芻すると、胸の奥が痛んだ。それは悲しみや後悔とは間逆の感情から生まれた痛みだ。
「そうかよ……」
そっけなさを取り繕って返した自分の声が微かに震えていたのは、きっと唄瀬と同じ気持ちだからだろう。
唄瀬の言葉が嬉しかった。胸を刺すほど。他人の熱に、生きている証に触れ、それを自分の中に感じたことで、ずっと硬く凍り付いていた何かが緩やかに氷解していくのを感じた。
自分でも知らないうちに、飢えていたのだ。誰かに想われることに。
今唄瀬とこうしていられることに、戸惑いこそあれど嫌悪はまったくない。それどころか、久しく感じたことのない幸福感に胸が押し潰されそうだった。
「も、ヤバイ。無理」
余裕のない声で呟いた唄瀬が身体を起こした。抜ける間際まで腰を引いたかと思うと、今度は一気に奥まで押し入ってくる。
「樛さん、樛さんっ……」
急くようにそれ何度も繰り返され、喉の奥に喘鳴が絡まった。
「っぁ……う、たせ……っ早ぇ……よ、バカっ……」
性急な律動に抗議しても、唄瀬の耳には入っていないらしい。切迫した声で自分の名を呼び、痺れを切らしたかのように耳朶に噛み付いてくる。
「ああっ……くっ……ぅ」
そんな痛みすら快楽を呼び、堪らず唄瀬の肩にしがみついた。繋がった場所が熱い。触れてもいない自身から絶え間なく蜜が垂れる。もはやそれを恥じる余裕すら残されていなかった。
一番奥まで昂ぶりを埋めた唄瀬が唇を重ねてくる。食むようなキスに焦れて自分から舌を絡めた。気配で唄瀬が笑い、呼吸ごと奪うように深く唇を塞いできた。
「んんっ……は……ん……ぁ」
唾液が交じり合う水音に耳を侵され、思考が徐々に崩れていく。
胸の突起を弄んでいた唄瀬の指が肌を伝い、昂ぶった自身に触れてきた。緩く上下に扱かれ、あっという間に吐精感が込み上げてくる。
「も、イ……く……っ」
「いいっすよ……イって」
誘(いざな)う声と同時に唄瀬が指と腰の動きを早めた。外と中を同時に刺激され、言葉にならない快感と同時に絶頂が訪れる。
「っ、ぁぁ……っ!」
堪えきれず、爪が食い込むほどきつく唄瀬の肩を掴み、未だ脈打つ自身の迸りに軽く眩暈を覚えた。
「っ……キッツ……」
程なくして、唄瀬が引きつれた声で呟き、薄い膜越しに思いのたけを放ってきた。唄瀬はそのまま脱力するように体重を預けてくる。
「はぁ……はぁ……」
しばらく互いに放心したまま、荒い呼吸だけを繰り返していた。疲労感に押し負けてこのまま寝てしまいそうだ。
「……眠いっすか?」
立ち直りが早かったのは、当然唄瀬だった。一つ気遣うようなキスを目蓋に落としてきたかと思うと、ゆっくりと中から出て行く。その時の感触に思わず呻き、唇を噛み締めた。一瞬、また自身が反応しそうになったのは気のせいであって欲しい。
「ちょっと待っててください」
全身がだるく、何をする気も起きない自分に代わって、唄瀬が献身的に後始末を始める。てきぱきと衣服を身に付け、一旦部屋を出た唄瀬は即席の蒸しタオルを手に戻って来た。
自分の出したもので汚れた身体を拭かれ、さすがに気まずくなった。だが口を開くのすら億劫なので、黙ってされるがままになるしかない。
(情けねぇ……)
若さには適わないと自らに弁明してみても、溜め息しか出てこなかった。
唄瀬は上手かった。と、認めた瞬間、ある男の顔が浮かび、舌打ちを飲み下す。思い出さなくてもいいようなことを思い出してしまった。
唄瀬は手馴れた様子で身体を拭き、服を着るのまで手伝ってくれた。その挙動を目の当たりにし、モヤモヤと嫌な感情が鎌首をもたげる。
あの男にも、こういうことをしたのだろうか。頭の片隅でそう考えると、苦々しく顔が歪むのを止められない。
「どうしたんすか」
目聡くそれに気づいた唄瀬がシャツのボタンを掛ける手を止め、顔を覗き込んできた。
「なんでも……ねぇ」
こんなときに余計なことを考えた自分に腹が立ち、顔を背ける。唄瀬は怪訝そうに眉をひそめ、片手で顎を取って強引に目を合わせてきた。
「なんで急に不機嫌になるんすか」
問い掛けに僅かな不安が覗いている。しまったなと思っても、取り繕う言葉が見当たらない。視線を逸らせて薄く唇を開く。
「……やけに慣れてんなって思っただけだ」
自分が思う以上に小さな声が出た。そこに混じっていた明らかな嫉妬を自覚し、胸中で舌打ちをする。情けないどころの騒ぎじゃない。我ながら独占欲が強すぎだ。
「あー……」
唄瀬は困った顔をして微かに笑った。
「アンタ意外と嫉妬深いんすね」
「悪かったな。だせぇ大人で」
吐き捨てるように言うと、唄瀬はくすぐったそうに笑い、隣に寝転ぶ。抱きすくめるように腕を絡めてきた。
「……ちゃんと気持ち良かったすか?」
耳元で問われ、カッと顔が熱くなる。こういうとき、唄瀬の直球さは心臓に悪い。
「そりゃ、まあな」
そして自分は何をとち狂ったのか、反射的に頷いてしまった。その瞬間、唄瀬がほっとしたような顔で笑う。
「良かった。俺、最近ずっと一人でしてたから加減ミスったかと」
「は?」
「え? なんすか?」
聞き捨てならない言葉に目を見開くと、唄瀬がきょとんとした顔を向けてくる。
「一人でって……お前。あいつと寝てたんじゃねぇのか?」
「あいつって?」
問われ、つい口ごもった。唄瀬はしばらく怪訝そうに眉をひそめていたが、やがて合点がいったのか飛び起きる。
「まさか、飛鳥さんのことっすか?」
ひっくり返った声で問われ、舌打ちが漏れた。まだ誰とも言っていないのに、そこで飛鳥の名前が出てくること自体、気に入らない。唄瀬が慌てたように口を開く。
「俺と飛鳥さんはそんな関係じゃないっすよ。なんでそんなこと思ったんすかっ?」
なんで、と言われれば……。
「あいつが言ってた。お前はピアノだけじゃなくてセックスも上手ぇってよ」
「な、」
意図的に無感情を装って返すと、唄瀬は絶句した。たっぷり数分はそのまま固まっていたが、やがて眉をしかめ、長々と深い溜め息を吐き出した。
「ごめんって、こういうことかよ……」
気落ちしたように呟いたかと思うと、真っ直ぐに自分を見下ろしてくる。
「俺、飛鳥さんとは寝てません」
きっぱりと否定し、それからつと視線を逸らした。
「まあ、ちょっとそういう感じになったことはありますけど……」
ベッドのシーツに目を落とし、ぽつぽつと言葉を続ける。
「まだ、樛さんに告白する前、どうしてもアンタのこと諦めようと思って、そうしなきゃ自分がとんでもないことしでかしそうで怖くて……だから飛鳥さんと……でも最後まではできなかった。アンタの代わりなんてどこにもいないって思い知らされただけでした」
唄瀬は嘘をつかない。というより、つけないのかもしれない。
「あの時なんすよ。アンタを諦めることなんかできないって分かったのは。だからずっと好きでいようって決めたんです」
バカ正直過ぎる告白に樛は言葉を失う。唄瀬がそこまで思いつめていた時期があったとは知らなかった。あの時の告白がどれほどの苦悩の末に為されたものなのかを知り、なんと言葉を返せばいいのか分からなくなる。
「あの、怒ってます?」
無言を通すしかない自分に、唄瀬は臆病な目つきでこちらの顔色を窺ってくる。いじらしくて思わず笑ってしまった。見た目は厳ついくせに、根は呆れる真っ直ぐで少し臆病なのが面白い。
「バァカ、怒るわけねぇだろ」
腕を伸ばし、唄瀬の髪を乱暴に掻き回す。
「ありがとな」
一瞬目を見張ったあとで嬉しそうにはにかむその顔に、改めて自分の想いを自覚した。
手放しがたい。まったく自分はどうかしているのかもしれない。
自らに呆れ苦笑を浮かべていると、不意に唄瀬が顔を近づけてきた。カチリと合った視線は熱っぽく、触れた唇は微かに震えている。拒むことなく舌を受け入れ、互いの温もりを確かめ合った。
「……もう一回してもいいっすか」
掠れた声に逡巡したのはほんの僅かな時間だった。
「ったく……俺より若ぇんじゃねぇのかよ、お前」
無防備極まりない唄瀬の寝顔に非難がましく呟く。
立て続けに抱かれた身体はあちこち軋んだ悲鳴を上げていて、うつ伏せのまま動くこともできない。加減するとか言っていたわりに、手加減も容赦もなく抱き潰された。三度目を煽ったのは自分だったような気もするが、たぶん気のせいだ。
満足気に口元を綻ばせて眠る唄瀬を恨みがましく見つめ、ふと頬が緩む。
(なんでこんなガキ好きになっちまったんだろうな……)
幸せだと、唄瀬は言った。そしてそれは自分も同じだ。幸せというのは、相手の望むことと、自分の望むことが一致したときにしか感じられないものなのかもしれない。自分がなぜ唄瀬を好きになったのか、唄瀬がなぜ自分を好きになってくれたのか。
疑問はあるが、その答えは無理に出さなくてもよさそうな気がして、深く考えるのはやめた。気だるさに根負けしつつ目を閉じる。
さすがに二度三度と飽くことなく唄瀬に付き合っていたせいでこちらも体力が限界だ。
(ってかあの野郎……俺を騙しやがって)
心地よい睡魔の訪れに雑念が割り込む。人を食ったような態度で微笑む男の顔を思い出し、ふつふつと怒りが湧いた。
唄瀬と飛鳥がなんの関係もなかったのなら、挑発に乗せられ、まんまと騙されたということになる。
今に見てろと胸中で悪態をつきながら、樛もまた深いまどろみの中に落ちていった。
現在の設定
文字サイズ
行間
背景色
×
21 / 22