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変わるもの、変わらないもの
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「あ、真志君寝ちゃってる……」
「……ほんまや。やけに静かやと思ったら」
「疲れちゃったんだねぇ」
「そらそうやろなー。大はしゃぎしとったし」
いつのまにやらソファの上でクタっと寝息を立てている真志に、洸季たちが苦笑していた。ついさっきまであれだけ元気だったのに、まるで電池が切れたかのような眠りっぷりだ。
「ったく、しょうがねぇな」
あどけない寝顔に溜め息をつきつつ、巽も苦笑を洩らす。
テーブルの上にところ狭しと並べられていた豪勢な夕食を前にして、真志は見たこともないほどのハイテンションだった。些か作り過ぎではないかと懸念したほど大量の料理は、旺盛な食欲を見せた真志と飛び入り参加した天パの無遠慮な胃袋に難なく収められ、既に跡形もなく消え去っている。
「おい、真志。寝るなら部屋行けよ」
小さな身体を軽く揺さぶって見ても、真志は要領を得ない唸りをこぼすだけで目を開ける気配がない。絶賛爆睡中だ。
だらりと垂れ下がった右手に、貰ったばかりの電子辞書がぎゅっと握られているのを見て、また苦笑が漏れた。洸季からの誕生日プレゼントはいたくお気に召したらしい。
落としたらマズイので、さりげなく取り上げてソファの上に置いた。
「起こしたら可哀想やで。たっちゃん、運んだりぃな」
「お前な……簡単に言うんじゃねぇよ」
寝ている子供は結構重いのだが。愚痴を漏らしつつ、体温の高い真志を抱き抱える。
自分の腕にすっぽりと収まってしまうような小ささなのに、やはり重い。けれどその重みが妙にしっくり来るのだから不思議だ。
「おう、悪ぃな」
さりげない素早さでリビングの扉を開けてくれた洸季に笑いかけ、慎重な足取りで階段を登った。
身じろきもしない真志をベットに寝かしつけ、肩まで布団をかけてやる。
(ガキだよなぁ……)
無防備な寝顔を見下ろすと、例えようもない愛着が湧き起こった。
自分の子供を可愛いと思う感情に、なるほど理屈はないのだろう。そんな一般論を実感する立場になるなんて露ほども思っていなかったけれど。
無意識に笑みを漏らしつつ、ベットの脇にしゃがみこんでそっと頭を撫でる。ベッドサイドの明かりに照らされる無垢な寝顔に、俺も昔はこんなだっただろうかと考えた。
今、真志が使っているこの部屋はかつて巽が使っていたものだ。自分が幼少の頃に過ごした場所に、幼い息子がいる――そう思うと、なんとも感慨深い。
「父ちゃん……」
うわ言のような声を洩らした真志にふと手が止まる。真志はうつらうつらしながらも微かに目を開けてこちらを見ていた。
「自転車、ありがとう」
「……おう」
思っても見なかった言葉に胸を突かれ、わざとぶっきらぼうな返答を返す。
真志の誕生日プレゼントには、最近流行のマウンテンバイクを買ってあったのだ。黒と赤を基調としたシャープな車体は少しばかり大人っぽ過ぎるかとも思ったが、なんということもない。
ひっそりと巽の寝室に隠しておいたそれを真志に見せたとき、飛び上がって喜ばれた。〝これで友達に自慢できる〟と大はしゃぎする姿を見て、こっちが嬉しくなってしまったくらいだ。
「近いうちに練習しに行こうな。補助輪なんて格好つかねぇだろ?」
男子はとかく見栄の生き物だから、どれだけ早く一人で乗れるようになるかは重要な課題になる。
「一緒に、練習してくれるの?」
「ああ、約束する」
力強く請合うと、真志ははにかむような笑みを浮かべた。
こんなふうに、未来についてのなにかを約束することが、証になるだろうか。俺はお前を愛していると、そう口にするのは照れくさいけれど。
そっと目を閉じ、幸せそうな表情のままで寝息を立て始めた息子に、知らず笑みが深まる。
「……また明日な」
お休み、と呟いてベッドサイドの明かりを落とした。
「ほなわいらは帰るで」
一階に戻ると、夜須と日阪が帰り支度を整えていた。自分がいない間にタクシーを呼びつけたらしい。
「今日はありがとうございました。ほんと色々」
「ええて。ほんま洸ちゃんは真面目ちゃんやなー」
律儀なまでに深々と下がった洸季の頭を、夜須はポンポンと気安い手つきで撫でていた。やにさがった顔つきにムカッとして思わず足が出る。
「ったぁ! いきなりなにすんねんっ!?」
「洸季に触んじゃねぇ」
「心が狭いでっ! お姑さんかいなっ!?」
「あ? なに言ってんだお前」
「まあまあ、二人とも。あんまり大きな声出すと真志君が起きちゃうよ」
日阪が呆れた笑みで割って入り、洸季は苦笑を零すばかりだ。
「じゃあまたね洸季君。ご飯、ごちそうさま。本当に美味しかったよ」
「ありがとうございます。また近いうちにお店に行きますね」
穏やかな表情を浮かべた洸季に見送られながら、二人が玄関へと向かう。
「……ほんま、大事にしたりぃな?」
見送りのために外まで出ると、夜須は小さな声でそう囁きかけてきた。いつになく真剣な顔だ。
「目ぇ離したらアカンで」
雨に打たれるまま、川原で放心していたという洸季のことを、夜須なりに気遣っているのだろう。
真志を連れて帰宅したとき、洸季は今にも泣き出しそうな顔で力いっぱい真志を抱き締めていた。〝無事でよかった〟と、万感の想いが込められたその声を思い返し、素直に頷く。
「分かってる。……今日はマジで助かった」
もしも夜須や日阪が洸季を見つけてくれなかったらどうなっていたか。考えたくもなかった。
「ありがとな」
本当に感謝している。元来人付き合いの苦手な自分だが、こうして助けてくれる友人たちのことはこの先もずっと大事にしていきたいと思っていた。
「……なんや、ちょっと吹っ切れたみたいやな」
「うん、なんか大人になった感じするよねぇ」
夜須と日阪は意味ありげな笑みとともに要領を得ない言葉を呟いている。なんとなく顔をしかめつつ、音もなく滑り込んでくるタクシーに手を挙げた。
――長い一日だった。途轍もなく。
二人を見送り、多少ぐったりしながらリビングに戻る。打って変わってがらんとした雰囲気に少しばかり心寂しくなった。
「手伝うぞ」
「うん……」
キッチンで洗い物をしていた洸季に声を掛けると、やはりどことなく疲労した返答があった。
「今日は悪かったな。色々心配させちまって」
「……ううん。オレこそ、巽さんに心配かけちゃったし……ごめん」
緩く首を振る洸季は相当気にしているらしく、ちっともこちらを見ようとしない。執拗なまでに同じ皿を洗い続ける神経質さは、そのまま洸季の生真面目さを表わしているように思えた。
心配したのは確かだが、洸季が謝る必要はない。そのことで自分自身を責める必要なんて微塵もないのだ。
「洸季」
洗い途中の皿を取り上げて名前を呼ぶと、細い肩がピクリと跳ねた。
それでもまだ顔を上げようとしない洸季に嘆息し、やや強引に手を引いてソファに座らせる。
「……洗い物、まだ終わってないよ」
「んなもん、明日でもいいだろうが」
「手伝うって言ったのに」
「明日な」
納得いかなそうな洸季に適当な相槌を打った。それから少し迷いつつ、口火を切った。
「……俺のせいなんだよ」
「え? なにが……?」
きょとんとする洸季に、どう説明したものかとしばし悩む。
今日の出来事は、そもそもの発端が自分にあるのだということを。
「実はな、今日は俺の――」
誕生日でもあった。と、そう言うと、洸季は愕然とした顔で固まった。
「嘘……」
「嘘じゃねぇ」
ポツリと肯定した途端、洸季の顔が真っ白になる。相当なショックを受けたらしく、わなわなと唇が震えていた。
「な、なんで言ってくれなかったの……? 知ってたらオレ、」
「悪かったよ。……真志にゃ知られたくなかったんだ」
言い訳にしかならないが、そう思っていた。真志が自分をどう思っているかなんて全く知らず、嫌われているとばかり思い込んでいたから。
大嫌いな父親と同じ誕生日なんて、知らせるほうが酷だと。そう思っていたから、言い出せなかったのだ。
だけどそれは、全部思い違いで。
「……俺が間違ってた。真志はとっくに知ってたんだ」
その上で、プレゼントまで用意してくれた。本当に、馬鹿な思い違いをしていたものだと自嘲が漏れる。
「真志の帰りが遅くなっちまったのも、あれを俺のために買いに行ったせいだ。んで、迷子になっちまったんだと」
テーブルの上に飾られた花束を指して苦笑すると、洸季が瞠目する。
「そう、だったんだ」
「ああ。つまり、全部俺が悪ぃ」
そもそもの原因は自分にあるのだと明かした途端、申し訳なさでいっぱいになった。
たった一人で真志を捜しに行ってくれた洸季が、一体どれほどの不安を抱えていたことか。それを思うだけで、いくら謝っても足りない気がする。
「ほんとに悪かった」
「……もういいよ。真志君は無事だったし」
洸季は早口でそう言うが、どことなく怒ったような顔をしていた。当然だろう。
自分が真志に一線を引いた態度を貫いていたせいで、今回のような出来事が起きてしまったのだ。いくら責められても言い訳のしようがない。
それでも、洸季が憮然とした態度のまま立ち上がってしまうと悲しくなった。
ムッツリ黙り込んだまま洗い物を再開した洸季になんと声を掛ければいいのかも分からない。ちらりと顔色を窺いながら、気まずい気分でリビングを出た。
本心から後片付けを手伝いたかったけれど、あんな怒った洸季ににべもなく拒絶されるのは怖すぎる。
今はなにを言っても言い訳にしかならないし、と胸中でも言い訳をしつつ風呂に向かった。
身体中がだるいのは、疲労のせいだけではないような気がする。
今日一日で色んなことがありすぎた。フランスの若者に都内の観光案内をさせられたり、真志と洸季の行方が分からなくなったり。
ダラダラと時間をかけて身体を洗い、温かな湯に肩まで浸かりこんで深々と溜め息をついた。
もっと早くに、真志の気持ちに気づいてやるべきだった。それさえできていれば、洸季にだってあんな不安な思いをさせることもなかったのに。
埒もない内省を繰り返していると、余計に疲労感が増した。ぐったりしながらノロノロとパジャマを身につける。
雑に髪を拭きつつ廊下に出るとまだリビングの明かりがついていた。
洗い物なんてとっくに終わっているはずなのに、洸季はまだ起きているのか。
「おい、」
リビングの扉を押し開いて声を掛け、ふと目を見開く。
「お前、なに飲んでんだ?」
ソファの上から洸季はちらりと自分に視線をくれた。
洸季が手に持っているのはビールの缶。
洸季がアルコールを口にしているところなど初めて見た。
「巽さんも飲めば? たぶんまだあるよ」
抑揚のない声に眉をひそめ、そうっと洸季に近づく。どことなく据わったような無機質なその目は、出会った当初を思い起こさせて不安が募った。
「洸季、お前、まだ怒ってんだろ」
「別に」
明らかに怒っている。それも、かつてないほど。
そっけない返答に内心ひどく狼狽しながら、洸季の隣に腰を下ろす。洸季はこちらと目も合わせず、やさぐれたような仕草でビールを煽っていた。
慌てて手を伸ばし、ストップをかける。そんな飲み方は危なっかしすぎて見ていられない。
「もうやめとけって。普段飲まねぇ奴が無茶すんじゃねぇ」
「うるさいな。巽さん、いつからオレのパパになったの?」
「馬鹿野郎、恋人として言ってんだよ」
「余計なお世話」
鼻を鳴らして失笑された。
ザックリと胸が抉られるようなショックを受ける。こんなに怖い洸季は初めてだ。
「あのな……ほんとに悪かったよ」
自分のせいで洸季に不安な思いをさせてしまったのだから、手厳しい態度を取られるのは仕方ない。恐る恐る肩を抱くと、洸季は唇を尖らせてそっぽを向いた。
こうなると完全にお手上げだ。
「なあ洸季……二度と今日みてぇなことは起こさねぇようにすっからよ。そろそろ機嫌直してくれねぇか? お前につんけんされっと堪えるんだよ」
硬い横顔を覗き込みながら、なんとか洸季の目をこちらに向けさせようとした。
「……別に、オレは……」
洸季はなおも不機嫌そうだったが、ポツリと声を落とす。
「真志君のことを怒ってるわけじゃない。無事だったし、それはもういいんだよ」
洸季は小さな声でそう言ったあと、言葉を探すかのように沈黙した。
洸季が自分の感情をこうして言葉にしようとしてくれること自体、滅多にないことなのだ。嬉しかったことは素直に言うくせに、嫌だったことや悲しかったこと、怒っている理由などは一切合切を飲み込んで沈黙してしまう。
それでも今夜ばかりは、さすがに腹に据えかねているようだ。こうして露骨に態度を硬化させているのはその証だろう。
けれど、わからない。
「じゃあ、なんで怒ってんだ?」
真志の一件が関係ないのなら、なにが原因で起こっているのだろうか。
俯く洸季の顔をそっと覗き込む。
「教えてくれよ。なにが気に障った?」
根気強く問い重ねた。
洸季はふと小さく息を洩らし、空になったらしいアルミの缶を指先でペコペコとへこませ始める。
「……誕生日」
呟いて、洸季はくっきりと眉間のしわを深くした。
「せめてオレには教えて欲しかった」
恨み言なんて柄にもないのに、洸季が低く呟く。
その瞬間、巽はやっと気づいた。洸季はどちらかというと、怒っているのではなく拗ねているのだと。
「知ってたら、ちゃんと巽さんの好きな料理も作ったのに……。プレゼントだって、なにも……」
「なんだ、そんなことかよ」
洸季が臍を曲げている理由に思い至った途端、拍子抜けしてしまった。
まさか、そんな些細なことが洸季の機嫌を損ねていたなんて。
巽にとって自分の誕生日など、さして重要でもなんでもない。ただ一つ年を食うだけで、嬉しいなんて思ったことは一度もなかった。
十月二十三日は真志が生まれた特別な日で、たまたま自分の誕生日でもある。その程度のことはいちいち申告する必要性すら感じていなかったのだ。
だが、洸季にとってはそうじゃなかったらしい。
「〝そんなこと〟……?」
洸季はふと、傷ついたような声を洩らす。
「巽さんの誕生日はオレにとって一番大事な日なのに……」
小さな反論に、自分がどれほど無神経な言葉を発してしまったのかを悟って慌てた。
洸季が怒っていたのは、それだけ自分を想ってくれているからこそだったのだ。なのに、その気持ちを軽んじてしまった。
「ごめんな……悪かった」
悄然とした肩を強く抱き寄せ、こめかみに口づける。なんだか今日は謝ってばかりのような気がした。
「でも、プレゼントなんて気にすんな。なにもいらねぇよ」
ただ、洸季がここにいてくれさえすればいい。当たり前のように、一緒に生きてくれさえすれば、他にはなにも望まない。
あやすように唇をついばむと、洸季が上目遣いにこちらを見た。いまだに、どことなく不満げな視線だ。
「……なにも?」
「ああ」
はっきり頷くと、洸季は「なんだ」と退屈そうに視線を逸らす。
「オレを欲しがってくれないんだ……」
さらりとした言葉に脳天が揺さぶられる。
どうやら自分は、重篤なまでに鈍感らしい。
なぜ、今夜に限って洸季が酒など飲んでいたのか。その理由を熟考しなかった十分前の自分を張り倒したくなった。
滑らかな頬に朱を散らせた洸季のいじらしさに、知らず口元が緩んでいく。
「欲しいっつったら、くれんのか?」
耳元で悪戯に囁くと、洸季はますます赤面した。
「オレが巽さんにあげられるものなんて、他にないし……」
「ったくお前は」
誘い下手なのはいつものことだが、毎度毎度、可愛いことこの上ない。
呆れ半分に苦笑し、今度は深々と口づけた。
「ん……っ」
寝室に連れ込むなり、洸季が抱きついてきた。気の急くままに唇を重ねてくる。
洸季の方からキスを求めてくるのは珍しい。感動しながらひとしきり受身のままで楽しんだ。
熱く柔らかな舌は微かにアルコールの味がする。酩酊するほどの量は飲んでいないはずなのに、洸季は恍惚とした表情で絡み合う唾液を嚥下していた。
色めいたと息を零す洸季をベッドに押し倒し、攻守を逆転させる。
「っ……ふ、……んんッ」
細い顎を捕らえて手加減なしに口腔を貪りながら、空いた手でシャツのボタンを一つ二つと外していく。滑らかな肌はベッドサイドの明かりを受けて赤く染まっていた。
洸季は感じやすい。
贅肉どころか筋肉すらないような薄い脇腹を軽く撫でるだけで、切ない声を洩らして背中を反らせる。
その声が好きだ。高くも低くもない、独特な甘さを持つ声が。
「た、つみさ、……っ」
扇情的な声で呼ばれるたび、身体の奥深くにある劣情が刺激される。
「もっと、俺を呼べよ。お前のその声で呼ばれんのが一番好きなんだ」
「ぁ……っ、そ、れっ、やだ」
起伏の乏しい身体の中でひときわ目立つ胸の尖りを舌先で弄ぶと、悲鳴にも似た嬌声が上がった。
本当に嫌なことは頑なほど口にしない洸季のことだ。この抵抗が本心じゃないことくらい分かっている。
きつく吸い上げて甘噛みするたび、薄桃色だった尖りは淫らに色づいていく。
「……エロいな」
ぷっくらと腫れ上がった果実に満足し、喉の奥で笑う。
「巽さんの、いじわる……」
陶然と濡れた瞳で非難されても火に油を注がれるだけで、罪悪感はまったくない。むしろこれ以上煽ってくれるなと苦笑が漏れた。
「脱がすから腰上げろ」
「ん……」
既に羞恥心の大半は失われているらしく、洸季は素直に腰を浮かせた。下着ごとズボンを奪い、昂ぶったペニスに指を絡める。先走る蜜がトロリと手のひらを濡らした。
「オレも、したい」
上擦った声に、なにをと問いかけるほど無粋ではない。手早くパジャマを脱ぎ捨てて互いの身体を入れ替え、シックスナインの体位を取った。
「んぅ……、ん、ふッ……」
怒張した巽のものを、洸季は躊躇いなく頬張る。火照った口腔に包まれていっそう質量を増した屹立に苦戦しながらも、健気な動きで貪っていく。
いつになく大胆な行動はアルコールの力あってのものだろうか。
だとしたら、この先も多少は飲ませてもいいかもしれない。
内心ほくそ笑みながら、洸季の欲望を思う存分愛撫する。
互いのものをしゃぶり合う淫靡な水音が静かな部屋に満ちた。
「っあ――ッ」
陰茎から双珠まで這わせた舌が窄まりに達すると、洸季が僅かに身体を強張らせる。
「そ、そんなとこっ、舐め……ッあ」
異議に構わず双丘を押し広げ、内奥に舌をねじ込んだ。きつく蠕動(ぜんどう)する内壁をたっぷりと唾液で濡らしてから、ゆっくりと指を押し込む。
「く、……ぅ」
洸季はいつもの癖か、一瞬息を詰めたあとで意識的に力を抜いた。蕾はさほど抵抗もなく、深々と指を飲み込んで強く締め付けてくる。
「だいぶ慣れてきたよな」
「ん、だって、巽さんが……」
「しつこいからか?」
なるべく痛みを与えまいと丁寧にほぐしてきたのは認める。だが、本当の意味で繋がろうとすればやはりまだ痛みはあるだろう。
「巽さん……きょ、うは……」
「最後までして欲しいんだろ? 分かってっから、お前は大人しくしてろ」
無理はさせたくないが、互いに限界だ。焦らすのも、焦らされるのも。
欲情した瞳に笑いかけ、洸季の身体を裏返す。
「最初は後ろからの方が楽だからな」
サイドボードの引き出しからゴムを取り出し、素早く自身に装着した。少しでも挿入の負荷を減らすため、ローションを手に取る。
「ぁ、冷た……っ」
「すぐ温まるから、ちょっと我慢しろ」
反射的に背中を跳ねさせた洸季に言い含め、窄まりを丹念に濡らしていく。敏感な一点を指先で刺激するたび、内壁が震えるように収縮した。
「あ、あ、っ、も、いい、って、」
洸季はうつ伏せたまま、枕をきつく抱き締めて懇願する。
「早く、挿入れてっ、巽さんの、が、いい、っ」
「っ、まえなぁ……」
率直過ぎる言葉に眩暈がした。
「煽んのも大概にしろ……ッ」
こちらとてなけなしの理性を振り絞ってなんとか耐えているのだ。
「ぅぁ……、く、う……」
破裂寸前まで昂ぶった肉棒を押し当て、じりじりと挿入していく。
「っ、洸季、息を吐け。力むんじゃねぇ」
中の締め付けがきつすぎて痛いくらいだ。しっとりと汗ばむ首筋に口づけて低く囁く。
衝撃のせいか萎えかけていた洸季のモノを優しく扱きながら背中にキスの雨を降らせた。
洸季は苦しげな吐息を繰り返し、徐々に力を抜いていく。
「っ、は、ぁ、」
時間をかけてゆっくり奥まで貫いた。完全に繋がった瞬間、圧倒的な充足感に思わず溜め息が漏れる。信じられないほど嬉しかった。
こんなに幸福なセックスは知らない。焼き尽くすように熱い洸季の中で、自分の熱がじわじわと溶けていくのを感じ、堪らなくなった。
「大丈夫か?」
「ん、へい、き……」
強がりかもしれないと頭の片隅では分かっているのに、洸季が頷いた途端、本能的に腰が動いた。
浅い抽送を繰り返すたび、次第に洸季の声が快感を孕み始める。
自分の形を覚えようとうねる内壁を責め上げ、荒い呼吸を背中に落とした。
「っあ、ぅ、っああ、」
硬い肉棒で最奥を穿つと、ひときわ淫靡な声が耳朶に溶け込む。
「ここ、気持ちいいか?」
「ん、イイ、っ、あ、だ、だめ……、っ」
「悪ぃ……ちょっと無茶すんぞ」
既にほとんど加減などできないまま、双丘を掴んで激しく腰を打ち付けた。
洸季の全てを手に入れたい。奪ってでも、自分のものにしてしまいたい。そんな獰猛な独占欲が沸く。
「や、ぁ、っ、はや、い、って、たつみ、さ、っ」
泣き声に似た嬌声すら、悪戯に征服欲を煽るだけだ。
「も、ムリ……ぁ、あっ、あッッ、――!」
「くっ……っ」
ひときわ大きく背中を反らせた洸季が吐精した瞬間、食い千切られんばかりに締め付けがきつくなった。低い呻きを洩らして巽も達する。
「は、……ぁ、」
ぐったりと弛緩した洸季を、繋がったまま抱き締めた。汗の雫が浮かぶ細いうなじに顔を埋め、言い知れぬ切なさを感じながら深く息を吸い込む。
いっそのこと、ずっとこうして一つのままでいたいと思った。そうしたら二度と、離れてしまうことなどないのに。
人と人の繋がりなんてものは、些細なきっかけさえあれば瞬く間に崩壊してしまうほど脆い。失いたくないと強く思っていても、ある日突然にあっけなく途切れて二度と戻らない残酷なものだと、嫌になるほど知っていた。
だからこそ。
「俺は一生、お前を手放せねぇな……」
この温もりを失うようなことがあったらと、そう思うだけで恐ろしい。こんな執着心は洸季にとって重いだけだろうが、それでちょうどいいのだろう。
今でも、時折ふらっとどこかへ行ってしまいそうな洸季には、このくらいの重みが必要だ。
「巽さん……誕生日、おめでと……」
眠たげな呟きにそっと笑う。その言葉を嬉しく思うのは、今日だけで二度目だ。
「ああ……ありがとう」
心から祝ってくれる家族がいるのなら、ただ年を食うだけの誕生日も悪くないと思える。
とっくの昔に自分は独りではなくなっていたのだと、そう気づいて静かに目を閉じた。
長い一日が、ようやく終わろうとしていた。
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