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中編
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クリスは肉親の顔を知らない。幼い頃から修道院で暮らし、祈りと奉仕の日々を過ごしていた。
幼少の頃を過ごした修道院は隠された場所にあり、クリスと同じように多数の神の子供たちが、クルセイダーとなるための訓練を受けていた。
異端を排除し悪魔を駆逐する、神の名の元に戦うクルセイダー。彼らも勿論、他の修道士や修道女たちと表向きは何も変わらない。
大いなる神に祈りを捧げ、慈しみ深き主の愛に感謝しながら、自分の出来る範囲で楚々として勤めることに日常がある。
だがそうなるまでは、朝から晩まで訓練付けの日々だった。
ナイフの練習もした。体術も学んだ。銃は勿論、弓や槍、あらゆる武器を使いこなせるように努めた。クリスは中でも落ちこぼれに近かったが、だからこそ人一倍努力した。
すべては神と主と、神の造りたもうた世界のために。
悪魔を正すことで徳を積み、そしていつかこの命が消える時、魂の祝福を受けて天に召され、無上の喜びを得るために。
「ブラザー・クリス、使命を果たす時間です」
そう司祭に導かれるまま、クリスは粛々と自分にできる使命を果たし続けてきた。
クリスがクルセイダーであることは、直近の司祭と修道院長しか知らされていない。表向きのクリスの身分は、あくまで一介の修道士に過ぎない。
けれど、身にまとう雰囲気にわずかな違いがあるのだろうか? クリスはクルセイダーとして使命を果たせるようになってから、何度か修道院を異動したが、そこに馴染むことはできなかった。
特別な使命のない日は、修道院長の預かりとして清掃業務などを行っていたが、その働きが周囲に認められることもない。
食事は皆で集まって摂るのが決まりだが、そうした集まりにおいても、クリスに話しかけようとする修道士はいなかった。
逆にひそひそと、陰口を叩かれることの方が多い。
隣人の陰口を言う事は教義に反すると言えなくもないが、クリスを「隣人」と認めない者にとって、それは当てはまらないのだろう。
喋ることが得意じゃないのもよくないのかも知れない。
幼少時に、まともな集団生活を受けていないからかも知れない。
或いは、「今日は何の使命を果たしたか」という雑談に応じることができないのが原因の可能性もあるだろう。
異端は弾かれる。それは無理もない事である。
異端狩りを行うクルセイダーたるクリスが、そうして弾かれてしまうのは皮肉だが……クリスにもどうすればいいのか分からない。
ただ現実をありのまま受け止め、善き日々を送ることのできる幸せを、静かに感謝することしかできなかった。
「ん……」
混濁していた意識が少しずつ浮上して、クリスはうめき声を上げ、寝返りを打とうとした。
頭が重い。息が苦しい。体の節々、特に手足が痛くて、無意識に楽な姿勢を取ろうとする。けれど寝返りはおろか、手足を真っ直ぐ伸ばすこともできなくて、クリスはパチリと目を開けた。
薄暗い部屋だ。
ここはどこだろう? 自分は一体? そう思いながら大きな目をまたたかせ、視線を巡らせると、まず自分のヒザが見えた。
「ん、え……?」
胸に着く程ヒザを曲げた格好であるのに気付き、状況が分からないまま身じろぎをする。
けれどヒザを伸ばすことはやはりできず、代わりにチャリ、と小さな金属音が耳に届いた。
不穏な音に息を詰めながら、恐る恐る曲げられた足先の方に目を向ける。すると足首に鉄枷がハメられ、そこから頭上の方に鎖が伸びているのが分かった。
両手も拘束されているらしい。頭上にひとまとめにされた格好で、手枷を着けられ固定されている。手足共に多少のゆとりはあるものの、体勢を変えられる程ではない。
どうなっているかは、さすがに見ることができない。ただ、自分が一糸まとわぬ全裸であるのは、どうにも否定できそうになかった。
自覚してしまうと、あらわにされたままの股間が何とも頼りなくて、情けない。びくりと腰が揺れて震える。
一体どうしてこうなったのか? ここはどこなのか?
緊張と恐怖に荒くなる呼吸を必死に抑え、混乱の中で考えを巡らせる。いつもより重い頭はいつもより動きも遅く、なかなか思考がまとまらない。
自分は――いつものように、司祭から使命を得たハズだ。
『悪魔は正さねばなりません』
司祭の淡々とした言葉にうなずき、データを受け取ったのを覚えている。
ターゲットの名は、ディン=ローゼス。表向きは排水設備会社の作業員で……。
『へぇ、いーじゃん』
耳元で囁く響きのいい声に、ぞくりとしたのを思い出した。
「はっ、うああっ!」
記憶がよみがえると共に、恐怖心と焦燥もよみがえる。
にやりと笑う端正な顔。女好きのしそうな甘い瞳に、ふっと浮かんだ残酷な意志。凶悪な魅力。そして、クルセイダーたる自分を難なく抑え込んだ強さ。
どれをとっても恐怖しかなく、クリスの手足に鳥肌が立つ。
あれは悪魔だ。悪なる者、異端なる者、神と主に守られるべき隣人を害し、その家を奪う者。
敵。なのにどうして、彼の笑みを思い出すだけで、体の芯がぞくりと甘く痺れるのだろう? 不覚にも魅了されかけているのだろうか?
ガシャン。両手両足に力を込め、拘束を外すべく試みる。
けれど手枷も足枷も随分強力なもののようで、逆にクリスの手足に痛みが走った。
少し動いただけでとろりと意識が混濁しそうになり、慌ててぎゅっと目を閉じる。
靴に仕込まれたナイフも、袖口に隠された刃も、取り上げられて今はない。ただ、歯の裏に隠された針だけは無事なようで、それだけがクリスの救いだった。
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