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洗浄師の活躍-2
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「セルディ兄ちゃん!!父ちゃんが!」
救護チームが倒れた場所まで来ると、綻びの目立つセーターを着た少年が、転がるように走り寄って来てセルディにしがみついた。
「フランク!お前は大丈夫なのか?」
「うん……僕はなんとか。でもみんなどんどん倒れちゃうんだ。うっ、死んじゃうのかな……ぐすっ」
泣き出した少年はセルディの一番末の弟で、フランクという名の今年十歳になる整った顔をした男の子だ。
「疫病にかかった人達は何処にいるの?僕達を連れてって。大丈夫、死なせないから」
ハルの力強い言葉に励まされ、涙を必死で堪えたフランクは村長宅の別館に案内した。
板張りの部屋に寝かされた人々は皆痩せこけて、顔からは赤みが抜けて苦しそうに呻いている。
「テッド!例のものをお願い!」
「了解!」
今にも命の灯火が消え去りそうな重病患者には直接ハルが治癒魔法を掛けていき、それ以外の患者には時間稼ぎとして体力回復アイテムを与えることにする。
テッドの指示に従いながら、特別騎士団の魔法騎士達が手分けして、回復アイテムを飲ませていくと、うめき声が消えて幾分か楽になったようだ。
「団長!!治癒魔法の使える僕達が倒れるわけにはいきません。なので病状の深刻な患者から順に一日の人数を限定して、治癒魔法を施していきます。それで良いですか?」
「あぁ、構わない。今は治癒魔法の使えるお前達が頼りだ。責任は俺が取るからハルたちは思い通りに動いてくれ」
ハルとテッドはしっかり頷くと、自分の魔力量と相談しながら一人一人丁寧に治癒魔法をかけていった。
その間、他の魔法騎士達には村の状態を見て回ってもらい、家の中で倒れている者が居れば即座に運んでくるように頼んでいる。
村の隅々まで探索した魔法騎士たちは、かなり傷んできている家屋に目が行き、それぞれの得意な魔法を使って、家の補修や家畜の柵の修繕なども行い、住み心地の良さを取り戻していった。
魔術師は手先が器用な者が多いと言い伝えられているが、特別騎士団の魔法騎士達も皆揃って細かい作業が得意でもあるので、継ぎ当てだらけの子供たちの衣服を見てからは、肌触り良い布を隣村まで仕入れに行き、見事な手さばきで次々に動きやすい服を作り上げていった。
「うわぁ、俺こんなに綺麗な服を着るのは久しぶりだよ」
「私もよ。騎士様、良ければ作り方を教えて下さい」
ある程度歳のいった子供たちの懇願に、皆が笑顔で頷くと、採寸の仕方を始め、型紙の作り方から布の裁断、簡単な縫い上げまでを優しく丁寧に教えて行った。
「まあ素敵なショールだわ。こちらはテーブルを飾るのに丁度良い小物になるわね。私たちにも出来るかしら」
センスの良い魔法騎士達の編み物を、飽きることなく見ていた村娘達がうっとりした目で眺めていたので、そちらの方も直ぐに覚えられるものから伝授してやった。
おかげで穴の空いたセーターを着ていた村人達は、新品のものを誂えてもらうことが出来、寒い季節でもガタガタ震えることは無くなったと大喜びだ。
ハルの見立て通りおかん属性のアルミンに至っては、得意なレース編みまで細かく指導してやり、出来上がったものを旅する商人に買い取ってもらう迄を教えたので、年頃の娘の収入源としてこれからは村も潤っていくと思われた。
ハルとテッド、他数名の魔法騎士が休憩をはさみながら治癒魔法を繰り返し施した結果、二週間後には全ての村人が回復を果たしていた。
「ハル……ありがとう。うっ、俺、なんて礼を言えばいいか……くっ」
嬉し涙を流しながらセルディに頭を下げられ、慌てたハルは急いで彼の体ごと起こした。
「本当に良かったよ……だけど、疫病が流行った原因をつきとめなきゃね。ここに来るまでに通った川は何処から来てるの?」
「あの川なら山を登った所にある湖から流れて来ているよ」
セルディが答えたと同時にリバーダルスとクリスが厳しい顔をしてハルに問いかける。
「そこが疫病の原因に繋がるのか?」
「まだハッキリとは分かりませんが、村人達の弱り方は毎日口にするものが原因です。ここに着いた日に飲み水として使用している井戸の水を全て『洗浄』しておきました」
さらりと話すハルの言葉にその場にいた魔法騎士も村人も目を見開いて驚愕しているのだが、実はハル自身が一番驚いていたのだ。
「僕って一応異世界人ですよね……で、いけるかなぁと半信半疑でやってみたら出来ちゃったんです。なんか洗浄師の仲間入りみたいですよ?」
ハルがボソボソと話終えると新たな洗浄師の誕生に皆が歓喜に震え、喜びのあまり感激しながら拝み出す者さえ出てしまった。
ハルがヘーゼル村に到着した日、セルディの案内で村を歩いた時に、何やら薄暗いものを感じたのだが、皆が飲水として使用している井戸を覗いた時にそれが『邪心』であると確信した。
井戸の水は村人達が毎朝近くの川から汲んでいるものだと知り、ハルは目覚めると同時に日課として今まで洗浄していたことを打ち明けた。
「何故、今まで黙っていたんだ?」
リバーダルスの疑問に皆が頷いていると、ハルが今にも泣きそうな顔で、震える唇を開いた。
「だって……洗浄師になったら……団長の傍には居られなくなるじゃないですか……そんなの嫌です!休日を返上してでも洗浄に参加しますので、このまま特別騎士団員として雇って下さい!!」
言ってしまったら安心したのか子供のように泣きじゃくるハルをリバーダルスが優しく抱きしめて、落ち着くまでの間背中をさすってやる。
今回は異例中の異例で、『邪心』とは判定出来ずにいたため疫病という形で明るみになったのだが、美琴が加わったことによって現在、洗浄師の人数は足りているのだ。
来月あたりからは洗浄師達にも交代で長期休暇が与えられることを、団長であるリバーダルスと副団長のクリスは知っている。
その事を落ち着いたハルに説明すると、泣き笑いの顔になったハルがリバーダルスにしがみついて良かったと何度も頷いた。
「団長!!俄然やる気が出ましたよ!さぁセルディ!今すぐその湖とやらに連れてって下さい。僕が洗浄してみせますから」
元の元気なハルに戻ったことを喜んだ魔法騎士たちは、なかなか目にすることの無い洗浄師の働きを見届けたいと思い、数名を村の護衛に残して皆で向かうことになった。
「その前にっと……」
『邪心』を含んだ水を引いた畑がまともに作物を育てるわけもなく、以前たわわな実を付けていた箇所はすっかり荒れ果てていた。
用水路の柵を閉めて水の流れを塞き止めると、広範囲の痩せた土壌に向かって心の中で『洗浄』と唱えた。
土魔法の得意なヘンリー達に土の状態を調べてもらうと、これからは問題なく作物が育つだろうとお墨付きをもらい、心配で様子を伺っていた村人達は目に涙を浮かべて感謝した。
「村長。備蓄庫にはどれくらいの蓄えがあるのだ?」
「それが……毎日ギリギリの生活を送っても後三月というところです」
リバーダルスの質問に答えた村長が把握している数は僅かなもので、年越しすら乏しいものになってしまう。
どう考えても三ヶ月では充分な作物が育たないと考えたリバーダルスは、その場で村への援助を頼む旨を魔鳩を通して王宮に伝え、安心するように言った。
「リバーダルス殿下……ありがとうございます」
額が膝にくっつくのでは無いかと思うほど腰を折って感謝する村長に苦笑いを浮かべたリバーダルスは、今後は早めに王宮へ援助の申請をするようにと促した。
恐縮する村長と村人達に見送られたハルたちは、山の上にある湖を目指して出発した。
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