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魔が、差したのだ。
「は……っ、ふ、ぁ……」
目前には泥酔し、深い深い眠りに沈む片思いの相手。俺は今、彼の右手を勝手に借りて自慰に耽っている。
部屋には俺の興奮で湿った水音と荒い息づかいが妙に大きく響くように聞こえ、彼に気付かれ起きてしまうのではないかとしきりに緊張してしまう。しかしそれが更なるスパイスとなって俺を快楽の渦に導いていく。
こいつが悪いのだ。深夜一時、溜まっていた欲望を処理しようと盛り上がっていた時だった。突然鳴り始めたスマートフォンに眉をひそめながら出てみればでろでろに出来上がった彼の声。酒に酔い、キーが少し高くなった声で甘えるように「今、お前の家の前にいるの。いれて」なんて言われ唖然としていると玄関の扉がしきりに叩く音が耳に入り額に手をやった。
何故インターフォンを使わないだとか、深夜にアポなしで来るなだとか言いたいことは山ほどあったが外で「ねぇ! 早く入れてよカズ君!」などと喚く酔っ払いを早く中に入れなければ明日からご近所さんから白い目で見られかねない。慌ててすっかり萎えてしまった息子をしまうと玄関を開けた。
「こんな時間に何だよ……。お説教は明日にしてやるからさっさと入れ……」
先程まで一人遊びをしていただなんて思われないよう、寝起きを装い不機嫌目に顔を出せば彼は嬉しそうに俺に抱きついた。
「わー! カズ君! めっちゃ会いたかったー!」
「……うわ! 酒臭っ! 離れろ!」
一瞬どきりとしたが彼の身体から香る酒臭さに鼻をつまむ。肩を押して距離をとると彼越しに鍵を閉め、部屋の中へと導いた。
酔い覚ましに冷蔵庫に入っていたミネラルウォーターを差し出すと美味そうにごくごくと一気に飲み干し「もう一杯!」と言い笑顔で空いたグラスを向けられた。
「調子のんな酔っ払い、次はこんな時間にくんなよ全く……」
仕方なく冷蔵庫からもう一度ミネラルウォーターを取り出し注いでやる。
「ありがと。そんなこと言いつつも俺の面倒見てくれるカズ君やさしい……。すき……」
「ハイハイ、俺も好き」
「ははっ! 両思いだねぇー!」
そう言ってちびちびグラスに口を付ける彼の唇に視線が釘付けになる。水で濡れたそこは良いあんばいに艶が出ていて吸い付きたくなるし、彼の、俺とは違うと分かっているが好意的な発言に眩暈がする。
こいつはいつもそうだ。SNSでいいねボタンを押すかのごとく誰に対しても気軽に「好き」を送る。思わせぶりな言葉はやめてほしい。勘違いしてしまいそうになる、勘違いしてしまう、勘違いしてしまいたい。勝手に喜び勝手に落ち込む自分がなんと滑稽な事かと毎回思う。離れれば楽になるかと距離をとっても彼から近づかれては意味がない。そばに居たくなる。こうしてだらだら片思いが続き、気がつけば早五年の歳月が過ぎていた。
「なんか水飲んだらおなか空いてきた……」
「……ちっ、少し待ってろ」
惚れた方が負け、とは良く言ったものである。かいがいしく腹が減ってきたと落ち込み始めた彼にわざわざ冷凍ご飯をチンして麺汁、揚げ玉、刻みのりでアレンジした卵かけご飯を提供してやる。こんなの俺に何の得があるのか。けれど彼に「ありがとう」だなんて心底嬉しそうに、幸せそうに感謝されては満更でもない。
何年も続く煩いの性で言葉では冷たくしてもついつい行動で甘やかしてしまう。そして彼の何気ない一言や行動に喜び傷つく。その繰り返し。覚めたいと思っても覚めれない、歓喜と悲壮とがメビウスの輪のように続く夢は俺が死ぬまで終わらないのではないかと時折苦しむ。
卵かけご飯を黙々と幸せそうに食べる彼を見ながら思う。このまま気持ちをぶつけてしまえば、振られてしまえば夢から覚めることができるのではないだろうか。
だがそれも俺には恐ろしかった。振られるのは確かに嫌だし悲しい。想像しただけで胸が張り裂けそうになる。二人の関係が崩れるのは必然。そして何より五年ものながい時間培ってきた感情を無理矢理消した自分がどうなってしまうのか分からないのが一番怖かった。俺はただの弱虫なのだ。
なんて一人もやもや考えていたのだが、がくんと彼の首が勢いよく下を向いたことにより現実に戻った。幸い茶碗、中身共に無事である。
「残しても良いからもう寝るか?」
また眠気に負けかけ、茶碗を落とされると危ないからと寝るのを進めるが彼はかたくなに首を縦には振らず、横にゆっくり、何度も振った。
「やだよ、だって折角カズ君が作ってくれたのに……」
いやいやと寝ぼけ眼で不機嫌になる彼のデコをめがけ一発デコピンを喰らわせてやる。眠気が微少ながら飛んだらしく「いてー!」と身もだえる彼の瞳に光が増え、一安心だ。
「とっとと食べて早く寝るぞ。客用の布団敷くからその間に食べきっとけ」
クローゼットに向かおうと立ち上がる。すると右手の裾を取られたらしく、繋がれた犬のようになってしまった。
「……何だよ」
「布団、出さなくて良いよ」
「は?」
「ソファで寝るから出さなくて良いよ。今から出すの大変でしょ? もうそんなに寒くないし、このまま寝る」
「俺に客をソファで眠らせる趣味はない。だったら俺がソファ使う。お前は俺のベッドで寝ろ」
「家主を差し置いてベッドで寝る趣味俺にはありませんねぇ」
「じゃあどうすればいいってんだ!」
「……一緒に寝ちゃう?」
「は?」
何を言い出すんだこいつは。今、一緒に寝るとかなんとか聞こえた気がするが気のせいだろうか。気のせいだ。
気のせいに決まっている。気のせいであってほしい。
「一緒に寝よう!」
気のせいじゃなかった! やめろ、やめてくれ、やめてくださいとお願いしたい。俺は試されているのだろうか。本当にやめてほしい。眠れなくなってしまう。どうにかして回避しようと引きつる口元をなんとか開いた。
「野郎二人でベッドとかむさ苦しい……! やっぱり布団を……!」
「良いじゃん良いじゃん! カズ君のベッドセミダブルなんだし余裕じゃん!」
「良くない良くない! 酒臭いお前と寝るとか拷問でしかない!」
頑固拒否である。こう言えば流石に諦めて布団で寝ると言い出すだろう。なかなか返事が返ってこなかった為、これは勝ったと思った矢先だった。
「じゃあシャワー浴びるから! それでいいでしょ!」
違う、そうじゃない。何故彼はそう思考が斜め上を行くのか。正気か? 正気じゃなかった、酔っ払いだった。
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