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「酔っ払いがシャワーとか危ないことするな!」
部屋に来た当初より酔いが冷めているにしても「酔っ払いにシャワー」というのはどうしても避けたかった。俺の祖父がそれで亡くなったからである。うっかりシャワー中に眠気だか立ちくらみだかに襲われた祖父は転倒。頭を風呂にぶつけそのまま帰らぬ人となった。大好きだった祖。父が救急車に運ばれていく様子は今でも目に浮かぶ。好きな人であれば尚更そんな姿は見たくない。
「カズ君我が儘すぎない? 俺にソファで寝るなっていうし、一緒に寝るのも嫌っていうし、俺がシャワー浴びるってのも駄目って言う。泊める気ないんなら初めから俺の事追い返せば良かったんだ!」
「そんなことするわけないだろ! それにでかい声出すな! お隣さんに迷惑だろ!」
「うるさいのはカズ君もでしょ! 何で嫌がってるかわかんないけどとっとと俺と寝ちゃえよ!」
「寝ちゃえよって……! 俺の気も知らないで!」
「俺が酒臭いのが嫌なんでしょ? ならカズ君もお酒飲めば良いでじゃん! そうすりゃほら! 俺と同類!
それとも何? 俺と一緒に寝るのにやましいことでもあるの? 俺とくっついて寝るとチンコ起っちゃうとか? そんなわけないよねぇ? だって俺ら男同士じゃん? 友達じゃん?」
チクリ。胸に小さなとげが突き刺さる。そうだ、こいつはノンケだ。俺とは違う。ゲイの俺とは違う世界の人間だった。男しか愛せない俺とは違って女しか愛せない人間だった。叶わない恋だってこの五年間で十分に理解していたではないか。ただの友人でいるだけで良いのだと。ただの友人として彼の隣で立てればそれだけで幸せなのだと理解していたではないか。何度も傷ついて、何度も影で泣いていたではないか。俺ゲイだなんて彼は知らない。俺の思いなんて彼が知るはずもない。片思いされているなんて知りたくないだろうし、知られたくない。
涙腺が刺激される。早くなにか返さなければいけないと分かってはいるものの声が出ない。自分を落ち着かせるためと奮い立たせるために唇をぎゅっと噛み締める。肉が切れた感触に少しだけ気持ちが戻った気がした。
「……しょうがねぇ、今回は俺が折れてやる」
ため息をついて仕方がないな、と彼に笑いかける。上手く、笑えているだろうか。声は、震えていなかっただろうか。返答までの間で怪しまれていなかっただろうか。彼に気付かれていないだろうか。彼に気持ち悪がられていないだろうか。
酒を取りに冷蔵庫へ向かいつつ、負の渦を巻く思考を回転させる。頬を触ればかさついたいつもの感触に今度は本当のため息が出た。よかった、涙は出ていなかった。
取り出したビールの缶を開封すると一気に喉へ流し込む。喉を通り過ぎる冷えたアルコールと炭酸が鬱憤を洗い流してくれないだろうか。先程の事は全て忘れてしまいたい。無事に飲み干しもう一本取り出すとそれを片手に彼の元へ戻った。
「おら、これでいいかよ?」
目の前で再びビールを喉に流し込む様を見せつける。どや顔をしてやると彼は楽しそうに手を叩いた。
「はは、カズ君もお酒臭い」
「ビール二本程度で臭くなるかよ。臭くてもお前よりは確実に臭くないね」
「うわ……。カズ君ひどい……」
「冗談だ。とっとと詰めろ」
「やったー! カズ君とベッドイン!」
「……変な言い方すんな。早く寝ろ、寝ちまえ」
彼を壁側に押しやり布団を掛け電気を消した。セミダブルのベッドは大きいようでいて小さい。ふれあう肩や脚に彼の寝息、酒混じりの体臭―――。ここが地獄か。緊張か喜びか、はたまた恐怖かド、ド、ドとあり得ない音で騒ぎ始める心臓に俺はただ胸を押さえつけるしかできなかった。鼓動が彼に聞こえてしまうのではないかと不安に成る程だった。まあ、俺の心配もむなしく彼には聞こえていなかったようだが。
会話も無く、部屋には冷蔵庫の稼働音と時折掛け布団のかさつく音だけが響く。そんな中、突然彼が囁いた。
「ねぇ、カズ君起きてる?」
「うるせぇ、寝てる」
「何だよ、起きてんじゃん」
「黙って寝ろよ。俺もう眠いの」
「別に良いじゃん、もうちょっと喋ろうよ。好きな人の話とかさ」
「…………ガキかよ」
俺が好きなのはお前だ。なんて言いたくても言えない。
「カズ君はさ、好きな人いる?」
―――お前だよ。
「いない」
―――お前のことが好きだよ。
「そっかぁ……。いないんだ……」
―――お前が好きだって言いたいよ。
「そういうお前はどうなんだよ?」
―――本当は聞きたくない、聞きたくない!
「……俺はね、いるよ。好きな人」
―――聞きたくなかった、聞きたくなかった!
「マジかよ。誰だ相手」
―――やめろ、やめてくれ!
「カズ君の知ってる人」
―――俺以外の誰かを好きだなんて知りたくない!
「何だよ、もったいぶんないで教えろよ」
―――嫌だ、嫌だ、嫌だ!
「へへ、恥ずかしいから教えない」
―――誰だよ、誰より俺の方が好きなのに!
「めっちゃ気になる」
―――俺の方が好きなのに!
「じゃ、ヒントだけ。クールで格好良くて凄くモテる人。俺にめっちゃ優しくて甘えるのを許してくれる人だよ」
―――誰だよ。
「……誰だ?」
―――誰だよ!
「えっとね、そのひと、は……。その、ひ、とは……」
「おい、起きろ、寝るな! おい!」
彼はそのまま眠ってしまったようで何度揺さぶっても起きなかった。規則正しい寝息が彼の安眠を示していた。
「クソ、誰だよ何処の女だ……!」
同サークルのあいつか? それともあの授業でかぶるあいつか? それとも、それとも、それとも……。
思いつくだけ女の顔を思い浮かべては消し、思い浮かべては消しを繰り返す。誰も彼も自分より彼に対する愛情を深く感じなかったが彼の隣に、恋人として存在する姿に何の違和感もないのがどうしようもなく悔しくて切なかった。
「なんで、なんで俺がこんな苦しくなんなきゃいけないんだよ……」
苦しい、苦しい。助けて欲しい。でも誰も助けてくれない。助けられない。自分でしか自分を救えない。
「全部、全部お前のせいだ……」
知らぬ間に涙がこぼれた。
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