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『消せない時間』
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泣き顔を見られた。
慧はうつ伏せのまま、枕に顔を埋めて嘆息する。
混乱していたのだと胸中で言い訳してみても、冷徹な理性が容赦なく責め立ててきた。
(泣くほどのことか……)
女性ならともかく、いい年の男が感情に任せて泣くなんてみっともない。それを年下の恋人に見られるなんて、我ながらとんでもない醜態を晒したものだ。
しかも、取り乱した感情に翻弄されてかなり小っ恥ずかしいことを口にした気がする。
忸怩たる思いに駆られ、意味もなく枕を握り締めた。
できるなら時間を巻き戻したい。せめてあの時間の記憶を消せたら、こんな消え入りたいほどの羞恥とは無縁でいられるだろう。
だが内心でどれだけ恥じ入っていても、それが顔に出ない限り、対外的には冷静に見えてしまうらしい。
「慧さん、コーヒー飲む?」
大翔はこちらの胸中などまったく知らないのだろう。いつもどおり、無邪気な笑みで話しかけてきた。
それを恨めしく思う自分と、ほっとする自分がいる。
差し出された湯気の立つカップを横目で一瞥し、視線を逸らした。
「……いりません」
少し動くだけで身体が軋むようだ。全身を襲う気だるい疼痛に、起き上がることすら放棄したくなる。
「でも喉渇いてるでしょ」
「……普通は水を持ってきませんか」
なぜ熱いコーヒーを持ってくるのか。
「いや、汗が冷えて寒いかなと思ってさ」
普段どおりの能天気な声を耳にすると、怒る気力もなくなった。それどころか、不思議なほど気持ちが穏やかになる。
大翔はあんな醜態を晒した自分を揶揄することも、呆れることもしない――年下の癖に大した器量だと賞賛しつつ、ゆっくりと目を閉じた。
「あ、慧さん、もしかして眠い?」
苦笑するような声に小さく頷く。優しい手つきで頭を撫でられるのは、本音を言うと嫌いではない。
まあ、そんなことを打ち明けるつもりは今のところまったくないが。急にそこまで素直になれたら苦労しない。
そういう面で見れば本当に、自分と大翔は正反対だと思う。
大翔はいつでも打算なんて欠片もない、純粋すぎるほど率直な気持ちを全力でぶつけてくる男だ。喜怒哀楽問わず。
そんな奴だから、好きになった。自分とはまるで違っているからこそ、惹かれたのだ。
(俺は、こいつが馬鹿みたいに真っ直ぐだから好きになったんだ)
ただ自分の気持ちを肯定しただけで、驚くほどの幸福感に包まれる。
ずっと知らなかったこの温かな感情には、一体どんな名前をつければいいのだろうか。
「そっか。じゃあ、また明日さ、いろいろ話そう? オレ、慧さんに聞きたいことたくさんあるんだよ。慧さんのことならなんでも知りたいし――」
ゆったりとした柔らかな声に意識が揺らいでいく。
やはり、時間は巻き戻らなくていい。大翔との時間は、一分一秒たりとも消えて欲しくない。
この先も。
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