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Don't disturb×紅柿
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*夏目翼と愚か者の話−2
『Don't disturb』という短編に目を通していただければお話わかりやすいかと思います。
(菫と出会う数年前の時間軸です)
「起きて…ね、なお。起きてよ。」
「………ん、あれ…翼?
どうしたの…。」
驚く事に、彼らは何処までも優しい目をして笑っていた。
まだ生きられた人生を突然断ち切られたにも関わらず、自ら人生に幕を下ろした者であるにも関わらず。
まるで、本当に深い愛と絆で結ばれているような
何一つ不満はないといった顔をして。
「なお、ごめんね。僕のせいだ…僕が死んじゃったから、なおも自分を許せなくてこんな事しちゃったんだよね…。」
「そう…そうだよ、翼のせい。俺は翼がいないと何も出来ないのに、勝手に動かなくなるなんて酷いよ。」
「そうだね…僕が悪い。本当に、ごめんね。
……だけどね、僕少しだけ、嬉しいんだ。」
「…?どうして?」
「だって、なおも一緒に死んじゃうくらい、僕のこと必要だと思ってくれてたんでしょ?
なおの気持ちがすごく伝わってくるから、僕…嬉しい。」
自身の置かれた状況に気がついていないのだろうか。
これまでに導いてきた者達とは明らかに違う彼らを見て、はじめはそう思った。
あまりにおかしすぎるから。
だが、それは違った。
彼らは十分に理解しているのだ。
今自分が生きていないこと、目の前にいる相手も同じであること、そして。
「…あなた達は、死神か何かですか?」
私とかきつばたがどの様な理由で彼らの前に居るのかも。
「…まあ、間違ってはいない。
私達も仕事で来ているのだ。意識があるのなら、こちらへ来てはもらえないだろうか。」
私は夏目を、上へ。
そしてかきつばたは、もう片方を下へ。地獄へ葬る者など、わざわざ名を呼ぶ必要も無い。
かきつばたを死者の魂と2人きりにするのは正直不安ではあるが、奴が仕事の出来ない能無しでない事は、私が誰よりよく知っている。
それだけの長い間、行動を共にしているのだから。
しかし、私の手を取ると思っていた夏目は
何を思ったか、これから地獄へ導くかきつばたの手を取るのだ。
恋人と、共に。
「…夏目翼。貴様、どう言うつもりだ。」
声色が通常よりも冷たいそれに変わっているのは、致し方ない事だ。
私は彼を上へ導くため、触れたくもない人間に手を差し伸べ
本当は片時も離れたくないかきつばたに仕事を預ける心を決めたと言うのに。
何を考えている。この男は。
正気か?
「…なおが、地獄に行くのなら
僕もそこへ行かせてください。」
「…自分が何を言っているのかわかっているのか。」
「勿論。
だって、僕が逝くのは天国なんでしょう?それならーー。」
夏目は、自らの命の火を強引に消した男の頬にすりよって
柔らかな笑みを浮かべて言い放つ。
「なおの居ない世界なんてあり得ない。
なおが地獄に居るのなら、僕にはそこが天国に思える。」
人間の考えはわからない。
常々そう思ってはいたが、ここまでは初めてだ。
どちらか片方が狂っていたのでは、彼らの絆は成立しない。
互いに壊れ、崩れ切っていたからこその繋がり。
強すぎる洗脳、酷い依存。
覚めぬままであれば、恐らくそれ以上の幸せは無いのであろう。
だが、ここから先に終わりなど無い。
待つのは永遠だ。
「そうか。それならば…貴様の言う天国に導いてやろう。
だが、そこで何があろうと、どうなろうと私達は決して助けてやる事は無い。永遠に苦しみを味わい続けるのだ。
…それでも良いと言うのなら、下へ導こう。」
これが最後のチャンスだ。
そう言い換えることも出来る私の問いかけに、夏目は少しも迷う事なく頷いた。
隣の男に何をされたか忘れたわけではあるまいし。
これはかきつばたにも匹敵する気狂いだ。
もう…どうとでもなれ。
見ているこちらが胸焼けしそうな甘ったるい雰囲気は
私を簡単に呆れさせた。
そもそも、人間のようなバカらしい生き物を助ける義理など私には無い。
私は私に与えられた仕事を遂行するまで。
───固く閉じられた扉の前で立ち止まった。
その向こうから聞こえてくるのは、もう何十年、何百年と苦しみ続ける人とも言えない化け物共の悲痛な叫び。
ソレを聞いても尚、彼らは笑い合っているのだ。
互いに、互いしか目に入らないといった様子で。
嘘でもこの悶え苦しむ声や血の臭いが似合うとは言えない心からの笑みを浮かべて。
「…私達はここまでだ。さあ、堕ちて逝くがいい。」
重たい扉を押し開けると、生ら温かい風が吹き抜ける。
何とも形容し難い死の匂いの立ち込める深い闇を背景に
恋人の肩を支える夏目は躊躇いも無く一歩を踏み出す。
「翼。俺達これからもずっと一緒なんだね。」
「そうだよ。僕は永遠に、なおのそばにいるからね。
誰にも邪魔させないよ、僕達の関係は。」
「翼」
「なお」
「「愛してる。」」
深く、暗い底無しの闇の果てへと
抱きしめ合う2つの影が、消えていく。
その様を、私とかきつばたは何も言わず
ただ見えなくなるまでぼうっと眺めていた。
───それから2年程経った頃だろうか。
地獄送りの仕事を終えたところ、偶々顔を合わせた閻魔に問うた事がある。
「彼らはどうしていますか」と。
閻魔はこう言った。
笑っているさ。何をしても、何をしても。
ドロドロに溶けた身体を抱き締め合い、名を呼びながら、いつまでも。
※第5回短編小説コンテストより。
これにて供養終了です。ありがとうございました!
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