アダルトコンテンツが含まれます。
18歳以上ですか?
- 文字サイズ:
- 行間:
- 背景色:
-
愛しいひと… 29
-
どうしても時間のズレ〈タイムラグ〉が出る。
連絡の手段は直接行くか、伝書鷹(アキラ命名)しか無く、特に当事者のテリトリーに近いヘデデトの、国側との間で顕著だった。
これはメロエのアペデマク側にも言える事だが如何せん、規模が違う。
またアキラの、その国での位置づけも違った。
メロエでのアペデマクの立場は女王の嫡子……アキラは次期王の伴侶にすぎないが蠍人国では国母と崇められる女神。
凶王の最愛の妃だ。
此度、何よりもアキラの事がお気に入りの、爺どものキレっぷりが尋常では無かった。
『勝手に動くな』
ヘデデトはそう言い置いてクシュへ向かったが、宰相は密かに【もののふ】たちを動かす算段をしていた。
羽を持つもの……
乗騎させる能力を持つ鳥人、乗騎は無理だが高速で翔べる鳥人、たった一騎の蛇竜を除くとあとは蟲族……ケプリの眷属たちとなる。
ケプリは鰐王たちに報告を終えると、すぐに森の館にとって返し、長く飛んでいられるもの……蝶や蜻蛉、そして己の一族甲虫を、蟷螂の指し示した砂漠地帯の外れに向けて派遣した。
後の検証でも忘れられていた事なのだが今回、アヌビスの軍団の動きが何故か鈍かった。
駐屯地の兵だけでは足らないとみたのか、それとも高速の移動手段を持たないからか?
早朝、ホルエムヘブを伴って中洲に降り立ったセテフは、セベクとケプリから簡単な説明を受けた後、高台のアヌビス館に閉じこもってしまった。
表向きに指揮を執るのはアビス。
…………
そんな夫君たち、各人の思惑のなか……
微かに薫る、嗅ぎ慣れた香油の薫り……
それに混ざる薬草の香り。
なんとか動かせた手に触れるのは慣れたリネンの肌触り……
小鳥の囀りが聴こえ、蔀の隙間からは太陽の光が差し込んでいる。
……すべてが、今しがたまで居た洞窟には無かったものだ。
ぼんやりと……これは夢なのか、それともここは【あの世】とやらなのか。
アキラは覚醒しきっていない頭でそう、考えていた。
焦点の合いだした目が、褥の傍に突っ伏している巻角の年嵩の男を捉える。
「ク……ヌム……」
掠れた、本当に小さな声だった。
だが羊人は飛び起きて、アキラの頬に触れて涙する。
「アキラ……」
目を真っ赤に泣き腫らしたクヌムから、口移しで水を与えられてやっと一息ついたアキラの言葉。
「鬣犬さん……どうしてる?」
アキラが目覚めて2回目の朝を迎えて……疑念は確信へと変わった。
“ 誰も来ない ”
医師であるクヌムは別として……実はクヌムもアキラに対して変にぎこちない態度をとるのだが……夫たちの誰一人、顔を出そうとしないのだ。
そうしてアキラは意を決して、老女にセベクへの面会を乞う言葉を言付けた。
アキラが中洲に戻って丸3日。
意識がなかった一昼夜とそれに続く2夜……
焦がれて、焦がれて……愛しくて堪らない己が伴侶に、目覚めたと知っても、夜眠っているときにしか訪れられなくて、いい加減限界だったのだが今日やっと、この度の【事件】の収拾の目処がたった。
そんなときの、愛しいアキラからのいざないにセベクの心は悦びに溢れていた。
思えば……それは、アキラを連れて中洲に舞い戻った鬣犬が自分を始め、セテフ、アビス、アポピス、ヘデデトの前に引き出されて来たときの事、ヘデデトの一言から始まった。
「呪術の臭いがする」
ヘデデトと視線を交わしたアポピスが頷く。
「これは……衝動的に連れ去ったとかいう単純な事ではありませんね。
じっくりと話を聞いて検証しなければ……
ことの次第によっては後を引きますよ。
……誰かがアキラを屠ろうとしているのかもしれない」
鬣犬は呪術によって操られていた……
それは彼がこのクシュを訪れた、あの宴の直後に遡る。
呪術師は女としかわからなかったが、一体何者が、何の目的の為にアキラを狙う?
気持ちを切り替え、セベクはアキラの寝所に足を踏み入れた。
「アキラ……具合はどうだ?」
悦びにあふれる笑顔で迎えられると思っていたセベクの心臓が凍りつく。
アキラの目にいっぱい溜まった涙が一筋……零れ落ちていく……
「セベク……
もう……皆、僕のこと……要らなくなっちゃったのかなぁ……
H出来なくなっちゃった僕は……よ、用済みになった?
だからセベクも、会いに来なかったの?
もしそうなら……僕、元居た世界に戻りたい」
現在の設定
文字サイズ
行間
背景色
×
285 / 1203