アダルトコンテンツが含まれます。
18歳以上ですか?
- 文字サイズ:
- 行間:
- 背景色:
-
ある兄弟の話
-
俺はとっくの昔に狂っていたのかもしれない。
彼の首筋にそって静かに唇を這わせる。
かつて見た震えた姿も未だにまぶたの裏にあった。
俺がお前に囁く愛の言葉は、その言葉の意図するものよりもずっと儚い祈りのようなものだ。
愛していたとしても叶わず、しかしそれでも囁いて。
その言葉の本来意味するところとは違う響きを持って、いつも弟に囁きかけている。
狂気の最中にも僅かに祈りはあるのだ。
だから愛を囁かずにはいられない。
願うように君の意思に働きかけるように唇から紡がれるそれは、きっと君を心地良く眠りへ誘うだろう。
狂気の中のささやかな祈り。
それが俺の中にあるすべてになってしまっていた。
正気ならば、おそらく愛の言葉として紡いでいただろうものが、ただ口の端からポツポツと溢れ出ていくのだった。
苦しく忘れられぬものがあることも、心を蝕まれることも、表現することの叶わぬ物も、全てが遠い場所にあって、俺の中にあるなけなしの良心を包み込むように笑いかけるそれを、愛さずにいられようか。
その愛に包まれている間だけ、俺は正気に返れるのだ。
その愛の幻想のそばに在る時にだけ、自分は愛を語る術を持つのだ。
締め付けられるような疼きの無い胸を張って辿り着けたらそれは愛の成熟した姿なのだろう。
愛のすべて。愛のすべてを知って、法悦に満たされる時だ。
一刻も早く、疼きの起きない胸で抱きたかった。
ただ法悦に満たされたかった。
きっとそれは潤しいから。
そうすることでしか、きっと渇望を満たせない。
泣き出したり怯えたりしないですむだろう。
落伍者としてそう扱われなくてすむだろう。
そのままいなくなってもいいくらいだ。
指されることの無い姿に、ただなりたかった。
消えてしまいたかった。
透明になって何処までも共に歩いていきたかった。
ただ幸せを眺めていたかった。
本当はそれだけでよかった。
僕達だけの居場所が欲しかった。
子供の頃に戻ったような気持ちで弟を抱きしめていた。
現在の設定
文字サイズ
行間
背景色
×
1 / 27