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とっぷりと日が暮れる。
こんなに遅くまで外にいるのは久しぶりだ。
店から外に出て顔を上げると、真っ暗な空に星が浮かんでいた。
近場にあったゴミ箱に、貰ったばかりの書類やら名刺を投げ入れる。
ついでにガンッと蹴ってやったら、帰宅中のハゲ親父がビクッとした。
くそ、ハルヤンの奴。
俺を騙しやがった。
確かにハルヤンの言う通り誰でも聞いたことのあるような大手の会社だったから、変に危ない展開になったわけじゃない。
だが、みっちりスカウトされた。
何も今までにスカウトされるのは初めてじゃないが、全部逃げるように避けてきていた。
だが紹介料も渡している上に、店まで入ってこられて数人の大人に囲まれたら逃げるに逃げられない。
それでも芸能界入りとか断固拒否したが、金の匂いがプンプンする話を数時間に渡ってされた。
結局また後日改めて会いに来ると言われてその場はなんとか凌ぎきったが、マジでエライ目にあった。
苛々する気持ちとやりきれない悔しさが胸中を支配する。
せっかく出来た友人その2に裏切られた。
めちゃくちゃ腹は立つのに、同時に気持ちが凹んでくる。
あんなに楽しかったことも、趣味が合うと弾んだ会話も全部嘘だったのか。
俺を利用するために、ハルヤンが適当に合わせていただけなのか。
完全にさっきまでのテンションは萎えて、ざわざわと賑やかに人が混み合う駅通りの真ん中で呆然と立ち尽くしてしまう。
「――わ、すごいイケメン。芸能人かな」
「あ、知ってるー。あの子有名だよね。声掛けてみる?」
「えー、こんな時間に一人だしいっちゃう?」
心の中で散々悪態吐いてむしゃくしゃしていたが、不意に俺に対する好気の視線に気付いてハッとする。
この時間帯はやばい。
ヤバそうなイカツイにーちゃんとか、エロいけど怪しいねーちゃんとかが寄ってくる。
これ以上変な奴と関わってたまるか。
慌てて駅の中に入る。
駅員が近くにいる改札横の壁で一息つくと、ふとバカ騒ぎしながら帰宅する男子高校生の姿を見つけた。
スポーツバックを持っているところを見ると、部活帰りか。
もしかしたら今頃有坂も部活が終わってるかもしれない。
そう思ったら、無性に有坂の声が聞きたくなる。
ハルヤンには友人詐欺されたけど、有坂だけは俺を裏切らないと信じたい。
思わず携帯を取り出すと、衝動のまま有坂に電話を掛けた。
ここのところテスト期間でまともに会話出来てなかったが、まさか俺のこと忘れてねーだろうな。
少しのコール音のあと、賑やかに騒ぐ声が聞こえた。
暑苦しそうな野太い声から察するに、どうやら部活がちょうど終わった所なんだろう。
『結城か。どうした』
電話越しに、相変わらず抑揚の乏しい低音ボイスが聞こえた。
有坂だ。
いつもと変わらないその声を聞いたら、不意にギュッと胸が詰まった。
ハルヤンのことめちゃくちゃ愚痴ってやろうと思ってたのに、それより先に安堵感が溢れ出していく。
「…あ、今部活が終わったのか?」
『そうだ』
「そっか。…えーと、お疲れ」
いつもみたいに勢いで有坂に全部ぶちまければいいのに、激凹みしてる身としてはそんなテンションにはなれない。
それどころか言いたいことが喉に詰まったように出てこない。
そもそもハルヤンのことは有坂に忠告されていた。
それでも俺はハルヤンと友達になったし、つい数日前には興奮しながらハルヤンのことをいいヤツだったと電話で有坂に言っていた。
そんな話をしたばかりで、今度は友人詐欺されたなんて話をしたらどう思うだろう。
『…なんだ?元気がないな』
言い淀んでいたら、珍しく有坂の方から声を掛けてくれた。
同時に賑やかだった電話の声が静かになる。
どうやら気を利かせて場所を変えてくれたらしい。
「…あ、いや。別に――」
なんでもないと言おうとしたが、いやなんでもなくないだろ。
今あったことを話したいが、言ったところで「忠告したはずだ」と仏頂面で言われるのがオチかもしれない。
安定の「そうか」とかで終わるかもしれない。
『また寂しくなったのか?』
「…ち、違う」
『じゃあなんだ』
珍しく自分でも歯切れの悪い態度を取っているなと思う。
それでも今しがたのハルヤンの行動が、俺から自信を根こそぎ奪ってしまっていた。
もしかしたら有坂との関係も、俺だけの一方的なものなんじゃないかと思えてきてしまう。
勢いよく電話をかけたくせに完全に自信喪失に陥っていたら、不意に優しい声音が俺の耳を揺らした。
『結城の事が知りたいんだ。俺に教えてくれないか?』
どことなく宥めるような言葉に、ぶわっと気持ちが一気に緩んでいく。
張り詰めていた心が、グズグズに溶けだしていく。
「…っ有坂」
『なんだ』
「ハルヤンに騙された…っ」
『――なに?』
一度口を開いたら、言いたい言葉がどんどん溢れてくる。
よし、もうこうなったら全部有坂にチクる。
そんでアイツ寮で有坂となんか気まずい思いをしろ。
食堂でなんかビミョーな雰囲気になれ。
「有坂の言った通りだった。友達だと思ったのにそれは俺だけで…。アイツは全然そんなこと思ってなくて…っ」
『今どこにいる』
てっきり聞き流されるか怒られるかの二択だと思ったら、思ってもいなかった言葉が返ってきた。
一瞬ポカンとしたが電話を持ち直す。
「…今駅にいるけど」
『分かった。今すぐ行くからそこにいろ』
「えっ」
よく分からんが有坂の中でそれは唐突に決まったらしい。
部活帰りだし、学校から駅と有坂の家とでは逆方向だ。
さすがに悪い、という気持ちはもちろん俺にもある。
それでも有坂の言葉を聞いたら、俺も会いたいと思ってしまった。
たったそれだけの言葉で、さっきまで落ち込んでいた気持ちが一気に高揚していく。
「――うん」
電話越しに頷く。
思わず壁に寄りかかっていた背を起こすと、もう一度口を開いた。
「今すぐ会いたい。早く来てくれ」
どうしようもなく込み上げる気持ちのままそう言ったら、『分かった』という言葉と共に有坂が息を切らしたのが分かった。
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