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----side有坂『恋人としての自覚』
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カコン、と鹿威しの音が徒広い旧家に響く。
「桐吾さん、お茶が入りましたよ」
「ありがとうございます」
母親の声で構えていた弓を下げると、同時に「休憩にしましょう」と師範に声を掛けられた。
一つ頷いて、持っていた弓を弓具台へ立てかけると神棚に一礼する。
それから袴を正しお茶の置かれた机の前へと座った。
「そういえば桐吾さん、門の前に同級生がいらしてましたよ」
「同級生?」
「中でお待ちになるか声を掛けたのですが、あっという間にいなくなってしまったので」
そう言って母親はふふ、と温和な笑みを零す。
女生徒の知り合いは少ないが、昨年弓道の全国中学生大会で優勝してから声を掛けられることが多くなった。
大正時代から続く老舗旅館である俺の家は、元々人の出入りが激しい。
メディアでも時たま取り上げられ、それなりに有名人もお忍びで訪れる地元でも有名な旅館だ。
「分かりました。少し見てきます」
そう言って茶を置くと家の裏出にある弓道場から外へ出る。
年季の入った木造りの長い廊下を歩き正面玄関まで回ると、草履を履いて門を潜った。
俺を訪ねてきたということは、何かしらの用があるはずだ。
もし困っている事があるのならば、手を差し伸べたい。
弱気を助け、強気はただ挫くのではなく、まずしっかりと相手の立場に立って考える。
その上で善悪の区別をつけ、悪いところは手を差し伸べ正していく。
いずれも父の教えだ。
ちらちらと雪が舞い降り始めた門前で周りを見回していると、一人の女生徒が浮かない面持ちで俺の前に現れた。
「あ…有坂くん。その、高校は上京しちゃうって聞いて…」
「ああ。関東の高校を受ける予定だ」
白い息を吐きながらそう言ってきた女生徒はほんの少し震えている。
会えるかどうかも分からないのに、この寒い中俺を待っていてくれたのか。
「す…すごく寂しい。私…その、有坂くんのことが――」
面識のない女性だったが、その日俺は想いを告げられた。
彼女の熱意に心を打たれ『友達から』ということで付き合ったが、当時から部活動や習い事で忙しかった俺は彼女が思うような時間を作ることができなかった。
上京し会えなくなるとあっさりと関係は終わりを告げたが、その後高校に入り付き合った女性にも同じ理由で別れを告げられた。
相手がどう感じたかは分からないが、付き合ったからには大切にしていたつもりだ。
それでも会えないことや時間が取れないことは、恋人関係では当然だが致命的らしい。
「寂しくなったのか」
『…あー、そっか。そうなのかも』
電話越しに聞こえた結城の声は、いつもより大人しい。
結城には付き合う前にちゃんと断りをいれた筈だが、それでも時たまどこか不満そうな顔を見せることは知っている。
幸い同じクラスだから顔を合わせない日はないが、付き合っている以上は男だろうと大切にしたい。
それに俺は最近、結城に対して意識が変わってきている。
アイツの率直な言葉に惹かれ、その想いに応えてやりたいと思い始めた。
共にいると嬉しそうに微笑む青い瞳を、ずっと見ていたいと思った。
春屋の件では可哀想な思いをさせたが、今後は関わらないと言っていたし自分も少し気をつけて見てやろうと思う。
ちなみに春屋には昨夜寮の部屋を訪れ、結城に対しての行いを問い詰めた。
だがそれだけではなく、なぜそうしたのか。
困っていることがあるのか。
長時間に渡り向き合って話をした。
本人がどう受け取ったかは分からないが、最終的に春屋は「逃げられないマッスーの気持ちが分かりました」と言っていたので少しは反省したのだろう。
「――おい。何をしている」
そして俺は今、眼前で繰り広げられた光景に目を細めている。
昨日の件で春屋にはもう関わるなと告げたはずだが、結城は何をしているんだ。
春屋に抱きついたように見えたが、自分も昨夜同じことを結城にした。
衝動的にしてしまったことだが、驚いた顔をしていたし冷静に考えて唐突すぎたかと少し反省していたところだ。
ただ、抱き締めたら思いの外華奢だった身体や伝わる相手の体温に、同性とはいえ守りたいという気持ちを抱いたのは事実だ。
「あ…有坂。いや、違うんだ。今のは違くて――」
「何が違うんだ?昼休みにちゃんとした理由を聞かせてくれ」
自分が友達からと伝えたからまだ結城はそう意識していないのかもしれないが、それでも付き合っている以上は恋人としての自覚を少し結城にも持ってもらおうと思う。
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