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夕飯はまかない料理と言われていたが、めちゃくちゃ美味しかった。
休憩所で有坂と数人の仲居さんや男性従業員とご飯を食べて、仕事の話も色々と教えてもらった。
風呂は有坂母に時間指定されていて、その時間帯なら客用の大浴場も使っていいらしい。
部屋にはシャワーもあるが、せっかくなら旅館の温泉に入りたい。
「有坂、あとで風呂入りに行こうぜ」
飯を食い終わって使った食器を二人で洗いながら、さっそく有坂を誘う。
ゆっくり温泉に浸かって語りあったりしたらさらに仲も深まりそうだし、露天風呂やサウナもあるって聞いたから是非とも有坂と一緒に入りたい。
そういや一番上の兄貴が前に男と男は裸の付き合いをすると交友が深まるって言ってたし。
有坂は一度じっと俺を見つめてから、洗っていた食器へと視線を戻した。
「結城と同じ時間帯に大浴場を使っていいという許可を俺は得ていない」
「えっ、マジ?」
「ああ。今日は疲れただろうし、温泉に浸かってゆっくり休んでくれ」
そう言って有坂は食器を洗い終えると、スタスタと背を向けて歩いて行ってしまった。
まあ確かに従業員同士風呂が被ると、店側に不都合があるのかもしれない。
とはいえこっちは遊びたくてしょうがないっつーのに、俺に何の未練もなくさっさといなくなってしまう姿には不満を覚えなくもない。
さっき有坂に抱き締められた事はかなり驚いたが、もうすっかりいつもの有坂だ。
マーライオンがある風呂やバラが浮かぶジェットバスには入ったことがあるけど、檜の風呂や星を見ながら入れる石造りの露天風呂に入ったのは初めてだ。
ゆっくり寛いでから廊下を歩いていると、ドタバタと音が聞こえた。
「桐吾にーの嫁!?金髪だー」
「ほんとだ、目が青いー!外人さんだぁ」
なんか鬱陶しい男女の子供二人に纏わりつかれたが、聞けば有坂の弟と妹らしい。
小学校低学年くらいで、随分歳が離れてるんだなと知る。
子供の扱いなんて分からないから寄るんじゃねえと追い払うが、子供ってのはなぜか拒否すると余計に調子に乗って絡んでくる。
俺は可愛がられるのは得意だが可愛がるのは苦手なんだ。
「名前マスオっていうんでしょー?」
「変なのー。ださいー」
「クソガキ喧嘩売ってんのか」
双子ばりのコンビネーションで猿みたいにキャッキャと纏わりつかれる。
人のこと言いたい放題だしムキになって引き剥がしていると、有坂が来た。
「おい、子供は旅館に立入禁止だろう。早く家に戻らないと女将が来るぞ」
有坂母が来たところで別に怒らなそうだが、ピシャリとした有坂の言葉に二人は慌てたように走り去っていった。
これ有坂母より有坂の方にビビったんだよな?
「すまない。俺が結城を連れて帰ってきたと言う噂を耳に入れたらしくてな」
「…ああ、道理で」
「子供達と遊んでくれていたんだろう。結城は優しいんだな」
「えっ?――お、おお。まぁな」
全力で追っ払おうとしてたが、有坂が言うならそういうことにしておこう。
何はともあれ今日はもう会えないのかと思ってたから、有坂に会えたことが素直に嬉しい。
「実家ってすぐ近くにあるのか?」
「敷地内にある。もし何かあればすぐに駆けつけるから声を掛けてくれ」
言いながら有坂は俺を従業員部屋まで送ってくれる。
とはいえ時間はそこそこに遅くなっていて、旅館の朝は早いらしいからあまり遊んでる暇はなさそうだ。
それに今日は初日ってことでさすがの俺もちょっと気疲れしたし、さっきのガキ共の猛攻で余計に疲れた。
だけどせっかく有坂が来てくれたなら、一緒に遊びたい気持ちはある。
「もう少し一緒にいたい」
部屋に着いて、ふわぁ、と欠伸をしながら有坂の服の裾を引っ張る。
いつだって有坂は俺を送ってくれても、振り向きもせずに帰ってしまう。
俺はいつでも離れる時は名残り惜しいと思っているのに。
「眠そうだな」
「…おー、眠い」
「なら無理をするな。まだ先は長いし、明日からはもっと疲れるぞ」
「うん、でも――」
一日一日を大切にしたい。
17年間ぼっちだった反動はあまりに大きく、もしかしたら何かの拍子にまたぼっちに戻ってしまうんじゃないかという不安もある。
一緒にいられる時間があるなら、なるべくたくさんの時間を過ごしたい。
服を掴んだまま離さずにいたら、有坂の言葉が止まる。
あれ?と思ってぼんやりと視線を上げると、コクリと喉が上下したのが分かった。
「…勘弁してくれ。結城の部屋に入るのも禁止されているんだ」
「なんで?」
「なんでって――」
どこか困ったように下がった眉は珍しく、回らない頭でじっとその瞳を見つめる。
最初は怒ってんのかとめちゃくちゃ怖く見えた切れ長の目も、今はそんな風には見えない。
――と、不意に身体を扉に押し付けられた。
背中にひやりとした硬い感触を感じるのと同時、思いの外近い距離で有坂に顔を見下ろされる。
まるで最初に出会った時のように鼻先数センチの距離で瞳を覗き込まれて、ハッと目を見開いた。
「…これでも我慢しているんだ。あまり煽らないでくれないか」
「え?」
そっと落ちてきた低い声に、さっき抱き締められた時の違和感が蘇ってくる。
やっぱり何かおかしいんじゃないか。
なんでこんなに距離が近いんだ。
「べ、別に我慢なんかする必要ないだろ」
明日のことはあるが、遊びたい時は遊んだほうがいい。
俺だって枕投げとかトランプとかしたいし。
あ、でも有坂母に部屋に入るのは止められてるのか。
「さっき困っていただろう」
言葉と同時にすぐに有坂の手が伸びてきたから、ギクリと身体が強張る。
妙に熱い指先が耳を擽って、ゾクリと背筋が痺れた。
やっぱりこれはおかしい。
こんな触れ方はどう考えても友達同士でするものじゃない気がする。
どちらかといえばこれは友達というより――。
考えているうちに有坂の指が耳を滑り唇に触れる。
意図したようになぞられて、驚きに身体が竦んだ。
え、マジで。
嘘だろ?
なんとなく感じていた違和感の正体。
じっと見つめられる視線はどこか熱っぽく、今まで数多の人々に向けられてきたこの視線を俺が知らないわけがない。
頭の中に、それだけは考えたくなかった『最悪の事態』が浮かび上がる。
――が、不意に有坂はクスリと息を漏らした。
「そんな怯えた顔をするな。別に何もしない」
そう言ってポンと俺の頭を叩き、有坂は身体を離した。
想像とは違った結末に少し唖然としたが、一拍遅れてハッと気付く。
あれ、ちょっと待て。
ひょっとして俺今からかわれたのか?
え、今のもしかして有坂流の冗談?
「…なっ、なんだよ。焦っただろーがっ」
「結城が悪いんだ。早く寝ろ」
「えーっ、まだ遊びたい」
「さっき眠そうだっただろう」
いや今ので一気に目が覚めたっつの。
とはいえ冗談で良かった。
一瞬想定してしまった『最悪の事態』に、正直バクバクと心臓が鳴っている。
――そう、それだけはあってはいけないんだ。
絶対にあってはいけない。
なぜなら有坂は俺がずっと、ずっと欲しくて堪らなかった大事な友達だから。
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