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午前中はビシバシ有坂母にしごかれて、数時間の休憩の後そこからまた仕事がスタート。
客の夕飯出しやら布団敷き、片付けなどをしてそれからようやく自分たちの晩飯になる。
当然有坂とはやってる仕事が違うから、ご飯を食べれる時間は合ったり合わなかったりだ。
最初こそ有坂母の気遣いで少しは一緒の時間が取れたが、仕事が出来るようになるに連れてどんどんやることが増えていくから、本気で目まぐるしくなってくる。
「わぁ、こんなイケメンさんにお世話してもらえるなんて思ってませんでした」
「やーん、カッコイイ。一緒に写真撮ってもらっていいですか?笑ってー」
「キミすごい綺麗な子だね。一緒にお酒飲まない?ちょっと御酌してよ」
おまけに客に絡まれまくる。
いつもだったら余裕の無視だが、仕事ならそういうわけにもいかない。
というか無視なんかしたら有坂母が怖すぎる。
「…とっ、桐吾くんと同じ仕事がやりたいですっ」
そんなわけで俺は早々にへばって、怒られ覚悟で有坂母に進言してみた。
「駄目です。桐吾さんには桐吾さんのお仕事が、益男さんには益男さんに合ったお仕事があります」
「な、なんで俺接客なんすかっ。俺も裏方がいいです」
「益男さんの容姿は他にはない素晴らしい長所なのに、経営者としてそれを活かさないわけがありません。対して桐吾さんは愛想がないので接客には不向き。適材適所というわけです」
おい有坂、母親に愛想がないとか言われてんぞ。
なんか言ってやれ。
と、心の中で思うがこの女将に皆頭が上がらないのは分かっている。
俺のなけなしの勇気を振り絞った抵抗も結局は無駄に終わる。
そんなわけで旅館で働き始めてから数日経ったが、日に日に駆けずり回るような忙しさになっていく。
夏休みも日を追うごとに観光客は増していくし、仕事は増える一方だ。
それでもなんとか中抜け休憩があるから、有坂を引っ張って昼飯を食べに行ったり地元を軽く見て回ったりする。
そして夕方からはまた仕事で、有坂母にこき使われる日々。
日中の暑さと日頃の体力の無さで、一日終わるともうぐったりだ。
風呂から出て、うつらうつらしながら寝巻き用の浴衣を着る。
なんなら風呂の中で一瞬寝て溺れかけた。
「結城」
暖簾を潜ったら有坂が廊下で待っていた。
気怠い身体を引きずって歩いていたが、一気に眠気が吹き飛んで有坂に駆け寄る。
有坂は俺より断然仕事量が多いから終わる時間も遅いし、待ってようにも気づけばいつも寝てしまう。
「あれ?もう今日は仕事終わりか?」
「ああ。それと俺も結城も明日は一日休んでいいそうだ」
「えっ」
突然の言葉に驚く。
有坂は俺の反応を見て緩く目を細めた。
「ここの所働き詰めだっただろう。女将が休みをくれた。明日は一日結城と一緒の時間を過ごせる」
「――マジで?ほんとに?いいのか?」
「ああ」
その言葉に、ぶるっと震えるような感動が込み上げてくる。
なんだかんだこっちに来ても一緒にいる時間はそう多く取れなかったし、まともに遊べるのは初めてかもしれない。
一日一緒にいられるのなら、もう朝からどっかに行きたい。
「何かしたいことや行きたい場所はあるか?もしなければ――」
「あるっ。めちゃくちゃあるっ」
興奮のままそう言うと、いつもの「そうか」という言葉が返ってきた。
客から聞いた話で行きたいなと思っていた場所や、行きのバスや電車で見た風景でも気になった場所はたくさんある。
それに明日が休みなら今日の夜だって無駄にしたくない。
さっきまでぐったりと怠かった身体も、不思議と軽くなった気さえしてくる。
「な、少し話そうぜ。俺の今日の仕事の話聞いてくれよ」
「分かった」
そう言って意気揚々と有坂を引っ張ると、旅館の裏口から外に出た。
ざあっと夏の夜風が木々を揺らす。
外は蒸し暑いと思ったが川が近いせいだろうか、風はどことなく涼しく風呂上がりで熱くなった身体にはちょうどいい。
有坂と一緒に裏手口の石段に腰掛けて、興奮するまま今日あった出来事を話す。
客に絡まれまくったことや有坂母に説教食らったこと、仲居さんに着せ替え人形にされそうになったりつまみ食いがバレたことまで全部有坂に話す。
取り留めのない一日の出来事だが、有坂はちゃんと俺の話を聞いてくれた。
「女将が結城のことを褒めていた。一度言われたことは二度言わせないし、客への対応力もある。少し乱雑なところは及第点だが筋が良いと言っていた」
「――えっ」
「慣れない仕事で苦しい思いをさせてすまない。だが結城が頑張ってくれていると聞いて嬉しい」
「…お、おー」
予想外の言葉に驚く。
正直ただ単に怒られるのが嫌で意地になって仕事してただけだ。
有坂母にはニコニコしながらも散々説教されてたから、まさかそんな風に褒められていたなんて思いもしなかった。
これはちょっと嬉しいかもしれない。
いや、ちょっとというかかなり嬉しいのかもしれない。
カーッと顔に熱が上がっていくのを感じる。
「…少し触れてもいいか?」
「え?」
聞き返している間に手を引かれた。
有無を言わさず身体を引き寄せられて、すっぽりと有坂に抱き込まれてしまう。
「…お、おい。いきなりなにして――」
「すまない。…少し俺も疲れているのかもしれない」
そう言って有坂は俺の首元に顔を埋める。
突然の出来事に驚いたが、そういえば俺も仕事でヘロヘロになった時に、ノリで有坂に抱きついたことがある。
疲れた時に誰かに甘えたくなる気持ちはめちゃくちゃ分かる。
なるほど、そういう心境か。
そう気づけば、自分も手を伸ばしてよしよしと有坂の背を撫でてやる。
俺より大きな身体。
接客メインの俺とは違い有坂は体力的な仕事がメインだから、疲れもきっと大きいはずだ。
「身体が熱いな」
「…え?ああ、さっき風呂入ったばっかだから――」
「いい匂いがする」
そう呟いた有坂の言葉がすぐ耳元で聞こえて、背筋がゾクリと痺れた。
首筋に有坂の髪が触れてくすぐったさに身じろぐと、離さないというように抱き締める腕に力が籠もる。
なんだか身体がおかしい。
変にドキドキしてきて、頭がぼーっとしてくる。
抱き締められる暖かさのせいもあって、意識までトロンと微睡んでくる。
俺は眠いんだろうか。
変に回らない頭でそっと視線を持ち上げると、暗い夜空に輪郭のぼやけた丸い月が浮かんでいるのが見えた。
――ちゅ、と不意に首筋に濡れた感覚がした。
「…え」
どこかぼんやりとした頭で呟くと、今度は耳にも同じ感覚。
柔らかく押し付けられるそれが、次はこめかみへと移動する。
抵抗せずにいると、不意にカプリと耳を食まれた。
「…っあ」
さすがに有坂に何をされたのか気付いて、ドカッと体温が上がる。
何してんだとどついたろかと思ったが、なぜか身体の力が入らずくたりと有坂にもたれ掛かってしまった。
「…結城?」
有坂の声が落ちてきたが、ドッドッとなる心音が煩いほど耳に響いている。
何かおかしい。
今度は息まで上がってくる。
縋り付くようになんとか目の前の服を掴んで、熱く息を吐き出す。
有坂の身体が一度強張ったのが分かったが、不意にグイと肩を掴まれて引き剥がされた。
突然離れていった温もりに不安になって手を伸ばすと、有坂が俺の手を取りもう片方の手が額に触れる。
視線は合ってるはずだが、なぜだか目まで霞んできた。
「――結城。お前もしや熱があるんじゃないか」
焦ったような有坂の言葉の後、俺の意識はフッと薄れていった。
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