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てっきり有坂母に怒られるのかと思ったが、俺は怒られなかった。
というか休憩中だし友達とスキンシップしてただけで、別に悪いことしてないと思うんだが。
なぜか有坂だけが引っ張られていって、仕方なく一人で旅館に戻る。
有坂への疑惑が晴れたことで、気分はかなりスッキリしていた。
なんかちょっと過剰なスキンシップをされた気がしなくはないが、別に不快じゃないから問題はない。
なんにせよ有坂は俺とこの先もずっと友達でいてくれると断言してくれたし、それだけでもう十分だ。
その日から俺は前にも増して有坂一色になって、暇さえあれば有坂にくっついて回っていた。
仕事中に話すことも解禁されたし、勿論有坂母がいつでも目を光らせているからそんなに話せないが、たまに会った時に一言二言言葉を交わすだけでも楽しい。
「――えっ、夏祭り?」
「そうだ。向こうに帰宅する前夜なのだが、地元で祭りがある。一緒に行かないか」
「行く!絶対行くっ」
仕事終わりの夜。
実家の方で夏休みの課題を一緒にしていると、珍しく有坂から誘われた。
秒で返事をすると「そうか」と安定の起伏のない言葉が返ってくる。
有坂から今までに誘ってくれたことは勿論あるが、大抵あそこに行きたいここに行きたいと9割俺が引っ張り回している方が多い。
「あれ、でも夜じゃ仕事あるよな」
「女将にはちゃんと許可を取った。盆を過ぎれば旅館も落ち着くし、帰宅する前日くらい仕事はしなくていいと言ってくれた」
「おおー」
ならもう何も問題はない。
祭りなんか当然家族以外と行ったことはないから、既に気持ちが興奮してくる。
だけど同時に、有坂との旅館生活も終わりが近づいているのかと思うとちょっぴり寂しくなる。
仕事はなんだかんだ慣れたし、従業員さんともそれなりに仲良くなった。
みんなおばちゃんおじちゃんばっかだから友達とは違うけど、有坂同様俺のことも可愛がってくれた。
ただし有坂の弟妹だけは相変わらず俺に猿みたいに絡んできて、人の服の中に虫入れてきたりカエル投げつけてきたりするからブチ切れてよく追いかけ回してた。
子供ってのはなんであんなに疲れるんだ。
キリの良いところで課題を終えて、有坂が部屋まで俺を送ると言って立ち上がる。
もうちょっと遊びたい気持ちもあるが、明日は朝早くから有坂の弓道を見に行きたいし、大人しく送ってもらうことにする。
この間少しやらせてもらったら上手いって褒めてもらえたし。
「な、触りたい?」
部屋まで付くと、少し小首を傾げて上目遣いに言ってやる。
そんな茶化した言い方を出来る余裕すら最近の俺にはあって、それもぜんぶ有坂への疑惑が解けたからだ。
あの雨の日に有坂母に何を怒られたのかは知らないが、有坂はあれ以来そう過剰な触れ方はしてこなかった。
だけど時折俺の髪や頬を撫でては、どこか物足りなそうに見つめてくる。
有坂は面食らったように俺を見たが、俺の意図が分かったのかどこかムスッとしたように視線を逸らした。
「…結城を預かっている立場なのだという自覚を持てと、厳しく言われている」
「ああ、有坂母怒るとこえーもんな」
第一印象の優しいお母さん像なんかもうとっくにどっかにいって、俺の中ではすっかり笑う鬼だ。
明日もいっぱい有坂と遊びたいし、離れるのは名残惜しいが一緒の部屋では寝れないから仕方ない。
結局有坂と枕投げの夢は実現できなかったが、それ以外の思い出がいっぱい出来たからまあヨシとする。
「じゃあ、また明日な。送ってくれてありがとう」
「ああ」
「おやすみ」
そう言って自分の部屋の鍵を開ける。
ドアを開けようとしたら、不意に後ろから抱きしめられた。
「…おい、怒られるぞ」
その体勢のまま顔を上向かせると、額に唇が降りてきた。
ちゅ、とリップ音を立てて触れた感触に、じわりと胸が熱くなる。
「構わない。自分なりの自覚はちゃんと持っているつもりだ」
そう言ってこめかみにもキスされた。
俺よりデカイ身体は、いつだってすっぽりと人を包み込んでしまう。
有坂は愛しむように数度唇を上から落として、それから俺の身体をそっと離した。
なんだかむず痒いような、だけどもっと構ってほしいような気持ちになる。
一日が終わって離れる時はいつだって寂しい気持ちになるから、そうやっていっぱい構ってから帰って欲しい。
コイツたまにマジであっさり帰るから、超絶微妙な気持ちになるんだよな。
どことなく頭の芯が痺れるような気持ちで有坂を見ていたら、あやすように手の甲で頬を撫でられる。
それから静かに「おやすみ」と言葉を残して俺に背を向けた。
そうしてまた一日、有坂との大切な日々が終わっていく。
有坂の実家からは夏休みの数日を残して帰宅をする予定で、俺はそれまでの日々を目一杯楽しみながら過ごした。
仕事が休みの日には二人で観光に行って、帰ってきたら夏休みの課題をやる。
一緒に美味いもん食ったり、早く起きれた朝には有坂に弓道を教えてもらったり、仕事中は有坂母の目を盗んで会話して、目配せしたりする。
一日の終わりには有坂が俺を構ってくれて、あっさり帰ろうとした日には後ろから寂しいとどついた。
夏休み前と今では有坂との仲は段違いに深まっていて、むしろ俺の人生にもう無くてはならない存在と言っても過言じゃない。
こんないつだって心が沸き立つような夏休みは過ごしたことがなかった。
それは全部有坂がくれたもので、まるで世界が変わったような気持ちでいた。
俺の人生の中で間違いなく一番楽しくて、めちゃくちゃ幸せな夏休みだった。
――そして、俺達の関係を大きく変える夏祭りの日がやってくる。
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