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言葉が出ないまま有坂を見つめる。
さすがに目が合って、有坂も少し驚いたように俺を見つめた。
「…よろしく頼む」
そう声を掛けられて、胸がカッと熱くなる。
「よ、よろしくっ」
勢いよく返したが、ちょっと声が上擦ったかもしれない。
やばい、どうしよう。
俺もしかして超運がいいんじゃないか?
心が折れたとかそんなのは気のせいだ。
全然折れてない。
隣の席とかむしろ折れる気がしない。
有坂は律儀に逆隣や前の奴にも俺と全く同じ台詞を言っていたが、この際それはどうでもいい。
たった一言でも有坂と会話できたことが今はめちゃくちゃ嬉しい。
本当はもっと隣の席になったことについて興奮して話しまくりたいが、すぐに帰りのHRが始まってしまう。
そして終わると同時に有坂が席を立つ。
ほんといつも一瞬で消えようとするな。
だけど隣の席なら間に合う。
俺は既のところで有坂の服を掴んだ。
クイと裾を引っ張ったら、黒い瞳と視線が合う。
「…ぶ、部活頑張って」
話し掛けるなって言われたけど、これくらいはいいだろ。
今日のところはこれ以上は我慢するから。
ドキドキしながらじっとその目を見つめる。
頼むからもう突き放さないでくれ。
もういっぱい苦しんだから、そろそろ優しくしてくれ。
「…ああ。ありがとう。結城も気を付けて帰ってくれ」
「き、気をつけるっ」
勢いよくそう返したら、有坂の目がほんの数ミリ程度細められる。
俺には分かる。
今絶対ちょっとだけ笑ってくれた。
すぐに背を向けて部活に行ってしまったが、俺の心はどこか暖かかった。
こんなちょっとのことで満たされる気持ちがあるなんて知らなかった。
そして翌日、俺はとある作戦を実行することにした。
学校に着いて自分の席へ座る。
まだかまだかとドキドキしながら待っていると、しばらくして朝練が終わった有坂が教室へ入ってきた。
前までは名前順で端から端の一番遠い席だったのに、今日からは違う。
当たり前のように俺の隣の席へ歩いてくる。
「有坂、おはよう」
ドキドキしながら挨拶する。
目が合うと、淡々とした口調で「おはよう」と返ってきた。
そして何事もなかったように有坂は席に座って、授業準備を始める。
本当はもっと話したいが、ここは我慢だ。
まだ話し掛けないでくれとか言われる可能性もある。
隣の席でそんなこと言われたらマジで立ち直れない。
授業中はもう隣が気になってしょうがなくて、全然集中できなかった。
こっち向けと視線を送りまくってみたが、有坂の授業態度はめちゃくちゃ良くて、いつだって真剣に前を向いてノートを取っている。
いっそ有坂の頭が悪かったら勉強を教えてやれるが、その作戦は無理そうだ。
「なあ有坂、次数学だよな」
休み時間になって、何気なく聞いてみる。
「そうだ」
それだけで終わる会話。
でもそれでいい。
それから少しして、また話しかける。
「なあ有坂、数学の次は国語だよな」
「そうだ」
そして終わる会話。
よし、それでいい。
むしろ会話を引き伸ばさないのがポイントだ。
なぜならこれくらいの会話なら話しかけるなも何もないし、逆に無視をする理由もない。
こうやってちょっとずつ話し掛けていくうちに、気付いたらフツーに友達に戻っている。
完璧な作戦だ。
その調子で俺は休み時間ごとに有坂にちょいちょい話し掛けた。
淡々とした返事しか返ってこないが、元々有坂はそういう奴だ。
そして昼休みになる。
ここは絶対に一緒に食べたい。
というか有坂が一緒に食べてくれないと、また屋上で一人っきりだ。
作戦通り今日は少しずつ話し掛けたし、そろそろ友達に戻れるんじゃないか?
それともまだ早いか?
どうしようとウズウズしていると、有坂がこっちを見た。
ドキリ、と大きく心臓が跳ねる。
「――あ、あのっ。結城くん」
「えっ?」
だが言葉を発したのは有坂じゃなく、別の奴だった。
有坂しか見てないから気付かなかったが、いつのまにか数人の女子が俺の席を取り囲んでいる。
「お、お願いがあるんだけどいいかな」
「え、何。今忙しいんだけど」
早くしないと有坂がまたどっか行っちゃうだろが。
眉を顰めて返すと、女子達はどこかソワソワしながら顔を見合わせる。
だがすぐにその中の一人が口を開いた。
「あ、あのっ…文化祭なんだけど、うちのクラス演劇やろうって話になってて――」
そういやもうすぐ文化祭か。
確か今月末だった気がするが、夏休み終わったばっかだしまだ実感がないんだが。
とはいえぼっちな俺には文化祭とか何の楽しいイベントでもない。
むしろ今まで授業以外のイベントは全部苦痛でしかなかった。
「そ、それでね。王子様役は絶対に結城くんしかいないから…っ。お、お願いしたいんだけど」
「わりーけど無理。練習で帰り遅くなりたくないし」
秒で断る。
なんで俺が演劇なんかやんなきゃいけねーんだ。
俺のイケメンは見せモンじゃねーぞ。
「は、早く帰ってもいいから…っ。結城くんがせっかくいるのに王子役他の人になんてお願いしたくないし…」
「演劇って勝手に決めてるけどさ、HRでまだ何やるか決めてないよな」
「ゆ…結城くん次第なんだよ。結城くんがやってくれればみんな演劇に絶対納得してくれるから…」
「嫌だって。やりたくない」
だが女子達は引かない。
そうこうしているうちに有坂が鞄を持って立ち上がるのが見えた。
行ってしまう。
マジで今大事な時なのに、邪魔しないでくれ。
いつも真っ赤な顔で俯いてるくせに、女子達は今日に限ってやたら強引で全く引き下がらない。
さっきはこっちを見てくれたのに、有坂はあっという間に俺に背を向けていて気持ちが焦る。
行かないでくれ。
また一緒に昼飯が食べたい。
俺には有坂しかいないんだ。
また仲良く、話がしたいだけなんだ。
「――っあ、有坂が出るならやる」
とっさにそう言っていた。
俺の言葉で気付いた有坂が「え?」と呑気な声を出して振り返る。
その瞬間、今度は有坂が女子達に取り囲まれていった。
だから俺と有坂の邪魔すんな。
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