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やっちまった。
教室から真っ暗になった空を見つめて立ち尽くす。
練習は終わったがこんな暗くなった帰り道を一人でなんか歩きたくない。
有坂が残っていたから嬉しくなってうっかり練習に付き合いすぎた。
クラス連中は既にまばらに帰宅していて、残っているやつは少ない。
いつもだったら有坂が送ってくれるけど、今の俺に有坂がそうしてくれるかは謎だ。
「わ、真っ暗になっちゃった。どうしよう。帰り道怖いなぁ」
不意に朝宮さんが俺の隣で声をあげてギクリとする。
おい、そんな事デカい声で言うな。
こんなのスーパーお人好しマンのアイツが聞いたら、放っておくわけがない。
「朝宮は家どこなんだ」
あーあ、ほら。
案の定有坂が引っかかって声を掛ける。
「私学生寮なんだよね。この時間になると駅方向の人しかいないから家まで不安で。この間嫌がらせみたいなこともあったし…」
「嫌がらせ?そうか。学生寮ならちょうどいい。良ければ寮まで送――」
有坂の言葉を聞きながら、カッと気持ちが込み上げる。
ふざけんな。
なら俺だってストーカーに常に狙われてるし毎日陰湿な手紙貰いまくるし街中で執拗にカメラ向けられて追いかけられるくらい危ない。
そりゃ確かに男より女送るのは当然だけど、でも夜道の俺の危なさに掛けては右に出るものがいない自信だってある。
なにより有坂が他のやつを送っていくところなんか、絶対に見たくない。
だけどこんな夜道に女子を一人で帰すような奴じゃないことも分かってる。
苛立ちに任せてガッと自分の鞄をひったくる。
もう嫌だ。
ここのところめちゃくちゃ有坂と仲良くなろうと頑張っていて、今日だって久々に一緒にいれてすげー嬉しかったのに結局あんまり話せなかった。
それどころか最後は他の女子と一緒に帰ろうとするのかよ。
こんなの心折れる。
てか折れた。
もうバッキリ聞こえたし修復不可だ。
「あ…っ、結城くん――」
後ろで朝宮さんの声が聞こえた気がしたが、俺は構わず教室を出た。
むしゃくしゃする気持ちのまま早足で廊下を歩く。
昇降口まで降りて上履きを履き替えよう…と思ったが、バラバラと差し入れやら手紙が下駄箱から落ちてきて盛大に床に散らばった。
なんなんだよ毎日毎日。
くっそ腹立つ。
仕方なく床に広がったそれを一つ一つ拾い上げる。
拾いながら、苛々しすぎて胸が詰まってくる。
なんで俺だけこんな目にあわないといけないんだ。
こんな手紙も差し入れも俺は何一つ望んじゃいない。
この差出人の奴らは勝手に気持ち押し付けて俺でキャッキャ青春楽しんでるんだろうが、マジでいい迷惑だ。
クラスでも嫌だって言ってんのに王子役押し付けられるし、有坂以外と話しても会話が上手く進まなかったり詐欺られたりするし、人より顔と頭がかなり良くてなんでも出来る天才なだけで俺は普通の男子高校生なんだ。
あたりまえに友人と遊んで部活して夜でも気にせず家に帰って、そういう誰もがしていることがどうして何一つうまくいかないんだ。
一気に沸き立った気持ちが頭の中でぐしゃぐしゃになっていく。
こんな風にムカついているはずなのに、それでも心の中はずっと隙間が空いたままだ。
有坂と別れたあの夏休みの日から、もうずっと寂しくてたまらない。
結局のところ有坂は俺の親友じゃなかったんだ。
きっとあの調子じゃ今度は朝宮さんでも好きになって俺のことなんかすぐ忘れるだろう。
考えてみれば俺の手を今日掴んだのも、朝宮さんの髪を撫でて妬いたからじゃないのか。
そう気付いたら、もう手紙を拾い上げる気力も失せて床を見つめたまま呆然とする。
世界で自分が一番不幸な気さえしてきて、唇をギュッと噛みしめる。
と、浅黒い手が視界に入った。
パチリと目を瞬くと、その手は床に散らばった手紙を一枚、また一枚と拾い上げていく。
俯いたままその手をじっと見つめる。
くしゃっとよれていた手紙は律儀に伸ばして、名前の向きを合わせて裏表までちゃんと同じように揃える。
全て拾い上げると最後に角までトンと綺麗に整えてから、差出人の名前を読めるよう方向を変えて、俺に手紙の束を渡した。
張り詰めていた心が、ぐずぐずになっていく。
さっきまで寂しくて穴の空いていた心が、もう埋まろうとしてる。
「一人で帰るな。危ないだろう」
有坂は立ち尽くしたままの俺にそう言葉を落とした。
有坂が来てくれた。
なんで追いかけてきたんだ。
だけどさっきまで折れていた心はそんな簡単には修復しない。
俺は俯いたままぽつりと口を開く。
「…朝宮さんを送るんじゃなかったのかよ」
「バカを言うな。結城を置いて俺が送るわけないだろう」
「だ、だってさっき送るって…」
言ったよな。
ちょうど同じ寮だから良ければ、みたいなこと言ってたよな。
「ちゃんと最後まで話を聞いていたのか。この時間なら他の部活も終わる。囲碁部の主将が寮生だから、事情を話して朝宮を送ってもらえればと思ったんだ」
「え」
「女子寮と男子寮はそう遠くない距離だからな。主将であれば信頼のおける人間だし良かれと思って提案したのだが、どうやら他の教室に同じ寮の友人がいたらしく断られた」
なんだよ、それ。
他に帰る奴いたなら紛らわしい言い方すんじゃねーよ。
マジで有坂取られたと思っただろうが。
有坂の言葉に一気に肩の力が抜けたが、それでもまだ顔は上げられない。
もう俺の心は折れたんだ。
そんな簡単に治ってたまるか。
「結城は前にも多くの手紙を貰っていたが、沢山の人に好意をよせられているのだろう?」
「え?それは、まあ…」
なんだよ。気付いてくれてたのか。
まあフツーは俺の顔見ればすぐ分かることだが、出会うまで俺のこと知らなかった有坂なら鈍くてしょうがない。
「なら余計に夜道を一人で歩かせるわけにはいかない」
「…で、でも逆方向だし、電車だし…」
「知っている」
淡々とした有坂の言葉が返ってくる。
いつもだったら秒で飛びついてるが、なぜか素直になれない。
ここまで有坂に突き放された反動と折れた心は、まだ直らない。
いや、ぶっちゃけもうすっかり直ってる。
だけど有坂が追いかけてきてくれた事が嬉しすぎて、無性に甘えたくて堪らない。
俯いていたら、有坂はそっと俺に手を差し出した。
「俺がそうしたいんだ。――どうか俺に結城を送らせて貰えないか?」
真面目すぎる誘い方はさすが有坂で、まるで英国紳士ばりの丁寧さだ。
いや、英国じゃなくて生粋の日本男子か。
だけどその言葉に、ふるっと背筋に熱が駆け抜ける。
ようやく顔をあげて有坂と視線が合うと、なんだか頭の芯がくらりとした。
「――うん。送ってくれ」
自然と口を開いていた。
「有坂が送ってくれないと嫌だ」
そう言って俺は差し出された手をギュッと握った。
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