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その日朝から有坂はやたら不機嫌そうだった。
別に態度に出しているわけじゃないが、なんとなく俺に物言いたそうな顔をしている。
授業中もいつも全然こっちを見ないのに、ジトっとした視線を感じる。
まあ見てくれるのはぶっちゃけ嬉しいが、でもソワソワしてしまう。
昨日朝宮さんのことで怒られたばっかだし、まだ何か俺に言いたいことがあるのか。
ちゃんと朝宮さんには謝ったし、有坂もそれは見てたはずだ。
朝宮さんも白雪姫やるって言ったし、もう何も悪くないだろ。
話を聞きたいが有坂は相変わらずいろんな奴に引っ張られて忙しそうで、時間だけが過ぎていく。
「いやー、朝宮さんとものすごい噂だね。演劇の集客バッチリすぎない?」
「はぁ?」
放課後。
ハルヤンに出来たての演劇チケットを持っていってやったら、ニヤニヤとムカつく顔で言われた。
特別宣伝した覚えはないが、いつも一緒に練習してるからそこそこ噂になっていたらしい。
「これありちゃんどんな反応してんの?さすがに彼氏もお怒りでしょ」
「付き合ってねーよ。…でも確かになんか不機嫌そうな顔してんだよな」
「逆に機嫌良さそうな顔見たこと無いけどね」
コイツ分かってねーな。
有坂マスターの俺には手に取るように有坂の機嫌が分かる。
とはいえ有坂は自分の事をそう話すタイプじゃないから、機嫌が分かっても一体何が不満なのかまでは分からない。
「いや付き合ってるだとか喧嘩しただとか、白雪姫役は朝宮さん以外ありえないって公言しただとか、おまけに昨日の放課後キスしてたって目撃情報が今朝から校内中で噂になってれば不機嫌にもなるでしょ」
「…はぁ?フツーに劇の練習してただけだろ」
「白雪姫のキスシーンで壁ドンにはならないとか女子が騒いでたけどなー。マッスー童貞のくせに誰に教えてもらったの?」
ハルヤンに含むような笑顔で聞かれる。
コイツ完全に俺と有坂ネタにして楽しんでやがるな。
「チケットやんねーぞ」
「あっ、ウソウソ。ごめんって」
ジトっと睨みながらチケットを渡してやる。
さすがに30枚も無理だが、数枚は考慮してやった。
「そーいや一部ではさ、白雪姫を王子と家来が取り合ってるみたいな話も出回ってたっけ」
「そりゃまたすげー話が飛躍してんな」
「なんにせよ楽しみにしとくわ。じゃーまた…」
そう言って颯爽と自分の教室に戻ろうとしたハルヤンのシャツを引っ張る。
ちょっと待て。
俺はまだ用がある。
「夏休みの課題写させてやったら有坂の試合一緒に見に行くって約束だよな」
「あっれー?そうだっけ」
「明日駅前集合な。来なかったら全力で有坂にチクるからな」
「うわ、地味にそれ嫌なんだよね…」
観念したらしいハルヤンと無事約束をする。
それから俺はハルヤンのシャツを握りしめたまま、視線をちょっと彷徨わせた。
「…なあ、どうすればいいと思う?」
「はい?」
「有坂の機嫌が悪いって言っただろ。どうしたらいいのか早く教えろ」
吐き捨てるようにハルヤンに聞く。
本当は自分で考えられたらいいが、俺には全く分からない。
余計な事を言ってまた怒られるのが一番嫌だ。
頭を悩ませていたら、不意にプッとハルヤンが吹き出した。
コイツやっぱり楽しんでるな。
「そんなの簡単でしょ」
「え?」
「たまにはご機嫌取りしてやったらいいんじゃないの?ありちゃんの」
「…ご機嫌取り?それってどうやったら――」
首を傾げると、ハルヤンはちょっと考えるように視線を持ち上げる。
それから屈託のない笑顔でニッコリと俺に笑った。
「じゃ、そのお代はちょっと高くつくけどいいかな?」
そして週末。
俺は意気揚々とキッチンの前に立っていた。
今日は有坂の試合がある。
ハルヤンとは約束出来たし、有坂にも見に行く事は昨日メッセで伝えておいた。
それからもう一つ。
腕まくりをしながら、昨日のうちに下調べをばっちり済ませておいたレシピを広げる。
冷蔵庫から食材を取り出して、レシピを見ながら下準備をしていく。
何かと言うと、俺は有坂のために弁当を作っていくことにしたわけだ。
ハルヤンが昭和男子は絶対に手作り弁当に弱いって言ってた。
ちなみに料理はしたことがない。
だけどこの俺に出来ないことがあるはずがない。
「おはよー。…あれ?マスが料理とか珍しいじゃん。手伝ってあげようか?」
「アサ兄おはよ。いい。全部俺がやりたいんだ」
「そっか。じゃあ頑張って」
そう言って頭を撫でられた。
同じように母親にも言われて、ちゃんと自分で作ると言って断る。
後ろでハラハラとした母親とアサ兄の視線を鬱陶しいと追い払ってから、レシピ片手に料理を始める。
どうせ俺のことだから簡単になんでもこなせると思っていたが、意外にも料理ってものは奥が深い。
包丁の使い方だったり火の加減だったり、レシピ通りにやっているはずだが写真と同じような見た目にはなかなかならない。
動画を見て学んだはずだが、卵焼きを巻くのも予想外に難しい。
野菜は焼きすぎるとしんなりして水っぽくなってくるし、レシピをのんびり見ている暇はなく時間との戦いだ。
あと使ったものがなぜか溢れかえって場所が埋まっていく。
全部邪魔だと流しに突っ込むが、そこもあっという間に埋まっていく。
時間どころか場所との戦いにもなりながら、それでもなんとか砂糖と塩を取り違えるだとか勢い余って指を怪我するだとか、そんなことにはならずに無事に弁当は完成した。
出来上がったものを見下ろして、うーんと眉を寄せる。
なんだか俺の予想していた完璧な見た目とはちょっと違う気がする。
とりあえず余ったおかずを結局後ろでソワソワしながら見守っていた二人に持っていって、試食させることにした。
不味かったら困るし、毒見役だ。
「どーだ?うまいか?」
初めてにしてはそこそこ出来ているとは思うが、実はちょっと自信ない。
レシピ通りの綺麗な見た目と同じにならなかったし、卵焼きはちょっと焦げた。
弁当箱に詰めたら一応それっぽくはなっているが、なんつーか素人の手作り感が半端ない。
「えっ…マス料理の才能あるんじゃない?初めてでここまで作れるんだ…」
「あらあら、こんなことまで出来るようになって…」
一応味を聞いてはみたが、アサ兄は異常に俺を褒めるし母親はなぜか涙ぐんでいる。
こいつら参考になんねーな。
とはいえ不味いとは言われなかったからこれでいくことにする。
本当は作り直したら絶対もっと上手くいく自信があるけど、そんなのんびりしてる時間はない。
完璧主義の俺としてはこれを渡すのはちょっと不安だが、有坂に弁当を持っていくことを先に言ってしまったから今更やめるとも言えない。
もしも余計に機嫌が悪くなったらどうしよう。
そしたらすぐに捨ててもらって、他の物渡せばセーフか。
なら事前に他に弁当買っていくべきか。
だったらむしろそっち渡したほうがよくないか。
だけどもし成功してたら、ハルヤンが言った通り有坂の機嫌が良くなるかもしれない。
そしたら髪を撫でて、俺に触れてたくさん褒めてくれるかもしれない。
しばらく見てない笑顔を、また俺に見せてくれるかもしれない。
そう思えば心臓がドキドキしてきて、頭の芯がどこか熱くなる。
早く有坂に会いたい。
会いたいけど、弁当の事を考えるとやっぱり不安だ。
俺にしては珍しく自信がないのは、ここで絶対に失敗なんかしたくないからだ。
とりあえずハルヤンに会ってからまた相談しようと決めて、片付けを二人に押し付けると俺は身支度をして家を出ることにした。
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