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「いやフツーに渡せばいいでしょ」
あっさりと言われた。
それも至極当然のように。
「てかどんなに不味くてもありちゃんなら喜んでくれると思うけどなー。まあ文句くらいは言うかもしれないけど」
「文句言われんのかよっ」
「それより俺の分は?」
「あるわけねーだろ」
なんで俺が詐欺師に弁当作ってやんなきゃいけねーんだ。
そんなわけで昼前には指定の球場にたどり着く。
前にも聞いたがうちの学校の試合は最後だから、前試合を観戦しながら野球部は昼飯を食うらしい。
分かっちゃいるが向こうは部活中だし、さすがに一緒には食えない。
夏の大会の時は組み合わせ的にも最悪だったが、今回の相手はどうなんだろう。
いやむしろ相手校よりも三年が引退してから人がまた集まった事が奇跡だ。
「――有坂っ」
携帯で連絡を取り合って、入口横の小スペースで有坂と落ち合う。
毎日見てる顔だけど、それでもその姿を視界に入れたらぶわっと気持ちが浮き上がっていく。
球場はちょっと遠かったし来たことのない場所だったから、無事辿り着けたことを実感して余計にテンションが上がる。
「じゃ、俺は先観戦席行ってるわ」
「おー、またあとでな」
ハルヤンがそう言って球場内へと入り込んでいく。
有坂はハルヤンを見てどことなく難しい顔をしていて、やっぱりまだちょっと不機嫌そうだ。
「遠かっただろう。迷わなかったか?遅いから心配をしていた」
「あれ?時間通り着いたけどな。俺が迷うわけねーだろ」
「そうか」
有坂はもうユニフォーム姿だ。
いつもと違う格好は新鮮で、これから始まる試合の事を思うとワクワクもするがちょっと不安でもある。
前回はさっさと負けろとか思ってたが、今回は有坂が毎日頑張ってることも知ってるし、自分も観戦して面白かったから純粋に勝ってほしいと思ってる。
「今日の対戦相手は強いのか?」
「前回の優勝校には劣るが、それでも例年ベスト16には入る学校だ」
「マジかー。クジ運悪すぎだろ」
「優勝するためには全て勝ち進む必要がある。どこと当たろうが同じだ」
お、さすがは有坂。
全く負ける気は無いってことだ。
まあコイツ初心者で県どころか全国制覇するって言ってたくらいだしな。
「おーい、有坂。もう試合始まるぞ」
不意に遠くからチームメイトの声がした。
見れば野球部のメンバーと数学教師がいるのが見えた。
これから試合観戦しながら昼飯を食うところらしい。
「あれ、王子じゃね?」
「うわ、マジだ。今日も麗しい…」
「よーし、ちょっと俺が野球部誘ってくるわ」
「ちょ、監督っ。それだけは王子のイメージ壊れるんでやめて下さいっ」
ちょっと距離があるが髪色で気付いたのかなんか騒ぎ始めている。
和気あいあいとしたチームの様子は、めちゃくちゃ雰囲気が良さそうだ。
「すまない。すぐに行く」
有坂がそう返事をする。
のんびり話してる暇はなさそうだ。
「あ…えっと。作ってきたぞ」
そう言って鞄から取り出した弁当箱を差し出す。
心臓がドキドキしてくる。
「は…初めて料理したから…完璧とはいえないかもだけど…」
「初めて?」
「あっ、いやでも一応作る前にいろいろ勉強したけどな。そんなめちゃくちゃヤバイわけじゃないと思うけど、でも大成功ってわけでもなくて――」
言いながら口籠る。
こんなの完全にちょっと失敗したことへの言い訳だ。
理想ではもっと自信満々に最高傑作だって言いながら渡す予定だったのに。
「そうか」
だけど有坂は特に気にするでもなく、いつも通り淡々とした返事で弁当箱を受け取った。
渡し際に、ほんの少し触れた指先にドキリとする。
「――わっ」
弁当箱を渡し終えた瞬間、不意にもう片方の有坂の手が俺の髪を梳いた。
そのまま耳を過ぎて後頭部に回り込むと、力強くグイと引き寄せられる。
――キスされる。
一気に詰まった距離にそう覚悟したが、触れたのは唇じゃなかった。
コツンと額同士がくっついて、物凄く近い距離で黒い瞳に見つめられる。
「――ありがとう。今日の試合は絶対に勝ってみせる」
そう言って有坂は世にも珍しい表情でくしゃりと笑ってみせた。
ハッと目を見開く。
それは瞬きするような、一瞬の触れ合い。
「…お、おー」
すぐに身体は離されたが、突然のことに驚いてしまう。
ドッドッと心臓が鳴っていて、触れた額から伝染するように顔が熱を持っていく。
なんだこれ。
心臓がめちゃくちゃ速い。
有坂は弁当箱をクイと俺に持ち上げてみせると、すぐにチームメイトのところへ戻って行った。
その背中を見つめながら、呆然と立ち尽くす。
「…びっくりした」
キスされるのかと思った。
されなかったけど、でも近すぎる距離に心臓が跳ね上がった。
というか距離があるとはいえすぐそこにチームメイトがいるのに見られたらどうすんだ。
実際何もしてないが遠くから見たらキスしたように見えなくもないぞ。
なんて思ってたら案の定遠くでゲシゲシとタコ殴りに小突かれてる有坂が見えた。
どうやらバッチリ見られていたらしい。
「あれ、チューされた?」
観客席に戻ると、ハルヤンがニヤニヤしながら俺の顔を見つめる。
「されてねーよ。友達なんだからするわけねーだろ」
「あれー?でも喜んでくれたでしょ」
隣の席に座りながら、まだ妙に熱を持ったままの顔を隠すように膝に頬杖をつく。
そう言われて有坂の表情を思い出す。
思い出すと自然と表情が緩んでいく。
「――うん。喜んでくれた」
誰が見ても分かるような有坂のあの笑顔は貴重中の貴重だ。
絶滅危惧種と同レベルに貴重だ。
まだ弁当食ってないからそのあとの反応も気になるが、それでも中身がどうとかじゃなくて純粋に俺が弁当を作ったことに喜んでくれた気がした。
弁当くらいであんな笑顔を見せてくれるなら、毎日作ってもいいかもしれない。
考えてみたら有坂はいつも購買で飯を買ってるし、もし弁当作って行ったら有坂の機嫌はずっといいのかもしれない。
それからハルヤンと話しながら野球観戦をする。
前回は最後にボコボコにされたわけだが、今回は最初から点の取り合いのなかなか良い試合をしている。
クジ運のせいもあってただの弱小チームのイメージがあるけど、わりと善戦するんだよな。
とんでもなく向上心のある奴らの集まりってのは、少人数だろうが初心者だろうが力を発揮するらしい。
「うっわ、いったな」
ハルヤンが隣で声を漏らす。
前回に引き続き、球場に響く一際大きい金属音と共に白球が空高くすっ飛んでいく。
真芯を捉えたボールは吸い込まれるように空に上がり、そして観客席へと落ちていった。
「…いやー、さすがだわ。昭和男子は期待を裏切らないってテンプレが決まってるからね」
「すげーな昭和男子」
そう。
その日有坂はなんの奇跡かサヨナラ満塁ホームランをブチかまして、数年ぶりに我が校の弱小野球部は一回戦を突破した。
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