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そして文化祭当日。
朝の開会式の後から、一気にクラスが慌ただしくなる。
衣装や小道具、音響などの裏方役は最終チェックに余念なく動き、役者はどこか緊張した面持ちで台本を読み返したりしている。
今更慌てたところでどうにもならんし、俺はそんなことより演目前に有坂と文化祭を見て回りたい。
俺達のクラスは大トリで、午後の部の一番最後だ。
始まるまでにはまだ時間がある。
そんなわけでさっそく声を掛けようとしたが、思わずキョロキョロと教室を見回す。
さっきまで有坂がどっか行かないようにずっと見張ってたのに、ちょっと目を離した隙にいなくなってるんだが。
なんで忍者ばりの速さでいつも消えるんだ。
午後になったら準備に入らないといけないし、のんびり待ってる暇なんてない。
電話を掛けてみたが、まさかの有坂の席の鞄の中から振動音が聞こえてくる。
今日は俺だけのためにずっと一緒にいてくれるんじゃなかったのかよ。
「すみません、一緒に写真撮ってもらってもいいですか?」
「あ、握手して下さい」
「わざわざ隣の県から王子を見に来たんですっ」
仕方なく探しに行くが、一般公開が始まると知らないやつに声を掛けられまくる。
おまけにスマホ向けられてカシャカシャ盗撮されるし、いつにもまして文化祭は周りが鬱陶しい。
「どけ。今忙しいんだよ」
他校の女子やら高そうなカメラを引っさげたキモオタに冷たく言い放つが、祭りの時ってのは相手もテンションが高くて全く通じない。
黄色い声でドS王子だとか黒王子だとか口々に囃し立てられる。
こんな奴らに構ってる暇なんかない。
せっかく有坂と回る約束してめちゃくちゃ楽しみだったのに、マジでどこ行ったんだ。
「はいはーい。イケメン王子と見せかけて実はメンヘラ姫の喫茶店はコチラでーす」
「…はぁ?」
何かと思えばウェイター姿で看板を持ったハルヤンが出てきて、俺の手首をガシッと引っ掴む。
集団から引っ張り出して助けてくれたのかと思いきや、そのまま人混みごを詐欺師笑顔で誘導していく。
俺で客引きしてんじゃねえ。
「ありちゃんは?一緒に回るんじゃないの?」
「見つからねーんだよ。今日は俺のためだけに生きるって言ってたのに」
「ありちゃんそこまで言う?それ絶対脚色入ってるよね」
「俺と約束するってのはそういう意味なんだよっ」
「はいはい」
ぞろぞろと集団を引き連れながらハルヤンの教室まで行く。
大盛況になったハルヤンのクラスを勝手に買わされたトロピカルジュース片手にじとっと見てたら、携帯片手にハルヤンが俺のところに戻ってきた。
「グループでありちゃんの目撃情報聞いたら実習棟の二階で見たってさ。部活の出し物に参加してるんじゃない?」
「え」
そういわれてみればそっちにも参加するって言ってたな。
携帯のグループとか腹立つレベルに羨ましいが、ここは素直にハルヤンに礼を言って実習棟に向かうことにする。
絡まれながらもなんとか渡り廊下を抜けて実習棟へ足を踏み入れると、各教室を覗いて回る。
クラスの出し物で賑わうHR棟と違って、実習棟の方は文化部の出し物が多く展示会が多い。
どことなくさっきよりは静かになった周りの空気にホッとする。
と、一番奥の教室で有坂の姿を見つけた。
「ありさ――」
衝動のまま名前を呼ぼうとしたが、どことなく厳正な雰囲気にハッとする。
パチリ、と碁石が盤を打つ音が響いた。
どうやらここは囲碁部の教室らしく、有坂がどっかのジジイと対局している。
数人の生徒が有坂とジジイの対局を立って観戦していて、有坂は難しい顔で碁盤を見つめている。
とりあえず廊下の窓から身振り手振りしてアピールしてみたが、集中していて全く気付かない。
おまけにバトルが白熱してきたのか、一手打つたびに観客が「おおっ」とか声を上げている。
完全に待ちぼうけ食らって立ち尽くしていると、不意に声を掛けられた。
「あ、あれ。王子…じゃなくて結城くんだよね。有坂に会いに来たのかな」
見れば丸メガネのひょろっとした奴が立っている。
また俺のファンかよと思ったが、そういやコイツは前に見たことがある。
「…あ、囲碁部の主将だっけ」
「う、うん。引退したからもう元だけどね。えっと…まだ少し有坂時間が掛かるから…よ、良かったら中で待ちませんか?」
俺のほうが後輩のはずだが、なんで敬語なんだ。
とはいえせっかくだし好意に甘えて囲碁部の中へ入り込む。
ご自由にどうぞ、という簡素なプレートしかない教室には各テーブルに碁盤が置かれていて、誰でも参加が出来るようになっている。
適当に座ったらお茶やらお茶菓子やらが勝手に置かれて、観戦していた奴らが俺に気付いてソワソワし始める。
それでも有坂だけは全く気付かない。
対戦相手のジジイとあれこれ話しながらやっていて、俺には分かるがアレは絶対楽しんでる顔だ。
こっちはこんなに有坂だけを待って、探して、この日だけをずっと待ち侘びていたのに。
なんでこの俺がジジイなんかに負けなきゃいけねーんだ。
「ゆ、結城くんは碁はやったことがあるのかな」
「え?ないけど」
「じゃ、じゃあ少しだけ有坂を待っている間にやってみませんか…?」
赤い顔でそう言われて、まあ暇つぶしに遊んでやるかと丸メガネの元主将と向き合う。
ごちゃごちゃとしたルール説明を聞かされるのかと思ったが、初心者向けに簡単な問題形式で教えられる。
「わ、すごい。やっぱり頭がいいんだなぁ…。じゃあ次、これはどうかな」
そう言って再び碁盤に問題を作っていく。
俺は少し考えてから碁石を置いて、正解の形を作り上げる。
正解したらまた次、と問題を繰り出される。
こうやって問題形式にしてくれると中々面白い。
ルールもいつの間にかなんとなく分かってきたような気がする。
徐々に問題も難しくなっていって、盤面もかなり頭を使うレベルになっていく。
腕組みしながら悩んだ末に出した答えを、碁石を置きながらゆっくりと盤に作り上げていく。
パチ、と最後の碁石を置いた。
「――そうだ。よく出来たな」
ふわりと頭上に手のひらが落ちてきた。
聞き慣れた声と、覚えのある熱い手のひらにバクリと心臓が跳ね上がる。
ガバっと見上げたら、有坂がどことなく嬉しそうな表情で俺を見下ろしていた。
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