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「もーっ、結城くん遅いよぉ」
教室に戻ると朝宮さんに腕を取られた。
どうやら最後のセリフ合わせをしていたらしい。
「朝宮、すまない。俺が結城を連れ回していた」
言いながら有坂が朝宮さんの手首を掴んで俺から引き離す。
周りからきゃあっとなぜか黄色い声があがった。
「わ…っ、そ、そっか。二人共仲良しなんだね」
「練習はもう終わったのか」
「うん。もう衣装に着替えてメイクしないと間に合わないかも…」
「そうか」
淡々とした口調で有坂が朝宮さんと話をしているが、ちょっと待て。
朝宮さんの手首を掴んだままのその手をさっさと離せ。
俺以外の奴に二度と触んな。
ピリピリと睨んでいたが、美容担当の女子達が出てきて横から連れて行かれる。
「ゆ、結城くん。さっそく衣装着てもらっていいかな。裾ちょっと直すね」
「ど、どうしよう。結城くんの髪触っていいのかな」
「うわー…肌スベスベ。メイクの必要ないかも…」
口々になんか言いながら女子達に鏡の前であれこれ触られる。
本来知らん奴に触られるのなんか嫌だが、演劇なんて女子ウケが一番だからここはされるがままに従っておく。
好き勝手されてるうちに時間は過ぎていき、いよいよ俺達のクラスの出番が近づいてくる。
全ての支度が整ってようやく女子達に解放されると、教室内がどこかハッとしたように静まり返った。
一歩足を踏み出す。
王子の衣装は想像してたよりもちょっと重い。
マントが長くて、歩くたびにふわりとはためく。
白を基調としたかっちりとした衣装には、金色の装飾が施されている。
「――王子様」
ぽつりと一人が呟いて、熱っぽい視線を向けられる。
話したこともない女子だが、余裕を見せるように軽く微笑んでやる。
真っ赤な顔で女子が硬直したのが分かった。
正直頭はいっぱいいっぱいだ。
慌てて台詞を詰め込んだはいいが、もう今にもすっ飛んでいきそうでヤバイ。
形だけでも余裕な態度を取っていないと、それこそすぐに頭が真っ白になりそうだ。
俺の行動が引き金となるように、クラスの女子も男子もドッと色めき立っていく。
廊下からも黄色い声が聞こえて、みんな俺に注目しているのが分かる。
別に緊張はない。
注目されるのはいつものことだ。
だけど――。
視界に有坂の姿が入る。
有坂も既に着替えは済んでいて、さながらその姿は王子の側近の騎士ともいうべきか。
有坂には和装が似合うと思ったが、そういう格好も悪くない。
目が合うとビクリと驚いたように心臓が跳ねる。
どうしてもさっきの事を意識してしまう。
有坂はすぐに俺の元へ来ると、コクリと一つ頷いた。
「よく似合っている。お前は本当に何を着ても美しい」
俺が口を開くより早く、真顔でそう言われた。
よく『美しい』なんて単語を冗談抜きに言えるな。
そんなセリフを大真面目に面と向かって言える奴は、マジで有坂くらいだ。
「と、当然だろ」
余裕を見せるように強気でそう返してみせる。
内心はバクバクと心臓が音を立てているが、今は有坂に翻弄されてる場合じゃない。
とはいえ有坂に褒められればめちゃくちゃ嬉しいのは事実だ。
他から貰う褒め言葉なんて何一ついらないが、有坂から貰う言葉はいつだって嬉しい。
ちらりと見れば朝宮さんもちょうど支度が終わったらしく、優雅なドレスを着飾った白雪姫に教室内がまた騒然としている。
さて、いよいよ本番だ。
「いけるか」
有坂の言葉が落ちてくる。
見上げればどことなく心配そうな表情だ。
なんとかセリフを詰め込んだはいいが、正直自信は五分五分といったところだ。
おまけにさっきの有坂の言葉で、またセリフが飛びそうになった。
胸に手を当てて、一つ深呼吸をする。
大丈夫。
俺になら出来る。
俺は天才でイケメンなんだ。
格好悪い姿なんて、何一つ見せてたまるか。
無理やりそう言い聞かせて、有坂の顔を見上げる。
「うん。いける」
それからまだ心配そうな仏頂面に、ビシッと指を差してやった。
「嫉妬すんなよ」
そう言って悪戯にクスリと微笑んでやると、有坂はどこか面食らった顔をした。
それから家来を置いて白雪姫の元へ向かう。
ここから先は人目につく。
廊下でさえ既に俺達を見る人で溢れかえっている。
教室を出たら、もう演劇の始まりだ。
俺は朝宮さんの前へ進むと、そっと手を差し出した。
「行こうか」
落ち着いてそう言うと、どこかハッとしたように朝宮さんが息を呑む。
だがそこはさすがに俺と一緒にやってきた白雪姫。
至極当然のように優雅な所作で俺の手を朝宮さんは取った。
盛り上がるギャラリー。
宣伝効果は十分。
役者のやる気も十分。
客の入りも上々。
――そして、俺達のクラスの劇が開演する。
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