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俺の悩みその7。
ゲームに熱中すると時間を忘れる。
「…やっちまった」
気付けば外はとっぷりと暗くなっていた。
空にはくっきりと三日月まで浮かんでいて、そういやだいぶ前に下校時刻のチャイムが鳴っていた気がする。
二時間きっかりで携帯のアラームも掛けておいたはずだが、全く気づかなかったのか無意識に止めたのか、もはや目覚ましレベルで謎だ。
「いやー、無事ラスボスまでクリア出来ましたねっ。先日は有坂くんに邪魔されてしまいましたし、今日は気兼ねなく結城くんのプレイを堪能することが出来ましたっ」
エンディングロールが流れる画面を見ながら、浮かれた様子の会長の声を隣で聞く。
いやさすがにこの時間はやばい。
でもよく考えたら有坂も部活があるし、まだ学校にいるかもしれない。
「ラインハルト様、どうしました?激戦のあとで疲れましたか?」
「…いや、別に」
アニメキャラが描かれた湯呑みの茶を飲み干してから、立ち上がる。
ここに来るのは二回目だが、早くも有坂との約束を破ってしまった。
これはバレたら絶対説教される。
いやでもゲームじゃなくて、漫画を読んでたことにすれば怒られないかもしれない。
ともかくまだ有坂がいるなら一緒に帰りたい。
「帰るわ。じゃーな」
そう言って慌てて鞄を持ち上げる。
後ろで何か言ってる声がしたが、気にせず部屋を出た。
そのまますぐに部室棟の一階に行って、有坂といつも飯を食っている野球部の部室へ行く。
ノックをしたが誰も出てこない。
というかよく見れば電気も消えてるし、これはまさかもう帰ったのか。
周りを見れば今日に限って校舎には誰もいない。
一応グラウンドも見に行ったが野球部どころか人っ子一人見当たらない。
こうなればどうしようもないし、仕方なく一人で帰ることにする。
――ヤバい。
誰かに付けられている。
そう気付いたのはもう駅も近くなった通学路。
ちょっと怖くなって違う道に入ってみたが、後ろにいる気配は消えない。
ちらっと後ろを見ると、暗闇でよく見えないが結構大柄な男のように見える。
違うと思いたいが、今まで何度もストーカーされた身としては嫌な予感がしてならない。
ああいうやつは一定の距離を保ちながら付いてくる。
それで視界が切れる曲がり角だったりで、一気に距離を詰めてきたりするんだ。
ともかくなるべく広い一本道の大通りを早足で歩いて、なんとか駅までたどり着く。
ここまでくれば安心だ。
電車に乗って、あとは駅に着いたら電話して誰かに迎えに来てもらえばいい。
複数人いれば向こうも声は掛けてこない。
そう考えて携帯を取り出そうとしたが、鞄を探っても見当たらない。
そういえばアラームを掛けるために部室の机に置いたかもしれない。
慌てて部室を出たから忘れてきたのか。
こんな時に限って最悪なことが重なる。
それでも電車に乗って地元の駅まで行けば、そこまでは追ってこないはずだ。
付けてきてるヤツだけでも鬱陶しいのに、キャッチやナンパにまで捕まりながらなんとか電車に乗る。
これだから遅い時間になるのは嫌なんだ。
ともかく一刻も早く帰ろうと、電車を下りて速攻で改札を出る。
駅から俺の家まではそう遠い距離じゃない。
階段を下りて急くように自分の家を目指す。
有坂と一緒に帰るときは数秒で帰れるのに、こういう時はめちゃくちゃ道のりが長く感じる。
不意に後ろから小走りで駆けてくる足音が聞こえた。
ハッとして振り返ると、暗闇の中大柄な男の姿が見える。
さっき付けてきていた奴だ。
まさかこんなところまで追いかけてきたのかよ。
背筋がゾッとして慌てて走り出したが、踏切に捕まってしまう。
カンカンと鳴る踏切を早く開いてくれという気持ちで待っていたが、後ろの男はどんどん近づいてくる。
嫌だ。怖い。
子供の頃から何度こんな目に合ったか分からない。
そのたびに絶対に遅い時間に一人で歩くのはやめようと心に誓ってきた。
電車が通過する。
もう遮断器が開くのを待てず、慌てて潜ろうとしたが反対側からも電車が来ていた。
「――あ、危ないっ」
不意にすぐ後ろで男の声がした。
同時に強引に腕を引かれて、後ろに尻もちを付く勢いでなだれ込む。
電車が俺の目の前をガタガタと通過していった。
別に反対側から電車が来たことはすぐ分かったし、俺の足なら駆け抜けられる自信はあった。
俺から見たら電車よりも、後ろの男に捕まってしまったことのほうに恐怖心が込み上げる。
「…よ、良かった。もしものことにならなくて――」
すぐ耳元で知らない男の声がする。
しっかりと後ろから俺の身体を抱き込んでいるその体温にゾッとする。
気持ち悪い。
有坂以外の温度なんか知らない。
背筋が震えて、パニック状態に陥りながら必死で藻掻く。
「――い、嫌だっ。誰か…っ」
「あ、ま、待って。ぼ、僕ですっ。ラインハルト様っ」
「…えっ?」
聞き覚えのある単語に思わず後ろを振り向く。
そこには全く知らないイケメンがいた。
イケメンの俺から見ても納得するイケメンだ。
まあでも俺の次くらいのイケメンだ。
誰だコイツ。
やっぱり知らねえ。
「――だ、誰かっ!助けてくれっ!痴漢がここにっ…」
「ええっ!?さ、さっきまで一緒にゲームしてたのに…。あっ、め、眼鏡っ」
そう言って地面に落ちていた眼鏡を取ると、慌てたように男は装着する。
どうやら俺となだれ込んだ時に吹っ飛んだらしい。
見覚えのある瓶底眼鏡みたいな分かりやすいモブ顔と、バサバサの髪型が顔を出す。
ていうか眼鏡ヒビ入ってんぞ。
「…あ、お前。モブ眼鏡」
「ラインハルト様…そ、その呼び方は酷いです」
お前が言うな。
とはいえ見知ったヤツだったことに、一気に安心感が溢れ出す。
同時にイラッと怒りも込み上げてくる。
「…っおい!なんで早く言わねーんだよっ。ストーカーかと思ってマジでビビっただろうがっ」
「す、すみませんっ。何度も声を掛けようと思ったんですけど…早足で逃げちゃうし、色んな方と話していたので…っ」
キャッチに捕まりながらストーカーから逃げていただけなんだが。
むしろコイツがさっさと話し掛けてくればこんな思いはしなかったのに。
どうやら話を聞くと俺が携帯を忘れていることに気付いて、追いかけてきたらしい。
携帯を受け取ってから、服の汚れを払って立ち上がる。
モブ眼鏡も立ち上がったが、予想外に大きな身長に驚いた。
もしかして有坂くらいあるんじゃねーか。
ゲー研で遊んでる時はずっと座ってる状態だったから、全然気付かなかった。
とりあえず危ないからヒビの入った眼鏡を外してやって、壊れた眼鏡を手渡しながらじっとその顔を見上げる。
どことなく垂れた目尻にスッと通った高めの鼻筋。
なんでこんなイケメン顔をわざわざ隠してるんだ。
同じイケメンだからこそ言えるが、よほど無人島にでもいない限りこの歳で無自覚なんてことはそうありえない。
少なからず絶対ちやほやされた経験があるはずだ。
と思ったが、別に俺以外のイケメンなんかどうでもいい。
そんなことより今は俺の身の安全のほうが大事だ。
「おいモブ眼鏡。驚かせたバツとして俺を家まで送れ」
ビシッと人差し指を差して命令すると、モブ眼鏡はワタワタとしながら頷く。
「――そ、それはいいですけど…それよりラインハルト様、お怪我はありませんでしたか?さっきの電車には本当にビックリして…っ」
そう言ってモブ眼鏡は言葉を詰まらせながら、心配したように俺の身体に触れる。
ペタペタと勝手に触られていたが、ふとモブ眼鏡の視線が俺の身体の一点を見つめてギクリとしたように固まった。
一体何なんだ。
首元に伸ばされた手を鬱陶しいと叩き落としてから、じとっとモブ眼鏡に目を細める。
「気安く俺に触んな。つかその呼び方いい加減やめろ」
「ええっ。で、でもラインハルト様はラインハルト様で…」
「そういやお前名前なんだっけ?」
相手の呼び方に文句を言っておきながら、ふと自分もコイツの名前を知らないことに気付く。
目線をあげてモブ眼鏡――いや今はイケメン顔に問いかける。
見上げないと目が合わないのは有坂と一緒だ。
だけど有坂より格段に分かりやすい表情で、イケメンは嬉しそうに俺に微笑む。
物腰柔らかな視線が眩しげに俺を見つめて、ふとその顔には見覚えがあることに気付いた。
あれ?そういやコイツテレビで見たことあったかも。
「水瀬涼也(みなせりょうや)です。ラインハルトさ…あ、えっと。結城先輩、宜しくお願いします」
コイツ年下だったのかよ。
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