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「お前もしかして俳優?なんかドラマで見たことあったかも」
何気なくそう聞いたら、ギクリとモブ眼鏡――水瀬は身体を竦ませて周りを見回す。
「…あ、えっと。最近はドラマにも出てるんですけど、本業はモデルなんです。でも学校ではバレたくなくて…」
「あー、芸能人がいるとかバレたら面倒くさそうだもんな」
水瀬と家まで歩きながら潔く事情を察する。
ただでさえ芸能人じゃなくてもめんどくせーのに、芸能人て肩書きがついたらそれこそ大変なことになりそうだ。
「ああ、いえ。それは別に構わないんですが、ただプライベートではどうしても趣味の方に専念したくて…」
そう言われてキョトンとする。
趣味ってゲー研のことだよな。
「あ…えっと。僕の趣味をバラしたら絶対にダメだって事務所からきつく言われてるんです。…その、だから仕方なく」
そう言って水瀬は口籠る。
なるほど。
確かにドラマに呼ばれるくらいのイケメンモデルがガチの二次元オタクとか、ファンもガッカリってわけか。
とはいえよくそのためにこんなバサバサの髪型にして瓶底眼鏡のダサメンになれるな。
例え平穏を約束されるとしても、俺には無理だ。
ダサい俺とか無理。
「…あ、あの。ラインハルト様、この事は誰にも言わないで貰えますか?」
「ああ、分かってるよ。誰にも言わない」
人の顔色を伺うように聞かれて、コクリと頷いてやる。
そもそもバラせるような友達俺いないしな。
有坂に言ったところで「そうか」としか言わないだろうし。
「あ、ありがとうございます。…その、ラインハルト様はやっぱり特別なんですね」
「――は?なんで」
「…あ、いえ。僕の顔を見ても驚かなかったし、知っても態度を変えたりされなかったので…。お話の中のラインハルト様も誰に対しても分け隔てなく接していて、とてもカッコ良い方なんですよ」
そう言って楽しそうに水瀬はそのキャラのことを語る。
どこのキャラだか知らんが、俺の呼び方結局戻ってんじゃねーか。
「別に人の顔くらいでいちいち騒いだりしねーよ。俺だってそれで迷惑してんのに」
何気なくそう言ってから、ふと気付く。
もしかしたらコイツと俺は似てるんだろうか。
ひょっとして同じような悩みを持ってたりするんだろうか。
自分の意思に関わらず周りの反応のせいで、思ったように身動きがとれない。
誰もが当たり前にやっていることが、全然うまくいかない。
俺には有坂という友達が出来てかなり救われたが、コイツはどうなんだろう。
「…まあ俺はお前がモデルだろうが俳優だろうがどうでもいいし、ただのゲー研のモブ眼鏡として接するけどな」
そう言ってやったら、水瀬はハッとしたように目を瞬く。
それから至極嬉しそうに笑顔を零した。
「――う、嬉しいですっ。僕学校で趣味の合う友達は会長とシグルドくんしかいなかったので」
シグルド――いや有坂は違うだろ。
どう考えてもあの会長に引っ張り込まれた人数合わせだ。
というか会長はなんで会長なんだ。
もういっそ逆になんか付けてやれよ。
それでも水瀬のいっぱいの笑顔を見ていると、どことなく悪い気はしない。
他人にこんなふうに笑顔を向けられることなんてそうない。
有坂の笑顔は貴重すぎてめちゃくちゃ観察してないと見落とすレベルだし、ハルヤンは…まあハルヤンだ。
それに話を聞けば俺はコイツの先輩らしいし、それなら初めて出来た後輩に少し得意げにもなる。
「まあ俺もたまにはゲー研に顔だして構ってやるよ。その代わり遅くなったら帰りは送れよ」
「わ、ラインハルト様と遊べるの嬉しいですっ。僕帰りの方向は同じなので、いつでも送らせて下さいね」
いい心がけだ。
ちょうど家も見えたことだし「じゃーな」と言ってあっさり家の門を開ける。
今日一日でなんだか水瀬との仲が急激に深まった気がする。
一緒にゲームをして、水瀬の秘密を知って、また遊ぶ約束もした。
コイツは俺とどことなく似た境遇もあるし、俺の顔に臆することもない。
もっとこいつのことを知ったら、有坂みたいに友達になれるのかもしれない。
――と、不意に水瀬に服を引かれた。
「あ、あのっ…友好の証に、僕のことは今後エトワールと呼んでくださっても――」
「それはない」
やっぱりコイツはよく分からん。
「有坂、昨日部活無かったのか?」
翌日、朝練を終えて教室に入ってきた有坂に開口一番に聞く。
有坂はいつものようにじっと俺の目を一度覗き込んでから、安定の仏頂面で口を開いた。
「何を言ってるんだ。もう中間テストの時期だろう。昨日から部活は休みだ」
「――えっ」
そう言われて思い出したが、もうそんな時期か。
最近授業中ずっと有坂しか見てないから忘れてた。
だから昨日帰る時校舎に人っ子一人見当たらなかったのか。
有坂がいなかったことに納得したが、部活が休みになったならちょっとくらい俺と遊んでくれたって良いだろ。
だけど常識人の有坂がテスト期間中に堂々と俺と遊んでくれるとも思えない。
絶対クソ真面目に勉強しろって言われる。
けどせっかく今部活が休みなら、なんとしてでも有坂と遊びたい。
ここはやっぱり勉強で釣るのが一番いいか。
でも勉強したいんじゃなくて遊びに行きたい。
けど有坂と一緒にいられれば何でもいい気もする。
うーんと腕組みしてたら、不意に俺と有坂の間を遮るようにさらりとした黒髪ロングが視界に入った。
「有坂くんおはよ。昨日は送ってくれてありがとね」
「いや、こちらこそ助かった」
「ううん、またいつでも言ってね」
「ああ」
すぐに会話は終わって、朝宮さんはふわりとした笑顔を有坂に残してから自分の席へ戻っていく。
一瞬の会話だったが、いやちょっと待て。
なんだ今の会話は。
足元から一気に冷たい感覚が這い上がってきて、どうしようもなく嫌な心音が鳴り始める。
どういうことだ。
なんで朝宮さんを有坂が送ってるんだ。
一体昨日何があったんだ。
呆然と有坂を見たが、有坂は特に気にした様子もなく授業準備をしている。
「…き、昨日朝宮さんと帰ったのか?」
思わず聞いてしまう。
俺だって昨日は有坂に送ってほしかったのに。
探しに行ったけどいなくて、仕方なく怖い思いをしながら一人で帰ったのに。
つーか朝宮さんはもう文化祭終わったんだから有坂に話しかけんじゃねえ。
「昨日は朝宮と勉強をする約束をしていたんだ」
「――は!?」
何でも無いように言ってのけた有坂の言葉に衝撃を受ける。
なんだそれ、噓だろ。
ありえねえ。
いつのまにそんな約束してたんだ。
「…ふ、二人で勉強してたのかよ」
衝撃のあまり呆然としながら聞くと、有坂は俺の様子を見て気付いたように授業準備をしていた手を止めた。
それから俺に向き直ると、手を伸ばしてポンと軽く頭を叩く。
「以前結城にも頼んだことがあるだろう。今回は野球部の勉強を朝宮が一緒に見てくれると言ってくれたんだ。結城は人に教えるのを前に嫌がっていただろう」
「それは…そうだけど」
「助け合うのは友達として当然のことだ。そんな顔をする必要はない」
有坂は何でも無いようにそう言って、俺から手を離した。
だけど俺には全く以てそれが何でも無いことのようには思えない。
全然納得できないし、有坂の言い訳を聞いたってめちゃくちゃ気分が悪い。
絶対嫌だ。
俺以外の奴なんか送らなくていい。
つーか俺の知らないところで約束なんかすんな。
有坂が俺以外の奴と一緒にいたと考えるだけで、もう窓からふざけんなって全世界の人に叫びたくなる。
カッと気持ちが込み上げて有坂にそのままぶつけようとしたが、ちょうど担任が教室へ入り込んできてしまった。
そうなれば仕方なく口を閉じて、前へと向き直る。
モヤモヤとした気持ちは授業中もずっと晴れないままだった。
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