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「有坂くん、あとは監督に日誌と鍵を返しに行けばいいんだよね」
さらりとポニーテールが揺れて、鈴の鳴るような声が響く。
もうこんなの完全に新人マネージャーじゃねーか。
朝宮さんの凄まじいラスボスオーラに一気に心が持ってかれる。
有坂が魔王じゃなかったのか。
仲直りしようとしてた気持ちが一気に萎えて、ズシンと重く圧し掛かるような胸の痛みがせり上がってくる。
「いや、今日は俺が返しておく。結城と話がしたいんだ」
有坂が淡々と返したが、ビクリとしてしまう。
浮気相手の前で堂々とそんな台詞を言うってことは、もしかしたら俺を捨てるつもりなのか。
「えっ?あ、分かった。じゃあよろしくね」
「ああ。お疲れ様」
「うん、お疲れ様。結城君もまたね」
なんか言われたが、返事をする余裕なんて今はない。
有坂は何か言いたげに俺を見たが、別に人から挨拶されて無視するなんて俺には普通のことだ。
なぜか有坂が「すまない」と謝って、朝宮さんはクスっと余裕そうに笑ってから他の部員達と帰って行った。
これから壮絶なラスボスバトルが繰り広げられるのかと思っていたが、どうやらそうはならないらしい。
二人になると、有坂はすぐに俺へと視線を向ける。
「こんな時間に何をしているんだ。ずっと俺を待っていたのか」
「う、うん。もうずっと待ってた」
俺の体感ではかなりの時間が経っているし、実際の時間がどうとか関係ない。
こんなに待ってたんだからめちゃくちゃ優しくしてくれたっていいのに、有坂の顔つきは変わらない。
「結城、頼むから校内とはいえ暗い場所に一人でいるような事はやめてくれ。冬休み前に危ない目にあったのを忘れたのか」
「ひ、一人じゃなかった。ハルヤンが送ってくれたし…」
「だが待っていたのは一人だろう?」
「で、でも他の奴はまだ…あ、朝宮さんだって今――」
言いながら言葉が喉につっかえたみたいに出なくなっていく。
もうこれ以上俺を責めないでくれ。
お願いだから優しくしてくれ。
有坂は俺の両手を取ると、ギュッと握る。
久しぶりの温もりに、胸が苦しくなっていく。
「…こんなに冷たくなって。風邪も引いてしまう」
「あ、有坂が電話でないから…あ、朝宮さんが…っ」
「なぜさっきから朝宮が出てくるんだ。今は関係ないだろう。…いやしかし、挨拶を無視するのはよくないことだ」
有坂の言葉にビクリとする。
もしかしてまた怒られるのか。
だって道を歩いてたらみんな俺に挨拶したり名前呼んだりするのに、それに全部返していたらめちゃくちゃ大変になるだろ。
挨拶を無視するのは俺にとって当たり前のことなのに、朝宮さんの肩を持つのか。
そっと両手を握っていた手が離れていく。
いなくなってしまうのかとハッとしたが、有坂の手は代わりに包み込むように俺の頬に触れた。
親指がそっと目元に触れて、優しくなぞられる。
「こんな時間になって、遅くなると家に連絡はいれたのか」
「い、いれた…っ、ちゃ、ちゃんと電話した…っ」
「そうか」
「バイトも…っさ、さぼってないし、で、電話出れなかったのは仕事してて…っ」
「ああ、俺も部活で出れなくてすまなかった」
「さ、さっきも…部活の邪魔にならないように…そ、外で…待ってたし――」
黒い瞳が切なげに細められる。
触れられた手は暖かいはずなのに、俺の心はまだ冷たいままだ。
有坂がようやく俺を見てくれているのに、心は不安なまま全然満たされない。
不意にコツンと額を合わせられた。
「…結城、泣かないでくれ。会いに来てくれて有難う」
喉がヒクヒクと震えて、次々と頬に涙が伝っていく。
もう俺の限界は遥か昔に超えていて、有坂が俺を見つめた瞬間からずっと涙は止まらない。
有坂はじっと俺の目を覗き込んでから、部室へと手を引いていく。
扉を閉めると、すぐに俺の身体を引き寄せた。
「結城、すまなかった。俺はお前の気持ちを全然理解できていない」
抱きしめられて、張りつめていたものが一気に緩んでいく。
有坂の匂いでいっぱいになって、必死にその身体を手繰り寄せる。
もう絶対に離さないと有坂にしがみ付きながら、グズグズと鼻を啜る。
「あ、ありさ…っ、な…なんで朝宮さ、やなんだ…ッ、俺は、俺の事は…っ、お、俺の方が有坂のこと…ッ」
伝えたい言葉がたくさんあるのに、全く言葉にならない。
上手く息も出来ずしゃくりあげながら、もう俺は本気でグダグダだった。
ただ有坂のことが大好きで、俺だけを見ていてほしい。
たったそれだけのことなのに、上手くいかなくて苦しい。
「も…やだ、有坂…ッ、お、怒らな…っ、お、俺は…」
「怒ったりはしない。全部聞かせてくれ。俺の悪かったところを、嫌だったことも全て教えてくれ」
「お…俺、ちゃんと…俺だって…っ、か、考えて…ッ」
必死に言葉を紡ぎながら、有坂の身体に縋りつく。
自分でももう何を言ってるのか分からなかったが、有坂は俺を力強く抱き締めたまま何度も頷いてくれた。
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