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しばらくしゃくりあげる声は止まらずヒグヒグ泣いていたが、俺の背中を擦る暖かい手に少しずつ落ち着いてくる。
部室の床にすっかり座り込んで有坂にしがみ付いていたが、そっと顔を上げると悩ましげに歪む黒い瞳と視線がぶつかった。
「…俺は結城をこれほどまで追い詰めてしまっていたのか」
伸びてきた指先が俺の目尻に溜まった涙を拭ってくれる。
もう有坂が怒ってないんだと知ったら、一気に心が緩んで甘えたくなる。
「お、追い詰められた。…有坂はもう俺の事いらないのかって――」
「なぜそんな発想になってしまうんだ。そんなことを思うはずがないだろう」
「ほ、ほんとか?俺の事ちゃんと好きか?一番大事か?朝宮さんより俺の方が好きか?」
ズズッと鼻水を啜りながら有坂の目を見つめる。
真っすぐに俺を見下ろす瞳は、絶対に嘘を吐かない。
有坂の言葉の一つ一つは俺にとってものすごく重要で、何度も確認せずにはいられない。
「交友関係の深さに順位を付けるなど相手に対しても失礼なことだ。だが結城は恋人であり、特別に思う気持ちは間違いなく――」
「一番か一番じゃないのかはっきりしてくれないと嫌だっ」
「一番だ」
有坂の言葉に、電流が走ったようにビリッと身体に甘い痺れが走る。
直接的な言葉にさっきまで砕けていた心がじわりと熱を帯びていく。
急激に入り込んできたくすぐったさに視線を彷徨わせていたら、有坂は力が抜けたように息を吐きだした。
「…俺の方が結城に嫌われてしまったのではと肝が冷えただろう」
「――は?そんなことあるわけねーだろ」
「こんなに泣かせてしまって、結城の家でも帰れと言わせてしまった。どう結城と向き合うべきか、話し合いをすればいいかとずっと悩んでいた」
欲しくて堪らなかった手のひらが俺の耳に触れ、愛しげに髪を掛けられる。
険しい表情はまだ変わらないが、触れられる指先は優しくて心地良い。
「…あ、有坂が怒ったから」
「確かに言い方が厳しくなってしまったのは認める。だがいくら考えても仮病を使って水瀬と遊んでいた事実に、正当性を見出すことが出来なかった」
正当性ってなんだよ。
正しいか正しくないかじゃなくて、俺の味方をするかしないかの問題じゃないのか。
有坂の言葉を聞きながらグスリと鼻を啜ると、慌てたように髪を撫でられる。
どうして有坂は俺の気持ちがこんなに分からないんだろう。
「怒っているわけじゃないんだ。ただ俺は結城の恋人でありながら、水瀬や春屋のように容易にお前の気持ちを察してやることが出来ない」
「…俺だって仮病を使いたかったわけじゃないし、ちゃんと考えてる」
「じゃあなぜ――」
「俺は有坂に嫌われるような事をしたくないだけだ」
きっぱりとそう言うと、有坂が面食らったような顔をする。
俺は最初から、ずっとそれでしか動いてない。
「け、仮病を使ったのは…有坂に泣いて腫れた目を見られたくなかったからで――」
言いながらごにょごにょと言葉尻が小さくなっていく。
泣いたことを言うのも、ブサイクになってた事をいうのもさすがに気まずい。
有坂の中のキラキラした俺のイメージ像が崩れたら可哀想だから、さすがにそこは気を遣う。
「泣き腫らした顔ならよく目にしている。そんなことで嫌いにならない」
「――えっ」
何でもないように真顔で言われた。
衝撃の事実だ。
しかもよくってなんだよ。
俺はそんなに泣いてない。
有坂の言葉にショックを受けていると、盛大にため息を吐かれた。
「…結城、今度から不安な事はすぐに相談してくれ」
「し、したいけど有坂は忙しいだろ」
「確かに学校行事で思うように時間を取ってはやれないが、昼休みだってあるだろう」
「でも昼休みは相談なんかより有坂と楽しい話をしたいし…」
言いながらまた悲しくなってくる。
もっと有坂に時間があったら、いつでも一緒にいられるのに。
部活も同好会も全部やめて、俺にだけ時間を使ってくれればいいのに。
俺はそれが出来るのに、有坂はそうはしてくれない。
「…どうやら信頼を得ていないのは俺の方だったらしいな」
有坂がぽつりと呟く。
どうしても不安になってしまう。
俺以外の奴と楽しくしてるのを見る度に、寂しくて堪らなくなる。
目の前の胸に頬を寄せたら、応えるように抱きしめ返してくれる。
くしゅくしゅと鼻を擦り付けると、耳に唇を押し付けられた。
ボッと火が付いたみたいにそこから熱が広がっていく。
こんなに近くにいるのに、それでも不安な気持ちはまだ消えない。
「い、いっぱいある。有坂に言いたいけど言えない事、いっぱいある」
「構わない。お前の悩み事を全て教えてくれ」
「絶対嫌わないか?」
「嫌わない。愛しい者の願いは極力聞いてやりたいと思っている」
甘やかすようにそう言って目元をくすぐられた。
待ち望んでいたその言葉に、ぶわっと胸が熱くなっていく。
今俺の言うことは何でも全部聞いてくれるって言ったよな。
パッと顔を上げると、黒い瞳を見つめる。
「じゃあもう浮気すんのやめてくれ」
これは俺が一番言いたかったことだ。
俺の願いを聞いてくれるなら、もう二度と他の奴と話さないでほしい。
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