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----side有坂『有坂とハルヤン2』
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通話を終えて、複雑な思いで携帯を見つめる。
結城に言わなければならないことは、もうずっと思い悩んでいたことだ。
すぐ口にしてしまえればいいのだが、結城は一見気丈で自信に満ち溢れているように見えて、その実非常に脆く崩れやすい。
冬休みに実家へ少し帰省するだけでも嫌だ嫌だと涙を零し、クラス替えでも怖くて眠れないと怯え、修学旅行の班決めでも可哀想なほど酷く落ち込んでいた。
恐らく環境の変化に対して、とても弱いのだろう。
これまでの結城の境遇を思えばそれも仕方ないことではあるし、俺としても愛する者にこれほど求めて貰える事が嬉しくないはずがない。
ともすればいっそ全ての悩みを投げ捨て、常に傍らに置いて思いのまま甘やかしてしまいたいほどに。
「桐吾、そろそろ閉めるぞ。早く着替えなさい」
「あ、はい。すみません」
用具をしまい、袴の裾を正して神棚に礼拝を行う。
幼いころから繰り返し続けてきた行いだが、それは実家から遠く離れたこの地でも変わらない。
着替えを済ませ外へ出ると、辺りはすっかり暗くなっていた。
帰路に就きながら、先程の通話に思いを馳せる。
現実問題、一時の感情に全て身を委ねるのは間違いなくお互いのためにならないだろう。
特に今は人生の分岐点でもある高校三年生の受験シーズンなのだから、殊更慎重に考える必要がある。
思いのまま色恋に身を任せてしまっては、結果互いの首を絞めてしまう事になり兼ねない。
帰宅して寮の食堂で遅めの夕食を取っていると、聞きなれた声が聞こえてきた。
「いや俺の行動を何から何まで知ってたいとかさー、恋人でもありえねーから。つーか俺彼女は作らないって最初に言ったよね?」
春屋だ。
なにやら色恋沙汰が起きているようだが、大して事情の知らぬ者が干渉するのは野暮というものだ。
春屋は結城と仲が良いし出来ればあまり人から恨まれるようなトラブルに陥るのは避けて欲しいものだが、さすがに付き合う友人は選べなどと結城に言う事は出来ない。
それに何を考えているのか分からない男ではあるが、結城の事をそれなりに気遣ってくれているのは知っている。
「あーハイハイ、この間はどーも。え?今度はもっと近くで映ってる写真が欲しい?いや最近警戒されちゃって難しいんだよねー。まあ一桁増やしてくれるなら考えなくもないけど」
気付けば通話相手が変わっているようだが、相変わらず忙しない男だ。
春屋は通話を終えるとカウンターで夕食を受け取り、俺から一番離れた席に腰を落ち着ける。
どうやらこれから夕食らしい。
「春屋、こっちへ来い」
「げっ、なんの説教。いやさっきの電話はえーっと…」
「何か怒られるようなことをしたのか?二人しかいないのだから共に夕食を取ろうと思っただけだ」
「え?あー!ハイハイ。誰かと一緒に食べた方が美味しいもんねー」
よく分からないが調子の良い奴だ。
結城はこの男のどこが気に入って友人関係を築いたのだろう。
「春屋、お前結城にあの話をしたのか」
「え?あの話って?」
「春休みに俺の部屋で食事をした時に、話していただろう。結城の悩みについてだ」
「あー…。三年になったらクラス替えなんかよりもっとデカい悩みができるってやつね。いや面倒になるの分かってて俺が余計な事言うわけないでしょ」
どうやら春屋がわざわざ告げたわけではないらしい。
なら俺が早合点をして、要らぬ事を言ってしまったのか。
いや、いずれ話し合わないといけないのだから、要らぬ事ではないのだが。
「ありちゃんの態度がなんかおかしいって言ってたから、勝手に勘づいたんじゃないの」
「そうか。疑ってしまってすまなかった」
「いやいいけどさ、ていうかフツー好きならありちゃんの悩みが何かくらい気付くでしょ。気付かない方がおかしいと思わない?」
頬杖を付いてオムライスを食しながら、春屋がスプーンを俺に向ける。
食事中のマナーがなっていないと説教したいところだが、一先ずそれは会話の後だ。
そういえば結城は親の躾がちゃんとされているのか、食事中の所作も美しい。
高校生なのだからもっとがっついた食事の仕方をしてもいいと思うが、大口を開けたりせずいつ見ても品良く食事をしている。
「まーそれだけマッスーが自分の事しか考えてないってことなんだよね」
「あれは自分なりに他人の事を考えてはいる。友人なのだからそんな言い方をしてやるな」
「はー、激甘すぎる。ありちゃんがそんなだからマッスーがいつまで経っても信頼してくれないんじゃないの」
グサリと何か刺さるものを感じた。
そういえば春休みの時も春屋に同じような指摘を受けたなと思い出す。
結城が俺を信頼していないだろうことは、今日の電話を聞いても明らかだ。
俺の言葉数が足りないせいもあるのだろうが、何かとすぐ不安にさせてしまう。
「…耳が痛いな。正直こんな状態で結城に話など出来る気がしない」
思わず呟いてしまうと、春屋が眉を顰める。
あっという間に食事を終えたのか、トレイを持ってガタリと立ち上がった。
「つーかマッスーに信頼して欲しいとか言ってるけどさ、そもそもありちゃんだってマッスーの事信頼してないよね」
「なに?」
「ま、ありちゃんがマッスーをいつまでもそのままにしておきたいなら話は別だけど。あんなイケメン王子に依存されてたらそりゃ気持ちいいし、早々変わって欲しくないもんねー」
何か煽られるような物言いに思わず眉を寄せる。
ビキリと青筋が立つのを感じたが、春屋はこちらが口を開くより先に颯爽と部屋へ戻って行ってしまった。
言いたい言葉を飲み込んで、自分もトレイを手にして席を立つ。
正直春屋の言葉は的を得ていて、結城を信頼出来るのであれば俺の抱えている悩みもそう拗れることなく打ち明けられるのだろう。
だが現状、そううまくいくとは思えない。
互いに信頼関係が築けていない恋人同士など、どう考えてもいい方向へは向かわない。
紆余曲折の挙句、やっとの思いで結城は俺を好きになってくれた。
この先何があっても絶対に幸せにしてみせると、心に誓っている。
だからこそ俺と結城にとって今回の問題は一つの分岐点であり、絶対に避けては通れない事柄なのだろう。
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