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「結城、遠くまですまなかったな」
「ううん。これ、弁当作ってきた」
「いつもすまない」
試合前に有坂と待ち合わせして、いつも通り作ってきた弁当を渡す。
そういや初めて弁当渡したときも試合の時だったっけ。
あの時はまだ友達だったけど、いつでも一緒にいたい気持ちはあの頃からずっと変わらない。
いや、あの頃よりももっと今の方が強いけど。
「今日の相手はまた強いのか?」
「油断はもちろん出来ない相手ではあるが、昨年のクジ運よりは順当な組み合わせだ」
「そっか、一先ず安心だな」
去年は確か優勝校だとかベスト16だとか最悪なクジ運だったよな。
夏大とかボロ負けしてたし。
「どの道全て勝たねばならないのだから、どこに当たろうと万全に準備はしている」
淡々とそう言ってるが、さすがの上昇志向だ。
最初は初心者のくせに目標が全国制覇とか絶対アホだろって思ってたけど、弓道で全国制覇してる事を知った今だとわりと馬鹿に出来ない。
初心者だろうがなんだろうかそういう意識があるかないかは大事なのかもしれない。
「…あー、ええと」
「え、なに?」
不意に有坂が気まずそうに首を擦る。
なんだろうと思ったが、特に何も無いらしい。
そういや最近有坂は、何かと話を振ってくれることが多い。
元々めちゃくちゃ口下手な奴だから珍しいなと思ってたけど、まさかそれも俺を突き放すためのフラグじゃねーだろうな。
「も、もう戻る。試合頑張れよ」
「――あ、結城。ちょっと待ってくれ」
怖くなって慌てて踵を返したら、有坂に手首を掴まれた。
何を言われるのかとビクリと肩を跳ねさせると、ハッとしたように掴んだ手が離れる。
「あ、驚かせてすまない。お前が応援に来てくれて嬉しいと伝えたかった」
「…べ、別に付き合ってるんだから当たり前だろ」
「ああ。ありがとう」
それから有坂は少し考えて、もう一度俺を見つめる。
「今日は勝つ。お前の恋人として、恥の無いプレイをしてみせる」
「…うん」
「見ていてくれ」
なんだかこんなにハッキリ恋人って言われると、どことなくむず痒いような。
てっきり怖い事を言われるのかと思ったから、突然の愛情表現に顔がじわりと熱を持つ。
慌てて力強く頷いて返すと、有坂はホッとしたように表情を緩めてくれた。
「わお、ありちゃん絶好調じゃん」
カキーンという金属音とともに打球がすっ飛んでいく。
うまいことセンター脇を抜けて、ヒット性の鋭い打球が地に落ちる。
有坂がベースを回り、そして煽られたように後続の打線も繋がっていく。
「これは配給読み勝ったな。完全に相手のピッチャー捕らえてただろ」
「だな。相手も夏の初戦だからエース出してきてるし、ここさえ抑えれば同じレベルの代えとか強豪校でもなきゃいねーだろ」
「このエースもいい球投げてはいるんだけど、球速がイマイチなー」
「タイミング合ってるしこのままいけんだろ」
ハルヤンとアレコレ話しながら観戦していると、水瀬がポカンと俺達を見る。
「…えっ、二人はもしかして野球好きの繋がりか何かなんですか?」
「いや全然」
水瀬が俺とハルヤンの話に唖然としてるが、別に俺たちのこれは今に始まったことじゃない。
にわかだろうが監督気分になってアレコレ外野が勝手に物言うのは、スポーツ観戦の鉄則だ。
「それにしてもラインハルト様の手作り弁当が食べられるなんて幸せです。お料理もとてもお上手なんですね」
「まーな。有難く食えよ」
「はいっ。それはもちろん」
「ぷ、完全にマッスーの舎弟じゃん」
「違います。敬愛している先輩です」
有坂の弁当ついでにサンドイッチを作ってきてやったわけだが、5回裏が終了してグラ整に入ったタイミングで広げてやった。
ハルヤンと水瀬は相変わらず言い合ってるが、こうやって家族以外と休日に弁当食いながらスポーツ観戦とか、いつの間にか当たり前のように出来るようになってる。
「あ、でしたら僕飲み物買ってきますね」
「俺コーラねー」
「あなたの分は買いませんが」
「まー、そう言ってやるなって。俺アイスティーな」
「ラインハルト様がそう仰るなら…」
水瀬が自販機へ駆けてくのを見送っていると「やっぱ舎弟じゃん」とハルヤンが笑う。
じとりとハルヤンを横目で睨んだ。
「水瀬は舎弟じゃねーよ。俺の後輩なんだから、もう騙したりすんじゃねーぞ」
「お、先輩えらいじゃん」
「別に。先輩として後輩を守ってやるのなんか当たり前だろ」
「ぷ、マッスー末っ子だもんね。良かったね、お兄ちゃん」
なんかニヤニヤしながら茶化されたが、今の俺にはハルヤンの茶化しにいちいち構ってやる気力なんてない。
乗らずにフイと顔を背けてやったら、ハルヤンがキョトンと目を瞬かせる。
ミンミンと最近鳴き始めた蝉の声を聞きながら、サンドイッチ片手にグラウンドを見下ろす。
グラ整を終えた有坂が戻ってきたが、ベンチから出てきた朝宮さんからドリンクとタオルを受け取っている。浮気だ。
「…ふーん、なるほどね。ついに聞いちゃったわけか」
隣でハルヤンがため息を吐きだす。
飯を食いながら修学旅行での話を打ち明けたが、ハルヤンは特に驚くでもなく当たり前のような反応だった。
「つーかなんでハルヤン知ってんだよ。実は俺より有坂と仲良いのか」
「いや?別に知ってたわけじゃないけどさ、普通に考えたら寮に住んでる時点でなんでこっちに来たのかとか、卒業後は実家に帰るのかとか気にならない?」
当たり前のように言われて、グッと言葉に詰まる。
全然気にならなかった。
俺は有坂が大好きで、いつも側にいたいしずっと有坂の事を考えているのに、どうしてそこに気付かなかったんだろう。
「ですがゼタスもゼタスですよ。そんなこともっと前から分かっていたはずですし、今になって後出しのように打ち明けるなんて卑怯極まりないです」
「マッスーがこんなだから言えない気持ちは分かるけどね」
「は?こんなってどんなだよ」
突然の暴言に目を細めたら、素知らぬ顔で目を逸らされた。
というかさりげなく水瀬も話に参加してんじゃねーよ。
「まーでもありちゃんが旅館の後継ぎってことはマッスーも分かってたはずでしょ。いずれは帰るって少しも思わなかった?」
「それは分かってたけど…でもずっと先の事だと思ってたし…」
言いながらまた気分が落ち込んでくる。
有坂が後継ぎなのはちゃんと知ってた。
だから付き合う前は男同士で大丈夫なのか、とか考えたこともあったわけだし。
というかその辺についても有坂はどう考えてるんだろう。
まさかそもそも俺と別れる前提で付き合ってたとかじゃないよな。
気付けば有坂は一年の新マネージャーらしき女子と話してて、また新しい女を引っ掛けている。
サンドイッチを握りつぶす勢いでイラッとしたが、不意にギュッとその手を水瀬に取られた。
「ご安心ください。僕なら遠い進路を選ぶことはありませんし、いつでもラインハルト様の側にいますよ」
「はぁ?お前こそしょっちゅうロケで海外行ったり国内飛び回ったりでいねーだろ」
むしろ有坂より時間の無い奴だ。
まあ時間があったところで有坂の代わりなんか誰もならねーけど。
「そっ、それは…で、ですが大学は同じところにだって通えます」
「水瀬クン、マッスーが学年トップなの知ってる?」
「僕くらいの有名人ですと大学側も入学させるメリットがありますから、事務所にも協力をお願いして裏口的な入学が――」
「ありちゃんのこと卑怯呼ばわりしてたわりにやろうとしてることコスくない?」
またしてもバチバチとなんか始まったが、二人のやりとりを聞きながらこの間からズシリと重いままの胸に手を当てる。
あの話から数日が経っても、全然気持ちは落ち着かない。
有坂と離ればなれになることを考えると、地球最後の日みたいな絶望が襲ってくる。
春休みの二週間だって苦しくて堪らなかったのに、それがずっと続く毎日なんてどう考えたって俺には耐えられない。
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