アダルトコンテンツが含まれます。
18歳以上ですか?
- 文字サイズ:
- 行間:
- 背景色:
-
191
-
午後になって、有坂と一緒に約束通り図書館へ行く。
有坂が部活を引退してからは二人の時間が増えたし、夏休みもこうやって一緒にいられるしで、最近は結構満足してる。
あとは有坂が俺と同じ大学に行ってくれさえすれば、もう何も言うことは無い。
「なあ有坂、あそこ行こう。去年行ったカキ氷屋さん」
「結城、今日の目的は勉強だろう」
「えーっ、じゃあ行かないのか」
「…ちゃんと勉強したら帰りに買ってやるから、そんな顔をするな」
そう言って有坂は俺の髪を撫でてくれる。
まあ有坂さえいてくれれば、カキ氷じゃなくても実際なんでもいいんだけど。
俺は有坂にはこだわるけど食べ物にはこだわらない。
たどり着いた図書館はなんだか大正時代の建物のように趣があって、まるでタイムスリップしたような気持ちになる。
有坂の和装も相まって、余計にレトロ映画の世界に入り込んだみたいだ。
「どうした?」
「あ…いや。浴衣カッコイイなって」
有坂に和服は、やっぱり似合う。
ストライプが入った黒い浴衣は、厳正な雰囲気のある有坂にはぴったりだ。
「お前にそう言ってもらえるのは光栄だ。ここ最近は情けない姿を晒してしまっていたからな」
「べ、別に女将さんに叱られたからって嫌いになったりしないぞ」
「…好きな者の前では、いつも格好付けていたいんだ」
有坂がどことなくバツが悪そうに言うから、プッと笑ってしまう。
俺だって有坂の前では絶対失敗とかしたくないし、いつも格好付けていたいから気持ちは分かる。
なんだか心がポカポカと暖かい気持ちになりながら、二人で図書館の中へ入る。
中は冷房が効いていて、人がポツポツといる程度だ。
窓際の机に座ろうと有坂を引っ張って、ふと目の先にいる人物に気付いた。
「あれ、何やってんだよ。琴乃」
「――えっ、あっ、ま、益男さんっ?」
田舎女だ。
驚いたように声を上げてから、自分の声の大きさに慌てて口を押えてキョロキョロしている。
相変わらずなんか動きがどん臭い。
「お前も図書館で勉強かよ?」
「…あ、あの益男さんとお昼に受験勉強のお話をしたので、午後は図書館でお勉強をしようと思いまして…。お二人もですか?」
「そう。二人で一緒に――って有坂?」
ちらりと隣を見上げると、なんか不機嫌そうな顔をしている。
いや、いつもと同じといえば同じだけど、それでもさっき外で話してた時よりはなんか不機嫌そうな。
でも有坂に限って知り合いが一人増えたくらいで俺との時間を邪魔された、とか思わないはずだ。
二人で約束してた遊園地にクラスメイトを連れてくるくらい空気を読まない有坂が、これくらいで機嫌が悪くなるはずがない。
なら気のせいかと、田舎女のノートを覗き込む。
「なあ、さっき話してたけど就職の勉強ってどんなことするんだ?」
「――わっ」
さっきの話でちょっと興味持って隣からノートに視線を落とすと、慌てたように手で隠された。
隠されるとめちゃくちゃ気になってくる。
何がなんでも見たくなってくる。
「なんで隠すんだよ。見せろって」
「だ、ダメですよ益男さんっ。私字が汚いですしっ」
「別に汚くても気にしねーよ。俺に隠し事とか琴乃のくせに生意気だぞっ」
「わーっ、ダメですー」
言い合っていると、言葉の途中でサッと横から伸びてきた手にノートが持ち上げられる。
そのままノートは俺の頭上を通り抜け、田舎女の手に返される。
有坂だ。
「あっ、何すんだよ」
「結城。人が嫌がっている物を無理に見ようとするのは感心しない。それにここは図書館だ。静かにしろ」
隠し事する方が悪いのに、なぜかまた俺が怒られた。
理不尽な説教にムッとしたが、有坂は俺の手を引いて少し離れた別の席へ座らせる。
そのまま俺の隣に有坂も座った。
いつもならこのまま3人で勉強しよう、みたいなありえない発言を有坂がかまして俺が不機嫌になる流れのはずだが、今日はそうならないらしい。
まあ俺は二人の方が良いから、そうならなくて良かったけど。
受験勉強なんか相変わらずやる気はないが、とりあえず有坂の手前形だけでもやっておくかと鞄から勉強道具を取り出す。
ふと隣を見ると、その横顔はやっぱりどこか不機嫌そうだ。
じっと見つめていると、俺の視線に気付いた有坂がぽつりと口を開く。
「随分花澤と仲良くなったんだな」
「えっ?ああ。まあ一応同じ接客の仕事してるからな」
「そうか。まさか名前で呼び合う程の仲になるとまでは思っていなかった」
女将がトラウマになるくらいアイツの名前を呼んでるから、無意識に俺もそう呼んだだけだ。
むしろ逆に苗字の方が忘れてた。
「――俺も益男と呼んでいいか?」
唐突にそう言われて、バクリと心臓が跳ねる。
足先から頭の先までなんか一気に居た堪れないようなむず痒さと恥ずかしさが駆け抜けていく。
射貫くような真剣な眼差しが俺見つめていて、余計にバクバクと心臓の音が加速する。
時間が止まったような少しの間の後、俺は口を開いた。
「ぜ、絶対嫌だ」
俺は自分の名前がめちゃくちゃ嫌いだ。
現在の設定
文字サイズ
行間
背景色
×
203 / 275