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どうやら従業員には俺の家族だってことは知らされてないらしく、特に周りからは何のツッコミもなくて安心した。
親が見に来るとか授業参観みたいで恥ずかしすぎだ。
「まあ、なんて情緒があって素晴らしい御屋敷なんでしょう。今までこの旅館を知らなかった事が悔やまれます」
「お母様は日本の文化がお好きだと聞いておりますし、浴衣を各色ご用意しておりますので是非温泉も楽しまれて下さいね」
「浴衣!温泉!わあ、とっても楽しみです」
日本の文化オタクの母さんが有坂旅館を気に入らないはずがない。
女将さんと楽しそうに話しているのをひやひやしながら見守っていると、有坂がわざわざ挨拶に顔を出す。
有坂と母さんはもう面識があるし、いつも通りキャッキャしてるババアに真顔で有坂が対応している。
「まったくうちの息子は本当に愛想の無い子で…」
「やだ、そんなことないですよ。マスは家に一度もお友達を連れてきたことがなかったんですけど、桐吾君のおかげで――」
これは話が長くなりそうってことで、有坂を引っ張ってそっと抜け出す。
もうすぐ休憩だし、このまま今日は外に飯を食いに行くことにする。
「せっかく家族が来ているのだから一緒に過ごさなくていいのか」
「別に家に帰ればいつでもいるからいーんだよ。俺は有坂の方が大事だ」
「そうは言ってもな…」
有坂は言葉を濁したが、断固として譲らない俺を見てどことなく切なげに眉を落とす。
クスリと微笑んでから、それ以上何も言わずに一緒に外に出てくれた。
「あれー、有坂じゃん。久しぶりー」
「わぁ、有坂くんだー。また背伸びたんじゃない?」
有坂が連れてきてくれたソバ屋さんは長い行列が出来ていて、待っていたら地元の友達に見つかって有坂を取られた。
この俺を並ばせておいて自分は列から外れて、男女ワイワイ盛り上がっている。
そんなわけでギリギリと歯噛みしながら待ちぼうけ食らうという、めちゃくちゃ可哀想な目にあっている。
去年の夏祭りの時も同じ目にあったけど、有坂は隠れた人気者だから油断するとすぐ浮気される。
そうこうしてるうちに席に通されたが、有坂はまだ喋ってる。
大人数のリア充の中に割って入っていくのは、正直ぼっちには難易度が高い。
しかも有坂はちっともこっちを見ないし、もう完全に俺のこと忘れてるんじゃないか。
さすがにいつも温厚な俺もムカついて、こうなったら先にソバを食ってやろうと店内に入る。
本当に人気の店らしくテーブル席は満員で、カウンター席に通されて知らないオッサンの隣に座る。
もう一人いることを伝えて有坂のところは空けてもらったけど、水は持ってきてくれたけどメニューは持ってきてくれない。
というかよく考えたら俺は一人でこういう店に入ったことが無い。
いつもは有坂が気付いたら全部やってくれてるから気にしてなかったけど、正直こういう場所での注文の仕方がよく分からない。
メニューが無いのに何を頼めばいいんだ。
キョロキョロと戸惑っていたら、不意に隣のオッサンがスッと指を差す。
何事かと思ったけど、どうやら店内の壁にメニューが貼ってあるらしい。
なるほど、あれを見て頼むのか。
でも待っていても店員さんはいつまで経っても来てくれない。
俺のバイト先ではボタンがあるし、それが鳴ったら注文を取りに行く。
でもここには頼む用のボタンがない。
家族でレストランに行ったときは店員が常に側に待機していて必要な時は察して聞いてくれるし、そもそもこんな混んでいて店員が忙しなく歩き回ってるようなところで飯は食わない。
どのタイミングで声を掛ければいいのか、全く分からない。
「注文は決まったのか」
じっと座って待ってたら、ズルッとソバを啜りながら隣のオッサンがいきなり話しかけてきた。
地を這うような低い声にビクッとしてその顔を見ると、犯罪者ばりに怖い顔をしたオッサンが俺を見ている。
しかもなんか熊みたいにデカい。
思わず尻込みしてしまったが、不機嫌そうに眉を寄せられて慌ててコクコクと頷く。
言う通りにしないと今にも怒られそうだ。
俺の反応を見ると、オッサンはデカい声で「すみません」と店員を呼びつける。
あっという間に店員が俺の元へ来たが、これ俺の声じゃ絶対気付かれなかった自信がある。
とりあえず戸惑いながらオススメと書いてあったやつを有坂の分と二つ頼んでおく。
「なんだ。連れがいたのか」
「…っへ!?は、はい」
「そうか。なら余計な世話をしたな」
「…や、で、でも分からなかったから…そ、その…助けてくれて…」
一応礼を言おうと思ったが、ビビッて言葉尻がごにょごにょと小さくなっていく。
助けてくれたっぽいが、このオッサンめちゃくちゃ怖い。
特に俺は知らない人とは絶対に話しちゃダメって小さいころから母さんに言われているんだ。
「そうか」
だけどオッサンは特に気にすることなくそれだけ言って前を向くと、再びソバをズルっと真顔で啜っている。
それ以降は特に俺に話しかけるでもなく、もう興味が失せたようだ。
なんだろう。
怖いのは怖いんだけど、どことなく覚えのある態度のような。
なんだか物凄く近い位置で、慣れ親しんだ態度のような。
「――結城、すまなかった。少し相談事を持ち掛けられて、話し込んでしまっていた」
不意に背後から有坂の声が聞こえて、パッと後ろを振り向く。
有坂だ。
やっと来てくれた。
一人で店内に入って心細かったことと、熊みたいな怖いオッサンに話しかけられたことで、一気に気持ちがグズグズになっていく。
ギュッと唇を噛みしめてから、勢いよく口を開く。
「な、なんで俺を一人にさせるんだよっ」
「すまない。次は気を付ける」
「俺めちゃくちゃ不安だったんだからな。有坂がここがいいって言うからせっかく来たのに…」
「――え?」
声を荒げてそう言ったら、なぜか有坂じゃなく隣のオッサンが反応した。
またなんか怒らせるようなことをしたのかとヒッと身体が竦んだが、有坂が俺の隣のオッサンに気付いて目を瞬かせる。
「…親父?」
有坂の口からでたまさかの発言に、俺は今世紀最大の衝撃を受けた。
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