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「あ、有坂の父さん?」
衝撃の事実に目を剥いたが、それは俺だけで隣のオッサンも有坂もお互い真顔だ。
驚きの再開のはずなのに、感情をどこかに置き忘れてきたみたいに表情が揃っている。
なるほど、確かにこれは有坂の父さんだ。
「桐吾か。偶然だな」
「お久しぶりです。こちらに帰ってきていたんですか」
「さっき着いた。昼時は忙しいだろうし、顔を見せる前にここの蕎麦が食いたくなってな」
「そうですか」
言いながら有坂が俺の隣に座る。
有坂の父さん、俺、有坂とめちゃくちゃ気まずい順で俺が挟まれている。
非常にソワソワする配置だが、一先ず水でも飲んで落ち着こうと目の前のコップを手に取りごくごくと流し込む。
「ああ、そうだ。こちらは結城益男。俺の恋人です」
「――ぶほっ」
単刀直入すぎる有坂の紹介に思わず咳き込んだ。
いや何普通に恋人とか言っちゃってんだ。
「結城、大丈夫か。水は落ち着いて飲め」
「っだ、大丈夫」
器官に入ってコホコホ咳き込んでいると、有坂が背中を擦ってくれる。
チラッと隣のオッサン――有坂父を見上げると、ギロリと射貫くような視線が俺を見つめていた。
威圧感のある視線に再び身体が委縮してしまう。
そりゃどう考えても旅館の後継ぎ息子の恋人が男とか衝撃の事実だし、しかも有坂以上に昭和臭漂う頑固親父みたいな風貌から見ると、同性愛とか絶対認めなさそうだ。
その上こんなソバ屋で気軽に紹介とか、マジで有坂何考えてんだ。
一体どんなことを言われて怒られるのかと身構えたが、有坂父は表情一つ変えずにコクリと頷いた。
「そうか」
以上だ。
さすが有坂の父親というか、いやむしろそこは『そうか』じゃねーよ。
まさかの態度に逆にこっちが戸惑っていると、少ししてまたぽつりと有坂父が口を開く。
「異国人か。綺麗な瞳をしている」
なんかいきなり褒められた。
というかさすが有坂の父親だ。
有坂が初めて俺に興味を持った時と同じことを言われた。
親父さんの言葉でちらりと有坂が顔を上げる。
だが何を言うでもなく一度どこか不機嫌そうに眉を寄せて、ずるりと再びソバを啜る。
なんなんだこの間は。
空気感が全然分からない。
「あ、あの。俺一応日本人です。え、えっとばーちゃんがイギリス人のクウォーターで…」
この俺が気を遣って空気を読まないといけない展開になるとか驚きだが、とりあえず説明をしておく。
有坂父は俺の話を黙って聞き終えると、安定の「そうか」とだけ言った。
それから俺たちの分のソバ代も置いて、先に席を立つ。
「桐吾、俺に大事な話があるのだろう。繁忙期が落ち着いたら女将と聞こう」
「はい」
そして俺には全く分からない話をして、有坂父は去って行った。
たった数分だが、めちゃくちゃ息苦しい時間だった。
思わず肩の力が抜けて息を吐きだす。
有名ソバ屋の味もいまいち分からないレベルだ。
「び、びっくりした…」
「まさか親父がいるとは思わなかった。親父は普段旅館の営業周りの仕事をしていて、イベントや旅行会社との兼ね合いで各地を転々としていることが多い」
「へー、じゃあ今回はたまたま帰ってきたのか?」
「俺が話があると言ったからな。盆もあるし帰省したのだろう」
「話って?」
聞き返すと、有坂がじっと俺の目を見つめる。
真っすぐな黒い瞳にドキリとしたが、ふと有坂父の顔を思い出す。
まさか有坂もあんな怖い熊みたいになるのか。
今だって最初に見た時は怖いって思ったのに、さらに怖くなるのか。
でもその方が誰も寄り付かなくなりそうだし、ある意味いいかもしれない。
どんなに怖い熊になっても、有坂なら俺は全然大丈夫だ。
「進路の話だ。向こうの大学を受けるつもりだと伝えようと思っている」
――ドクリ、と心臓が音を立てる。
そうだった。
元々有坂はこっちにその話をしに来たんだ。
それはかなり大事な話で、俺の人生にも関わる重要な話だ。
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