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「旦那様、お帰りなさいませ」
「おおっ、御主人お帰りなさいまし!今夜は一杯やりましょう」
「大旦那が帰ったとなりゃ、今晩は腕によりをかけて御馳走作らねーとな」
「そうか」
仲居さんや板前さん、その他従業員が口々に有坂父の帰宅を喜んでいる。
めちゃくちゃ見た目は怖そうだけど、ソバ屋で何も言ってないのに助けてくれたし、もしかしたら有坂みたいに内面は優しいのかもしれない。
旅館全体がワイワイと活気づくほど親しまれてて、ピリピリしてた女将さんもなんだか優しくなったような。
どうやらわざわざ俺の家族にも挨拶しにきてくれたらしく、母さんが有坂とそっくりだとクスクス笑っていた。
今日一日はほとんど仕事で終わったけど、明日からは仕事を休んで家族と過ごしなさいと女将さんに言われた。
俺としては有坂と過ごしたいけど、母さんが柱の陰から涙目になって見てくるからめちゃくちゃ仕事しづらい。
そんなわけで今日からは長屋じゃなくて、母さんとアサ兄と同じ部屋に泊まる。
有坂旅館の中でも本当に一部の客しか使わない特別部屋らしく、確かに一般の部屋とは段違いの一室だ。
広々としたスペースに個別の温泉はもちろん庭まで付いていて、夕飯も特別コースの上、マッサージやエステなど余すところないサービスが行き届いている。
「…暇だ」
とはいえ贅沢な暮らしなんか正直飽き飽きしてる。
マッサージ師に至れり尽くせりされながら、ぼーっと窓の外の入道雲を眺める。
こう暇だと余計な事を考えて頭がモヤモヤしてくる。
有坂の話し合いはうまくいったんだろーか。
万が一にもダメって言われてたらどうしよう。
そんな考えでぐるぐるしていると、隣で同じようにマッサージしてもらってたアサ兄が俺に目を細める。
「マスさあ、たまには母さんに感謝してあげれば?暇とか言ってるけど普通こんないいところ泊まれないからね」
「…はぁ?別に頼んでねーし。勝手に来ただけだろ」
そう言ったらアサ兄にため息を吐かれた。
なんだよ、何が不満なんだ。
「ほら、有坂くんの女将さんにも話付けてくれたりしただろ」
「別に母さんが何も言わなくても最悪無理やり有坂に付いていったし」
「それしたら有坂君が困ってたんじゃないの?」
「だ、大丈夫だろ。俺が言えば有坂はいつも最後は折れてくれるし」
そう言ったらじとりとアサ兄に横目で見られたから、ムッとする。
なんでいきなり俺に喧嘩売ってくるんだ。
「なんだよ。文句あんのか。俺は何も悪くないっ」
「あーもうホントお前って…でも可愛いんだよなぁ」
はー、とアサ兄が脱力したようにため息を吐く。
それ以上何も言ってこないところを見ると、どうやら折れたらしい。
俺の勝ちだ。
そうだ。俺は可愛がられてるんだ。
今まで何でも望めば大抵のことは俺の言うとおりになってきた。
有坂とは色々あってうまくいかなかったり自信無くしたりした事もあったけど、でも結局はうまくいってる。
きっと今回のことだって、なんかうまくいって有坂と一緒の大学に通えるようになる。
モヤモヤする必要なんてないはずだ。
「若旦那、三河屋さんが呼んでるんでお願いします」
「分かった」
「若旦那、ちょっとここ見て欲しいんですけど…」
「分かった」
「若旦那っ」
「分かった」
そっと柱の陰から有坂が仕事している姿を盗み見する。
話し掛けたいけど俺は仕事中じゃないからいつもみたいにタイミングがつかめないし、女将さんに見つかってバレるわけにもいかない。
ソワソワしながら有坂を見つめ続けて、午前を終えて昼になる。
昼を終えて夕方になる。
夕方を終えて――なところで、突然バタバタと駆けこんできた二人組に後ろからどつかれた。
「マスにぃだーっ。なにしてるのー?」
「あたししってるー。これすとーかーってゆーんだよ」
「桐吾にぃのすとーかーごっこ?」
出やがったな。
久しぶりの有坂弟、妹だが、ストーカーとかいきなり超失礼なこと言われた。
これだからガキは分かってなくて嫌だ。
「ちげーよバカ。見守ってんだよ」
「みまもる?」
「おー、だから俺は今超忙しいからあっちいけ」
そう言って犬を追い払うみたいにシッシと手を振ってやったら、キッズ二人が顔を見合わせる。
その顔がにんまりと何か新しい玩具でも見つけたように笑顔になる。
嫌な予感がした。
「すとーかーはたいほーっ」
「たいほーっ」
「うわっ、こら、やめろっ」
遠慮なく二人まとめて身体に飛びつかれた。
小学生だろうと二人で身体にぶら下がられたら重い。
この俺にこんなことしてくるとか、これだからガキは俺の価値が分かってなくて困る。
「あれっ、益男さん。どうなさったんですか」
「あっ、こ、琴乃。助けてくれっ」
「もぉー、頼人くんに双葉ちゃん。お兄さんに迷惑かけたらメッですよー」
言いながらなんか慣れたように二人を引き剥がして、どこから取り出したのかお菓子を二人に与えている。
なぜか田舎女の言うことは聞くらしく、キャッキャと素直に懐いていてお菓子に飛びついている。
「コトねぇありがとー」
「ありがとー」
「うん、ちゃんとお礼が言えて二人とも偉いね。益男お兄さんを困らせたらダメだよ」
「はーい」
そう言っていとも鮮やかに場を収めて田舎女は去って行った。
すげえ。まさかその道のプロなのか。
初めて心の底から感心してると、子供たちのじとりとした視線を感じる。
「コトねぇはよく遊んでくれるのにマスにぃのケチー」
「大人はそういう遊びはしねーんだよ。ガキはガキで遊んでろ」
「つまんなーい。桐吾にぃなんでコトねぇやめちゃったの?」
「あたし知ってるー。そーゆーの『しゅらば』ってゆーんでしょ。お母さんが昼に見てるテレビでゆってたー」
「…は?」
何の会話してるんだこのガキどもは。
最近の子供は会話がマセてるというか、意味が分からない。
「おい、何の会話だよ」
「ケチだから教えなーい」
「は?なんだと」
「名前マスオのくせにー。ケーチ、ケーチ」
「名前は関係ないだろ、このクソガキっ」
今リアルタイムに気にしてる事を言われて、イラッとして追いかける。
あっという間にキャーっと風の速さで楽しそうに寄声をあげて逃げていくガキ二人。
こうなったらとっ捕まえて尻でも叩いてやらないと気が済まない。
全力でバタバタと館内を追いかけ回っていたら、女将さんに遭遇して三人まとめて怒られた。
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