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風呂から出たら、ちょうど有坂から電話が掛かってきた。
無視されてるのかと思ったけど、さっき出れなかったのは女将さん達と大学の話をしていたからだ。
あの話を聞いてからまだドクドクと嫌な心音が鳴りやまないままで、有坂に言われる言葉が怖い。
それでもこれ以上、すれ違いたくはない。
戸惑いながら画面に触れると、携帯を耳に当てる。
『結城か。すぐに出られなくてすまなかった』
「う、ううん。大丈夫」
『何かあったのか。ただ事ではない履歴の数だった』
「えっ、あ、えっと。あ、有坂が出ないから不安になっていっぱいかけただけ」
『…そうか。何事もなくて良かった』
どことなくホッとしたように有坂の口調から堅さが抜ける。
さっきの話や昼間のこともあったから心配してたけど、どうやらもう怒ってはないみたいだ。
「う、うん。えっと…」
『昼間はすまなかった』
「えっ」
突然謝られて驚く。
俺も謝ろうと思ったのに、まさか有坂の方から謝ってくるとは思わなかった。
『強く言い過ぎてしまった。お前の気持ちをもう少し考えるべきだったな』
「…あ、うん。怖かった」
『怒っているか?』
耳から伝わる声に、トクトクと心臓が速くなっていく。
有坂は俺と仲直りしようと思ってくれていた。
張りつめていた心がじわりと緩んで、なんだか無性に泣きたくなる。
「お、怒ってない」
『そうか。安心した』
「…お、俺も、その。ご、ごめんなさい」
少し戸惑いながらだけどそう伝えたら、有坂がハッとしたように息を詰めた。
なんだよそのめちゃくちゃ驚いた、みたいな間は。
俺だって謝る時は謝るぞ。
「こ、琴乃にもさっき会ったけど、もう無視しなかった」
『そうか』
「あ、飴も貰ったし、たぶん仲直り出来たと思う」
『…そうか』
有坂の声がどことなく柔らかくなる。
それでも有坂が田舎女に嘘を吐いた事だけはまだ気に掛かるけど。
あの嘘は、なんだか有坂にしてはやっぱりちょっとおかしい。
『結城、今年は繁忙期が終わったら、すぐに向こうへ戻ろう』
「――えっ?」
『どのみち結城の家族もそれまでには帰宅するのだろう?』
「今週いっぱいって言ってた。有坂は帰っても大丈夫なのか?」
『ああ。どの道受験生だしな。女将も今年は俺たちの働きにそう期待してはいないだろう』
よく考えたら俺は女将さんに仕事しなくていいって怒られたし、そうなるとあの長屋は使えない。
働かない者に長屋は貸せないって有坂も言ってたし、結局家族と一緒に帰らないといけないなら、有坂も一緒じゃないと絶対に嫌だ。
『お前が気に病む相手がすぐ側にいるのはつらいだろう』
「それは…そうだけど。でもいいのか」
『ああ』
もしかして、だから繁忙期が終わるのを待たずに今日話をしてたのか。
昼にあんなことがあったから。
ひょっとして俺のために?
『だからもう少し、辛抱してもらえるか』
「う、うん。分かった」
『いい子だ。それとしばらく家族と観光で忙しいだろうが、少し空いたら俺に時間をくれないか』
「――えっ。そんなのいつでもいいぞ。今すぐでもいいし、明日でもいいし…」
『いや、せっかく父親が来てくれたのだから、まずは家族との時間を大切にしてくれ』
「俺は家族より有坂の方がいいぞ」
そう言ったら電話の先から、ははと笑った声が聞こえた。
めちゃくちゃ珍しい。
あの有坂が声を出して笑うとか。
俺はついに芸人レベルのギャグセンスを身に着けてしまったらしい。
『気持ちは嬉しいが家族は大事にしろ。俺の時間はあとでいい』
「…う、うん」
『おやすみ。いい夢を』
「お、おやすみ」
それだけ言って電話は切れた。
とりあえずは有坂と仲直り出来たことにホッとする。
だけど有坂は、さっきの実家での話し合いについては一言も触れなかった。
いや、何も言えないのか。
さすがにあんな事を女将さんに言われたら、有坂だって悩むに決まってる。
俺だってあの話はめちゃくちゃ怖くてたまらなかった。
だけど次に会った時はきっと答えを聞かされる。
そしてそれはたぶんだけど…いい答えじゃない。
もしそうなら俺がすることは一つだ。
俺の中でここ最近少し考えていたことが、現実味を帯びた気がした。
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