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勢いのまま部屋を出て、その足で有坂に会いにいく。
仕事中かもと思ったけど、それでも会いたい。
今すぐ有坂に会わないと、不安で押し潰されそうだ。
ちょうど朝飯時が終わって旅館内は落ち着いてきてるし、今はたぶん温泉の掃除とかしてるはずだ。
そう思ったが有坂の姿は見当たらなくて、従業員に聞いたら今日は家で留守番らしい。
珍しいなと思ったが、それなら実家へ向かう事にする。
外に出たら、午前中なのにもう日差しが強い。
ジリジリと鳴く蝉の声を聞きながら、この間通った裏ルートから有坂の実家へ向かった。
昼間だと夜と違って道が分かりやすい。
垣根を通り抜けて庭に出たところで、心臓がバクリと跳ねた。
有坂だ。
豪快にもホースで朝顔に水を撒いている。
陽光の元で朝顔と向き合うその姿は中々絵になっていて、思わず見惚れてしまう。
強面だけど高い身長に濃紺の浴衣がめちゃくちゃ似合っていて、今日のテーマは幕末志士の秘かな朝の日課に決まりだ。
チリン、とどこかで風鈴の音が鳴るのを聞きながら、ぽーっと立ち尽くす。
勢いのまま有坂に会いに来たのに、なんだかドキドキして声を掛けるのをためらってしまう。
じっと突っ立っていたら、不意に振り向いた有坂が持っていたホースが、俺に向けられる。
お互いの目が一瞬合ったのと同時、勢いよくバシャッと水が掛かった。
「――うわっ」
「っえ、結城?」
有坂が慌てたようにホースの水を止める。
が、時すでに遅し。
頭から水を被って、俺の下ろしたてのブランドTシャツまでびっしょりだ。
「す、すまない。いきなり来たから驚いてしまった」
「…いや、大丈夫だけど。もっと早く声掛ければよかったな」
「そんなに見ていたのか?」
そう言われてドキリとする。
なんだかストーカーしてたみたいで恥ずかしくなってくる。
思わず視線を彷徨わせると、有坂の目が僅かに細められる。
「お前に会えて嬉しい。おはよう、結城」
「あ…お、おはよう」
当たり前の朝の挨拶ですら、有坂と交わすとなんだかくすぐったい。
「こっちへ来い。風邪を引いてはいけないから、着替えとタオルを持ってくる」
「えっ、いいよ。別に夏だしすぐ乾くだろ」
そう言ったが有坂は構わず実家に入っていく。
とりあえず縁側から上がってキョロキョロと周りを見回したが、珍しくうるさい声が聞こえない。
少しして有坂がタオルと自分のTシャツを持ってきてくれた。
「あれ、弟と妹は?」
「今日はいない。父と母と墓参りに行っているんだ」
「あー、盆か。有坂は行かなかったのか?」
「俺は受験生だからな。少し遠方でもあるし、勉強をしていろと言われた」
言いながら有坂がタオルで俺の髪を優しく拭いてくれる。
今朝の事もあって、受験って言葉を今は聞きたくない。
「結城は家族と今日は出かけないのか?」
「…あ、うん。今日はいいんだ」
「そうか」
それきり言葉が途切れる。
言いたい事、聞きたい事、話し合わないといけないことはたくさんあるはずなのに、どれもそれを言葉にしてはいけない気がした。
さっき父さんたちと喧嘩したことも、有坂がこの間親に言われていたことも、この先の未来のことも。
言葉にしたら、なんだか全てが終わりに向かってしまいそうで怖い。
ジーッという蝉の声を聞きながら、有坂に借りたTシャツに着替える。
分かっていたけどデカい。
俺だってそんな小さい方じゃないのに、身長と筋肉があるやつはやっぱ違う。
「それで、いきなり来るなんてどうした?何かあったのか」
有坂は鋭い。
だけど親と喧嘩したなんて言ったら、絶対に今すぐ話し合いに行けって言うに決まってる。
今は有坂と一緒にいたい。
「べ、別になにもないけど。それより女将さん達いないなら遊べるのか」
慌てて話を逸らす。
俺は有坂の心を、どうやったら繋ぎとめておけるんだろう。
俺に出来ることって、他に何があるんだろう。
有坂父や有坂母の言葉より有坂を説得させる言葉なんて、俺には思いつかない。
他に何か、なんでもいいから有坂を繋ぎとめておける方法はないのか。
「受験勉強だと言っただろう」
「えーっ。せっかく二人になれたのに」
「…そうだな。確かにようやく結城との時間が取れた」
そう言って有坂は少し考える。
それから俺の顔を一度見つめると、クスリと息を漏らした。
「さすがに留守番中の身だからそう遠い所へはいけないが、近場で良ければ少し出歩こうか」
「あ…えっと、いいのか」
「その代わり午後はちゃんと受験勉強だ。いいな」
久しぶりのデートだろうと、羽目を外しすぎないところは有坂らしい。
だけど本当に、こうやって誰にも邪魔されずに二人で落ち着いて話せる時間は久しぶりだ。
心臓がドキドキとさっきから鳴りやまない。
有坂の視線に、頭がくらりとする。
「それで結城はどこへ行きたい?行きたい場所があるのか」
優しい黒い瞳が俺を見つめる。
この視線を、ずっと俺に向けていて欲しい。
有坂と離れたくない。
そのために、俺が出来ること。
有坂の心を惹きつけておくために、俺にしか出来ない事。
「あ…有坂の部屋に行ってみたい」
咄嗟にそう言ったら、黒い瞳が僅かに熱を持ったのが分かった。
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