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まさかの俺のためだったとか。
そう言われてみれば、朝宮さんだって有坂の恋人が俺だってことは知らない。
有坂の元カノってことで頭に血が昇ってたけど、冷静になれば隠すのは普通だったのかもしれない。
「とはいえ家族に嘘を吐くのだけは気が引ける。すまないが、そこは了承してくれ」
「…う、うん」
確かに有坂の性格上、親に嘘はつけなそうだ。
というかそれって俺たちの関係を女将さんも知ってたって事か。
え、一体いつから。
何だかそれを聞いたら、カッと顔が熱くなる。
俺が気まずいと思ってひた隠しにしてたことを、有坂は家族に堂々と打ち明けていた。
有坂は俺を恋人にしていることに、少しの引け目も感じていなかったってことだ。
「結城、別に男同士なのだからお前が隠したがる気持ちは分かる。それに今の俺では、胸を張って恋人と紹介するには相応しくないだろう」
「…っあ、ち、ちが――有坂が、とかそういうわけじゃなくて」
「分かっている。家族を気遣っているのだろう?」
有坂はそう言ってくれたけど、別に家族の事を思ったわけでもない。
男同士って事を言ったらそれこそ反対される可能性だってあるし、有坂と離ればなれになるような不安材料なんて一つも欲しくなかっただけだ。
「別にいい。いずれ自立し、必ずお前に見合う人間となる。その時は改めてご両親へ挨拶に伺わせてもらう」
真っすぐな言葉にハッとしてしまう。
有坂は一体どれくらい先のことまで考えているんだろう。
「結城もその時は腹を括ってくれ」
「…う、うん」
コクリと頷く。
有坂が俺との未来をちゃんと考えてくれてる。
めちゃくちゃ嬉しい。
――だけど。
「な、なあ。それっていつ?どのくらいになったら自立したってことなんだ?」
「…そうだな。少なからず自分の目標を達成した時だ」
「有坂の目標って何?それってすぐできることなのか?」
「さすがにすぐは無理だな。俺の夢は、この旅館を継ぐことだ」
しっかりと意思の籠った言葉に、ハッと目を見開く。
「なにも長男だから旅館を継ごうと思っているわけではない。古臭くはあるが趣があり、客層も暖かく従業員にも恵まれている。俺は子供の頃から、この旅館が好きなんだ」
そう語る有坂はどことなく嬉しそうで、なんだか今までに見たことのない表情をしていた。
俺が好きな事の話を夢中になってしている時みたいな、いや実際そこまではしゃいでないけど、でも有坂にとってそれがめちゃくちゃ大事な事は伝わってくる。
弓道で優勝することや、俺と大学生活を送ることでもない。
旅館を継ぐこと自体が、有坂の夢だったのか。
ゾクリ、と再び背筋が冷たくなってくる。
――正直、それはまずい。
「とはいえ、さすがに親父と代が切り替わるまでには相応の年齢も必要だ。一先ずは旅館を経営できる基盤と知識を得たら…最低でも学生を卒業したら、といったところか」
学生卒業って、さすがに高校じゃないよな。
きっと有坂の言うそれは、大学を卒業して就職してからって意味だ。
でも旅館を継ぐには、こっちの大学に通うしかないんじゃないのか。
「…結城?」
俺はこっちの大学に通うのはダメだって怒られた。
だからこっちには通えない。
有坂はこっちの大学に通わないと、女将さんに旅館は継がせないって言われていたはずだ。
バクバクと落ち着いていたはずの嫌な感情が蘇ってくる。
有坂が旅館を継ぎたいことは俺だってちゃんと分かってるし、親の強制じゃなく有坂の夢だって言うのなら応援したい。
だけどそれをしたら、大学は有坂と離ればなれになってしまう。
何を差し置いたって、それだけは絶対に嫌だ。
「――結城」
不意にがしりと肩を掴まれた。
有坂が眉を寄せて俺を見つめていて、自分が物思いに耽っていたことを知る。
「どうした。何か体調が悪いんじゃないだろうな」
「…あ、ち、違う」
「そうか。少し退屈な話をしてしまったな」
「た、退屈なわけないだろ」
いつも言葉数が少ないから、有坂の話は俺に取って全部大事だし貴重だ。
そう言ったが有坂はあっという間にいつもの気難しそうな顔に戻ると、テーブルの上のアルバムをパタンと閉じた。
「そろそろ話は終わりだ。勉強をしよう。アルバムはまた次の機会だ」
「…えっ、も、もう勉強すんのか?」
「仮にも俺達は受験生だろう。結城は成績優秀だからそう焦りを感じていないのかもしれないが、普通はそうはいかないんだ」
そう言って立ち上がったから、咄嗟にその手を掴む。
まだ勉強は出来ない。
俺は有坂にもっと夢中になってもらわないといけない。
もっともっと旅館の事も勉強の事も忘れて、俺に夢中になって貰わないといけないんだ。
それじゃないと、有坂と離ればなれになってしまう。
「…あ、有坂」
立ち上がった有坂の顔をじっと見上げる。
有坂は俺の青い目が大好きなはずだ。
だからしっかりと逸らさずに、黒い瞳を見上げた。
「か、可愛がって」
それはいつもみたいにただたくさん撫でて、甘やかして欲しいって意味じゃない。
ここ最近有坂がめちゃくちゃ欲求不満なことを、俺は知っている。
知っていて、わざとそう言った。
ハッとしたように有坂が俺の目を見つめる。
食い入るような視線とゴクリと上下した喉を視界に入れて、背筋が震えてしまう。
自分から誘ったのなんて初めてだ。
だけど有坂を夢中にさせるために、今の俺にはこれくらいしか思いつかなかった。
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