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「マス、まだプリプリしてるの?」
「当たり前だろ。俺は怒ってんだよ」
「パパぁ、マスが怖いわ」
「マスくん、何か買ってあげようか。そうだ、有坂君と二人で自由に遊べるように、遊園地を貸し切るのはどうかな?」
「いらねーよ」
むすっとしながらそう返したが、父さんも母さんも他の案は出しても、結局俺の願いを叶えてくれる気はないみたいだ。
俺の機嫌は取りまくるくせに、そこは許してくれない。
なんでだ。
母さんたちが納得してくれないんじゃ正直どうにもならない。
たぶん有坂も同じだ。
結局のところ進路なんて親ありきだから、そこを納得させない限り俺達は離ればなれだ。
「欲しいものにつられないなんて、大人になったんだなぁ…」
「そうね、パパ。マスがこんなに成長しちゃって――」
なんかしみじみ言っているが、もうあいつらは放っておくことにする。
そんなことより今俺は超ピンチだ。
何がピンチかって、そう。
今日は俺の家族が帰る日だ。
早いところ女将さんに謝らないと、俺も一緒に帰宅しないといけないことになる。
昨日の有坂のせいでなんか腰がめちゃくちゃ痛い気がするが、ともかく朝飯を食ったらソッコーで女将さんの元へ急ぐ。
正直めちゃくちゃ怖いし、もしかしたら女将さんは俺と有坂を離ればなれにしようとしてる説もある。
有坂は親には正直に俺達の関係を話してるって言ってたし、てことは女将さんは俺たちの事を知ってたってことだ。
知っていて、俺と有坂が同じ大学に行くのを反対してた。
だからといって文句なんか言ってられない。
今謝らなければ大学どころか夏休みだって離ればなれだ。
有坂は繁忙期が終わったらすぐに帰るって言ってたけど、でもちょっとだって有坂と離れるのは嫌だ。
「――す、すみませんでしたっ」
女将さんの仕事場の一室に入ると、全力でそう言ってガバッとお辞儀をする。
これはその辺のお辞儀とは違う。
女将さんに仕込まれたガチ謝罪用の綺麗な角度と耐久時間を兼ね備えた超丁寧バージョンのお辞儀だ。
この俺がこんな美しい謝罪をするなんて、今後人生の中できっと二度とない。
しかも昨日の有坂のせいで今腰に負担をかけるのはかなりヤバくて、筋肉がギシギシプルプルしまくってる。
それでもやるしかない。
こればかりは有坂のために、絶対に成し遂げないといけない。
「あらまあ、美しいお辞儀だこと。顔をあげなさい、益男さん」
そう言われて恐る恐る頭を持ち上げる。
女将さんは普段と変わらぬニコニコとした表情を湛えている。
でも相変わらず圧がヤバイ。
「何がいけなかったのか、何をもって怒られたのか。ちゃんと理解はしたのですか?」
「あ…えっと。それは…お客さんにぶつかりそうになったのに、き、気にしなかったから…」
あの時は田舎女と有坂の事でムカついていて、確かに周りが見えていなかった。
でも落ち着いてよく考えてみれば、従業員なら客を無視するのはよくないことだったかもしれない。
「それもそうですが、話の本質はそこではありません。周りを気遣う心、相手の立場にたって考える心を持ってほしいと思ったのです」
「相手の立場にたって…?」
この俺がモブの立場に立たないといけないとか、どういう状況なんだ。
思わずポカンとしたが、女将さんはクスリと微笑む。
どことなく優しげになった目元が、なんだか有坂の姿とふと重なる。
女将さんの圧が少し和らいだ気がした。
「まあ、いいでしょう。反省されているようですし、益男さんにとってはそれ自体が大きな進歩だと思いますから」
「じゃ、じゃあ…」
「分かっています。桐吾さんと一緒にいたいのでしょう?もう少し働いていきなさい」
「――やった…っじゃなくて、あ、有難うございます」
「全く本当に素直なお方」
女将さんは楽しげにクスクス笑って俺を許してくれた。
別に俺たちの事を引き離そうとしていたわけじゃなかったのか。
そんなわけで母さんたちも無事見送って、今まで通り有坂と仕事しつつ勉強をする。
とはいえ繁忙期もピークということで、今はずっと仕事詰めだ。
「益男さんっ、お座敷の食事を下げてきまし…きゃっ」
こけそうになった田舎女の腰を、咄嗟にサッと支えてやる。
もうどうせこけると思ったからそのつもりでいた。
「…す、すみません、私また…っ」
「ああ、分かった。お前話ながら何かしようと思うからドジるんだよ」
「っえ?」
「一つずつ落ち着いてこなしてみろよ。仕事自体は出来てんだからさ」
「…っあ、ありがとうございます」
女将さんが相手の立場にたって考えてみろって言うから、無理だと思ったけど田舎女の立場に立ってみたらなんとなくそうじゃないかなと気付いたわけだ。
まあどうせ焦ってるやつなんて、注意散漫になってるから失敗するわけだし。
真っ赤になって固まってる田舎女の持っていた食器をさっと持ち上げると、代わりに厨房に下げに行く。
それとアイツがドジるフラグはさっさと潰すに限る。
なんか後ろで目を光らせている女将さんがニコニコ顔で頷いてる気がするが、怖いので見なかったことにして自分の仕事に戻る。
そんなわけで目まぐるしくしているうちに数日があっという間に過ぎ、繁忙期も終わる。
いよいよ今度は俺と有坂の帰る日がやって来た。
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