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正直もう、自分でも焦り過ぎてよく分からなくなってきていた。
本当は有坂が受験勉強をしろっていう言葉が分からないわけじゃない。
むしろ有坂の受験勉強の邪魔をしている自覚もある。
それでもいつ言われるかもしれない進路の話が怖くて、気を引くために必死だった。
母さんに家では何度も大学の話はしたけど、向こうの大学に通うことは絶対に許してくれなかった。
だからともかく有坂の気を引いてればまだ何とかなるかもしれないって、俺の頭の中はそれだけだった。
有坂の都合とかそういうのは全部もうどうでもよくなっていて、本当にただ離れたくない。
それだけだった。
――カナカナ、と窓の外でヒグラシの鳴き声が聞こえる。
もうすぐ夏休みが終わる。
「…え、帰れ?」
ぞわっと背筋が震えた。
一瞬で青褪めた俺に、有坂が慌てたように髪を撫でる。
「ああ、違う。変な意味ではない。今日は夕方から夏祭りの約束をしている」
「あ…ああ。そういえば」
あんなにそのことで喧嘩をしたのに、忘れてた。
ここ最近有坂の気を引くために必死になりすぎて、俺の心は気付けばいっぱいいっぱいだった。
有坂の言葉の一つ一つにビクビクして、すぐにマイナスに考えてしまう。
「…結城、やはりお前も一緒に行こう。最近のお前はどこか変だ」
「――え」
「心に余裕がないように見える。一緒に気晴らしをしよう」
そう言って優しく髪を撫でてくれる。
たまに怒ったりはするけど、でも有坂は変わらずに優しい。
俺に『勉強は別の環境でしよう』って言ったのはあの日の一度きりで、泣いたのが良かったのかそれ以降同じ言葉は言われない。
あれから言葉の通りちゃんと勉強はしてるけど、それでも事あるごとに不安になるのは変わらない。
有坂は可愛がってと言えば構ってくれるけど、なんだか最近は集中出来てないのか険しい顔をしてることが多くなった。
「い、行かない」
「結城」
「行かないっ。二人じゃないと嫌だって言っただろ」
「…俺の我儘だ。どうしても聞いてもらえないか?」
そう言われてハッとする。
どこか困ったように優しい瞳を向けられて、心がギュッと詰まった。
「い…行かない。帰る」
それでも俺はもう譲らないって決めたんだ。
有坂が小さく息を吐いて、俺の髪を撫でる。
「分かった。送っていく」
やっぱりもう有坂は、俺を取ってはくれない。
最後まで望みがあるかと粘って見たけど、結局有坂は俺を家まで送って背を向けた。
見えなくなるまで立ち尽くしてたけど、一度もこっちを見てはくれなかった。
家に帰って扉を閉めたら、めちゃくちゃ悲しくなる。
やっぱり行けばよかったって後悔してくる。
有坂と一緒に夏祭りとか、クラスメイトがいたって絶対に楽しいに決まってる。
こんなに誘ってくる有坂は見た事なかったし、最後まで誘ってくれたのに全部断ってしまった。
どうしてこんなに意地を張ってしまったんだろう。
有坂さえ一緒にいてくれれば、別にクラスメイトがいようがいまいが今までは我慢出来ただろ。
俺は有坂がクラスメイトより自分を取ってくれるのか、試したかったのか。
勉強のことで後回しにされて、クラスメイトの約束で後回しにされて――進学で後回しにされて。
もう有坂が信用できなくて、好かれてるのか分からなくて、だから少しでも自信を付けたくて有坂に自分を選んで欲しかった。
でも結果、選んでもらえなかった。
リビングに入ったら、珍しく家には誰もいなかった。
テーブルの上に『パパと夏祭りで遊んでくるわね』という母さんの書置きがおいてあって、ムカついてビリビリに破く。
どいつもこいつも浮かれて遊んでんじゃねえ。
むしゃくしゃしながらソファに座る。
なんだか一人になるのは久しぶりだ。
夏休み中はほとんど有坂が側にいてくれた。
というか部活を引退してからずっと俺と一緒にいてくれた。
暇な時間があったらすぐ有坂に電話して構ってもらってたから、こうやって一人になって何もない時間を過ごすのはいつぶりだろう。
部屋の中にぽつんと一人でいると、一気に寂しくなってくる。
一人になったって頭に思い浮かぶのは、有坂のことだけだ。
胸が苦しくなって、また後悔が押し寄せてくる。
今からでも追いかけたらまだ有坂に追いつくかもしれない。
どうしようと悩みながら、体育座りでどんどん暗くなる部屋の中で悩む。
「…あ、そうだ」
ふと思い出して、携帯を取り出した。
「よ、よー。元気?」
『ぷっ、なにそのぎこちない挨拶』
「な、なんか久しぶりだろ」
『まー、誰かさんは人に相談の電話しといて話の途中でぶち切るし?』
そう言われて思い出したが、確かに切ったな。
せっかく久々にハルヤンに電話したのに、まだ根に持ってたらしい。
あの時はハルヤンが使えねーから朝宮さんに電話したわけだけど、結局朝宮さんは有坂にチクるし余計に大変なことになった。
なぜハルヤンに電話したのかというと、一人で考えていることに耐えられなくなったからだ。
もうここは久しぶりの有坂相談の出番だろってことで電話してみた。
「だってハルヤンが変に茶化すからだろ」
『いや俺は思ったことをそのまま言っただけでしょ』
「そんなことより今超ピンチなんだよ。俺の話聞いてくれよ」
『あー、はいはい』
言いながら電話の奥でなんかキャッキャとはしゃぐ女子の声に気付く。
もしかしてまた女を引っ掛けてるのか。
電話越しに「だれー?」と話してる声がして「王子」とハルヤンが答えたらキャーっとなんか盛り上がってる。
「おいこら、俺の話を片手間に聞くんじゃねえ」
『こっち今合コンでちょうど集まったとこなんだって。いきなり席外したらシラケるっしょ』
「今は俺の方が大事だろ」
『マッスーってホント世界の中心は自分だと思ってるよね』
なんかその台詞、誰かにも言われた気がする。
いや俺にそんな暴言吐けるのは、ハルヤン以外には有坂母しかいない。
「俺の世界なんだから俺が中心に決まってるだろ」
『何その超理論。…まあ相変わらず元気そうで良かったけどさ、それで?』
聞かれながら、ふとざわざわした音の中に太鼓やお囃子の音が混ざっていることに気付く。
コイツ。
まさかとは思うが。
「…もしかしてハルヤン、今祭りにいるのか?」
『え、そうだよ。夏祭り合コン』
マジかよ。
コイツも夏祭りかよ。
もう余計に心がギュッと詰まって、めちゃくちゃやりきれない気持ちになる。
『そういやマッスーはありちゃんと祭り来なかったんだ?』
「…有坂は俺を置いてクラスメイトと行ってる」
『ぷ、なるほど。そういうことね』
勝手に察したらしいハルヤンが電話の奥でクククと笑っている。
俺の不幸を笑うんじゃねえ。
『んー、ならマッスーこっち来る?みんな王子に会いたいって言ってるし』
「えっ」
突然の誘いに気持ちが揺れ動く。
合コンはさすがに気が乗らないが、それでもみんな夏祭りに行ってるのに、やっぱり俺だけ留守番なんて嫌だ。
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