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有坂はずっと抱きしめてくれていた。
いつもなら日が暮れると時間がどうとか、親が心配するだとかうるさい事沢山言うのに、今日は何も言わなかった。
ただ、俺が泣き止むまでずっと抱きしめてくれていた。
俺の欲しかった言葉をたくさん言ってくれて、欲しいまま俺に愛情を注いでくれた。
「結城、ほら。見てみろ」
「…え?」
ずっとグスグスとしがみ付いて泣いていたが、有坂の差す指の先、色とりどりの花火がたくさん上がっていた。
そういえば花火大会の最中だったんだ。
泣きすぎてぼーっとした頭のまま、次々に打ちあがる花火をぼんやりと見つめる。
さっきはなんの感情もわかなかったのに、すぐ側にもう一つ温度があるだけで驚くほど心境が違う。
心がじわりと暖まって、だけどやっぱり泣きたい気持ちになる。
もう全てが終わりだと思ってた。
ハルヤンに見限られて、クラスメイトに邪魔者扱いされて、朝宮さんには痛いところを付かれた。
有坂にも絶対突き放されると思ったのに、有坂は俺の事を捨てたりはしなかった。
だけどそれは俺の代わりに、有坂が大事なものを捨てたからだ。
「今年も結城と一緒に見ることが出来て良かった」
有坂はいつもと変わらぬ顔でそう言って、俺をギュッと抱きしめる。
零れる涙に口付けて、あやすように髪を撫でてくれる。
どこまでも甘やかすような指先が、俺の機嫌を取るように耳や目元をくすぐる。
どうしてこんなに優しい愛情を疑っていたんだろう。
グスリと鼻を啜ってそっと微笑んで見せると、切なげな瞳に見つめられる。
「…去年の花火は、最後がちょっと…アレだったけどな」
ぽそりと言うと、有坂が苦々しく眉を落とす。
「ああ、今思い出してもアレは衝撃だった」
「お、俺だってめちゃくちゃびっくりしたからなっ」
「俺だって驚いた。ずっとお前と気持ちが通っているものだと思っていたからな」
去年の夏祭りは俺たちの感情がすれ違っていて、それを祭りの最後に確認してお互いに唖然とした。
ほんとにアレは悲惨な終わり方で、今思い出してもちょっとトラウマだ。
「だが今年は誤解を解いて、ちゃんと気持ちを通わせることが出来た」
そう言って有坂が俺の顔を少し持ち上げる。
一年かけて、ようやくすれ違っていた気持ちが一つになった。
俺はもう、有坂を疑わない。
そっと目を閉じたら、どことなく香る花火の匂いと共に、優しい感触が唇に触れた。
「…そういえば、どうして俺がここにいるって分かったんだ?」
帰り道。
花火を見終えた人達でごった返す中、なるべく人通りの少ない場所を選んで、有坂が俺の手を引いて歩いてくれる。
「お前を探そうと通りに出たら、金髪碧眼の美青年が泣きながら歩いていると道行く人が噂していた」
「えっ」
「結城しかいないだろう」
それは、確かに。
ハルヤンも俺は目立つから噂になるって言ってたけど、さすがに今頃になってめちゃくちゃ恥ずかしくなってくる。
だけど有坂は俺を気にさせないように、キュッと手を握り返してくれる。
――優しい。
ちゃんと有坂の気持ちを信じて落ち着いてみれば、有坂は驚くほど俺を気遣ってくれていた。
人混みを歩くときは絶対に当たらないように壁になって先導してくれるし、車が通る方はまず歩かせない。
段差があるところは転ばないように、ちゃんと手を引いてくれる。
落ち着いて有坂の行動を見てみると、細かい事でも俺が驚くほど大切にされていることに気付く。
こんなに気遣ってくれてたのに、どうして何も見えていなかったんだろう。
「…あ、朝宮さんと二人だったんだろ。な、何か言われなかったのか」
「何か、とはなんだ。ただ結城が来たと聞いたから、慌てて追いかけることにしただけだ」
「――えっ、朝宮さんは?」
「もちろんクラスメイトと連絡を取りすぐに送り届けた。元々はぐれてしまっていたからな。それに俺はどの道ある程度雰囲気を楽しんだら、すぐに帰る予定だったんだ」
「な、なんで…」
「お前が拗ねていただろう」
カーッと顔に熱が上がっていく。
気にしてくれてたのか。
とりあえずこの様子だと、朝宮さんの告白はどうやら失敗に終わったらしい。
ホッと胸を撫でおろす。
もう有坂の事を信じてはいるけど、だけどやっぱり朝宮さんに言われた言葉は忘れられない。
あの言葉は、俺に衝撃を与えるには十分だった。
俺が目を逸らしていた部分を、直接抉られた気がした。
「まだ拗ねているか?先約とはいえ、クラスメイトを優先させてしまってすまなかった」
「あ…ううん、有坂は悪くないんだ。俺の方が意地張って、ごめんなさい」
今思えば、本当に子供みたいな意地を張ってしまった。
有坂はたくさん誘ってくれたのに、俺が全部断ってしまった。
最初から有坂と一緒に行ってれば、きっとハルヤンと喧嘩別れすることもなかったのかもしれない。
素直にそう言ったら、有坂が面食らったような顔をする。
なんでそんなに驚いた顔するんだ。
いつもの無表情が乱れてるぞ。
「どうしたんだ。何かまだ不安があるのか?」
「えっ?」
「ああ…いや、お前が分かってくれて素直に嬉しい」
そう言って微笑んでくれるから、トクリと心臓が熱くなる。
有坂が喜んでくれた。
だけどきっとこんなんじゃ、全然足りない。
俺は有坂に、もっともっとたくさん何かしなければきっと愛情を返せない。
有坂が返せないほどたくさんの愛情で信用させてくれた代わりに、俺だってもっと有坂のために何かしたい。
「他に心配事はあるか?なんでも言ってくれ」
「…あ、えっと。も、もう少し一緒にいたい」
「分かった」
「っあ、でも勉強してていいし…お、俺もう邪魔しない」
有坂のためにならないことは、絶対にしたくない。
そう思って言った言葉なのに、有坂にまたしても驚いた顔をされた。
切れ長の目が大きく見開いていて、本当になんなんだ。
「…結城、何かあるのなら本当に無理はしないでくれ。お前がいつでも笑っていてくれることが、俺は何よりも大切なんだ」
「うん。ありがとう」
素直にお礼を言ったらまたギクリとした顔をされる。
おい、今日は無表情の崩壊がすぎるぞ。
「…あー、ええと。そうだ、一先ず寮に来るのなら家族に連絡を入れてくれるか?きっと心配をしている」
「あ、うん」
なんか慌てたようにそう言われたが、有坂は自分の家族と縁を切るつもりでいるのに、俺には家族を大事にしろっていうのか。
――いや、俺がそう仕向けたのか。
心がズキリとまた痛む。
本当にこのまま、有坂に甘えたままで俺はいいんだろうか。
とりあえず言われるままにズボンのポケットを探ってから、ふと気付く。
「――っあ」
「なんだ」
そういや携帯川に落としたんだった。
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