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担任に連れてかれて、一緒に体育館の中に入る。
二年に交じって見るのはちょっと微妙だなと思ったけど、特に何も言われないからそのまま壁際の担任の隣で見ることにした。
もっと早く有坂のためにって動いていれば、二年の時点で色々準備出来たのかと思うとちょっと悔しい。
まあ準備出来たところで、俺が有坂と同じ大学に行くのは変わらないけど。
当たり前のようにそう思ってから、どこか胸に引っかかりを覚える。
またあのチクリとした感覚が襲ってきたが、不意にバシッと肩を叩かれた。
「やあ、結城君。まさか二年の進路指導説明会にまで顔を出したいなんて、いやー感心、感心」
誰だコイツ。
なんか禿げたおっさんがニヤニヤしながらいきなり話しかけてきた。
つーか俺に触んな。
思わずイラッと目を細めると、ヒャッと顔を赤らめてオッサンの顔が赤くなる。
が、突然ガシッと担任に後頭部を掴まれた。
そのままぺこりと一緒にお辞儀させられる。
「ま、まあこの調子で受験も頑張ってくれたまえ。君は我が校の期待の星だからね」
そう言ってはっはっは、と豪快に笑いながらオッサンは体育館のステージの方へ歩いていった。
押さえつけられた頭を離されて、おずおずと顔を上げる。
「え、誰?」
「いや校長だろ。お前さすがにそれくらい覚えとけよな」
「えっ、校長?あー…そういや」
そんな顔だったかもしれない。
この俺にわざわざ挨拶に来たらしいが、なんで今頃。
「まあ、周りに何言われようと、結城がやりたい道を選べばいいからさ」
「それはそのつもりだけど…ってか七海先生だって、俺に勧めたい職業があるんじゃないですか。先輩だっけ?」
「あー、そうそう。つっても昔は仲悪かったけどな。今はよく飯食いに行く仲だけど…まあ出てきたら言うよ。お楽しみにー」
どこか悪戯な表情でニシシと笑顔を作られたが、人の進路で遊んでんじゃねーぞ。
それに勧められたって俺のやる気が出るかなんて分からない。
この俺を納得させられるような奴なんだろうな。
「気になるからちょっとくらいヒントくださいよっ」
「えー、ヒント?そうだなー、個人的には向いてると思うんだよなあ。というか条件がお前なら全部揃ってる。なりたくてもなれない人が多い職業だからさ」
「やっぱり総理大臣か…」
「うん、結城は政治家向いてないと思うぞ」
「じゃあ学校の先生?」
「子供が子供の世話とか無理だろ」
「…まさかゲームのプロ?」
「それなったら俺にもゲーム教えてくれる?」
なんかちょいちょい失礼じゃないか。
暇だから職業当てゲームで担任と遊んでいたが、ほどなくしてさっきの校長がステージ袖から登場する。
賑やかだった体育館内が静まり返って、いよいよ説明会が始まった。
みんなこの学校からの卒業生で、まずは現役大学生の話から入り、それから既に就職している人達の話に変わっていく。
年齢は結構幅広い。
「俺もここで話したことあるんだよな。一応ここの卒業生だし」
「へー、そうなんだ」
「ほら、結城の兄貴達と友達だしな」
「ああ、そういや…」
三者面談の時軽く同窓会みたいになってたっけ。
担任と軽く雑談しつつ、一人、また一人と壇上に上がった卒業生たちの話を聞いていく。
消防士、警察官、教師、中小企業社長、薬剤師、税理士、まさかのパイロットまで登場したが、担任はまだ何も言わない。
と言っても今のところ別にピンとくるものもない。
有坂のためになるような仕事って、よく考えたらかなり難しいんじゃないか。
というか就職先なら単純に有坂旅館で働くことも考えたし、実際人手が足りないって言ってたからそれが一番有坂のためになるのかもしれない。
だけど有坂は大学卒業して色んな事覚えてから旅館を継ぐのに、俺がその間何も覚えないんじゃ、きっと有坂のためにはならない。
働くだけなら今までだってやってきたし。
こうなんかもうちょっと、有坂のためになるようななんかないのか。
一生有坂を助けられて役立ちまくって超求められて褒められて、どこにも行かないでくれって泣いて縋ってくれるような職業はないのか。
「――あ。出てきた。結城、アイツ」
「えっ?」
そう言われて顔を持ち上げる。
てかアイツ呼ばわりしてるが先輩じゃないのか。
壇上に出てきたのはスラリとした長身の男。
嫌みの無いお洒落眼鏡と、ラフに着こなしたスーツからはイケメン感と仕事出来る感が漂っている。
コソコソと色めきだった女子にひらりと手を振ったりしていて、なんか余裕そうだ。
壇上までくると、潔くマイクを取った。
『あー、どーも。在校生のみなさん。卒業生の日比谷と申します。この学校には8年前くらいにお世話になってました。職業はミュージシャンをやってます』
シンとしていた体育館が、一瞬でどよっとざわつく。
おいマジかよ。
このアホ担任、俺にまさかミュージシャン勧めてくるとか。
期待外れすぎんだろ、ふざけんな。
まあ確かに容姿的に俺に合ってるとは思うし、なりたくてもなれない職業だとは思うけど。
俺だったら超絶人気出るとは思うけど。
『あ、嘘です。いや嘘っつーか、専門まで行ってミュージシャン目指してたんですけど、あまりにも人気出なかったんで挫折しました。今は医者やってます』
どよどよっとまた体育館内がざわつく。
おい、説明会で嘘つくな。
どうなってんだ担任の交友関係は。
とはいえ出だしのインパクトで大事な事を置き去りにしてたが、正解は医者だったのか。
全く予想もしてない職業だった。
どこら辺が俺に向いてるんだ。
『とりあえず進学校なんで、医学部を目指している学生も中にはいると思います。まあ先に現実を言っておきますけど、医者は正直なるのに相当金が掛かるし、まあ国公立に入れば学費は抑えられるが敷居はクソ高い。相当の覚悟して勉強しないとなれません。そして努力してなってみれば、残業も多いし休みの日も駆り出されるし、ブラック極まり無い職業です』
もう体育館内は騒然としている。
なんなら担任以外の教師もちょっとアタフタしている。
ちなみに担任は笑っている。
そして俺は既に心が折れている。
そんなつらいとか無理だろ。
『でもこれだけは言えます。この仕事は間違いなく、誰かのためになっていると胸を張って言える職業です』
――は、とその言葉に目を見開く。
『まあ他職がどうかは知りませんが、少なくとも仕事へのやりがいは別格じゃないですかね。人に必要とされていると実感できるのはこの仕事ならではですし、責任感は重いですがその分達成感も、高揚感も日々感じられます』
最初はどうなるのかと思ったが、そこから聞く話は不思議と面白かった。
気付けばなぜか心臓がドキドキしていて、じっと立ち尽くしたままその話を聞いていた。
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