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----side有坂『文化祭前日』
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「じゃあ有坂、また明日」
「ああ」
結城と別れ、元来た道を戻る。
背後ですぐにパタンと扉が閉まる音が聞こえた。
少し前までは必ずと言っていい程別れ際には「寂しい」と抱き着かれたが、ここのところそれはもうなくなった。
気持ちが落ち着いたのか、それとも何か別の要因があるのか。
ここ最近、結城が変わろうとしている。
一体何がそうさせたのかは分からない。
だが今日放課後に誰かと楽しげに電話をしていた姿を思い出すと、まさか…などと嫌な予感が浮かんでくる。
本人は進路の話と言っていたが、結城があんな風に他人に笑顔を見せるのは珍しい。
己惚れだと言われればそれまでなのだが、結城は俺と他人とでは驚くほど対応に差がある。
クラスメイトですら当たり前のように無視している姿を繰り返し目撃しているし、言葉遣いもあまり感心できず、今までそこに関しては何度も説教をしてきた。
結城が成長したということならば素直に喜ぶべきなのだろう。
だが別の要因があるのでは、と疑ってしまう自分がいることは否めない。
人の気持ちは移ろうものだ。
今までに付き合ってきた女性もそうだが、心変わりされてしまえばこちらの言葉はもう届かない。
あれほど俺しかいないと言ってはいたが、結城が他の誰かを好きになる可能性も当然――。
そう思った瞬間、カッと頭が熱くなり腸が煮えくり返るような感情が込み上げてくる。
想像しただけで酷い感情に苛まれて、慌てて平常心を取り戻す。
こんな自分はらしくない。
分かっているが、ただ電話をしていただけの結城に要らぬ言葉を言ってしまったのも事実だ。
受験生としての時間を無駄にしてしまったり、ここ最近の自分はあまりにも冷静ではない。
夜空を見上げて、小さく息を吐きだす。
少し頭を冷やさなくては。
どこかふわふわとしている結城をしっかりと俺が先導していかねばならぬのに、俺がこんなことでは結城にまで悪影響を及ぼしてしまう。
文化祭を明日に控え、校内は生徒が忙しなく入り乱れていた。
クラスメイトから商品の伝票を受け取り、結城の待つ席へと戻り帳簿を開く。
「結城、仕入れも搬入も無事済んだと報告があった。後は当日の売上金を計算する程度で仕事は終わりだ」
もちろん店番もあるが、そこはクラスメイト全員との交代制だから大した時間ではない。
帳簿に書き入れていたが、隣にいる結城の返事がかえってこない。
ふと顔を上げると、頬杖をついてぼーっと何か物思いに耽っていた。
窓から差し込む夕日が金色の髪をより輝かせ、物言わぬ顔で遠くを見つめるその姿からはどこか神秘的な雰囲気が漂っている。
その姿はまるで一つの彫像を目にしているかのように美しい。
いつも俺に向ける花開くような笑顔も、可愛らしく我儘を言う口調も、子供っぽく拗ねて見せる表情も、今はどこにも見えない。
思わず声を掛けるのに躊躇するほど、それはどこか遠い存在のように見えた。
いつだったか結城にはオーラがあるから話しかけられない、と言った者がいた。
何を馬鹿な事を言っているのだとその時は思っていたが、今ならその気持ちが少し分かるような気がする。
だが俺は決して結城を一人にはしない。
親の意見を押し切りこちらの大学に通うと決めた時、それは自分の中で決意したことだ。
「おい結城、聞いているのか」
「えっ?あ、ご、ごめん。なに」
「何か悩み事があるのだろう。なぜ言わない」
結城がここのところ何か考えているのはもう分かっている。
それは日に日に酷くなっていて、時たま電話しているあの相手が関係しているのは分かる。
進路のことだと言っているが、あれほど俺と同じ大学に行きたいと泣いていた結城が、なぜ今頃進路に興味を持ったのだろう。
その理由も本人は教えてくれない。
「…べ、別に有坂が心配するようなことはないから平気。それより明日どこ回るか決めようぜ」
結城がそんな発言をする事自体が心配で堪らないのだが、そう話をはぐらかされてしまえば何も言えない。
しばらく結城と文化祭の出店資料を元に話していたが、ふと隣のクラスの奴から声が掛かる。
なんだと廊下に足を運ぶと、デカい蜘蛛が出たから取ってほしいと言われた。
蜘蛛から見れば人間の方が余程怖いと思うが、苦手なものは仕方ない。
仕方なく素手で取って外に逃がしてやってから戻ると、今度は朝宮が廊下に立っていた。
「あ、有坂君。ちょっといい?」
クラス内で構わず話しかけてくれればいいものを、わざわざ廊下で待っていてくれたらしい。
「ああ。どうした」
「明日って誰かと一緒に文化祭回るの?」
「結城と回ろうと思っている」
「…そっか。やっぱり結城君、だよね」
「え?」
そう言ってなぜか朝宮は表情を曇らせる。
そういえばこの間結城が、理由は分からないが朝宮に不機嫌な態度を取られたと言っていた。
まさか結城に対して何か思うところがあるのだろうか。
「どうした。結城が何かしたのか」
「え?…えっと」
「アイツは少し誤解されやすい性格でな。本人に悪気はないが無意識に口調が強くなってしまう時がある。もし何か気に障ったことがあるのなら謝る」
「どうして有坂君がそこまで――」
何か言いかけたが、すぐに口を慎む。
だがその表情は優れない。
やはり結城の事なのだろう。
アイツがまた何か悪い言い方をしてしまったのだろうか。
最近は委員長としての自覚が出てきたのかよくクラスをまとめていて、少しずつだが周囲とも慣れてきているように見えたのだが。
しばらく朝宮は何か言い淀んでいたが、やがてぽつりと口を開いた。
「…あ、あのさ。ま、間違ってるかもしれないし答えたくなかったら…あれなんだけど」
「なんだ」
「へ、変な事言ってるかもしれないし…ホント間違ってたら笑ってくれてもいいんだけど。で、でも気になっちゃって――」
そんなに何か思い悩んでいるのか。
いつも気丈な表情にはどこか陰りが見える。
「構わない。気になることがあるのなら言ってくれ。間違っていようと笑ったりはしない」
促すようにそう言ったら、朝宮の肩がピクリと揺れる。
それから何か決めたように俺の顔を見上げた。
「あ、あのさ。有坂君の恋人って…結城くん、だよね?」
突然言われた予想外の言葉に、ハッと目を瞬かせた。
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