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キイ、と屋上の扉を開く。
辺りはすっかり薄暗くて、ここ最近少し冷たくなった風が通り抜ける。
夜の学校とか普段はめちゃくちゃ怖いけど、今日に限っては催し物をやっていた名残でまだ照明がついている。
片付けもそこそこになっている屋上に足を踏み入れると、フェンス越しで校庭を見下ろしている有坂を見つけた。
「有坂っ」
すぐに声を掛けると、振り向いた有坂と視線が合う。
どことなくその表情がホッとしたように見えた。
「遅かったな。何かあったのかと思っただろう」
「…あ、えっと。ちょっと色々あって」
「色々とはなんだ」
そう言われたけど、なんとなく朝宮さんと話してたって言いたくない。
有坂は朝宮さんの事ちゃんと断ったらしいけど、でもずっと友達だと思ってた奴にガチで告白されたら少しは考えちゃうはずだ。
他の奴の事なんか考えて欲しくない。
「俺には言えないことか」
「そ、そういう意味じゃない。今はそれより有坂と話がしたくて…」
言いながら隣まで歩いていく。
真っ直ぐな黒い瞳に見下ろされると、急速に心臓がドキドキしてくる。
ああくそ、やっぱり大好きだ。
怒られても、連絡取れなくても、文化祭放置されても、浮気をされても大好きだ。
胸がいっぱいになって言おうとした言葉が喉に詰まってしまう。
早く仲直りしたい。
またいっぱい可愛がって欲しい。
「結城、最近のお前が何を考えているのか聞かせてくれないか」
「あ…うん。その――」
言いかけて、だけど不意に話をするのが怖くなる。
ここ最近ずっと色々考えてたけど、でももしかしたら今のままでいいんじゃないか。
無理に何かを変える必要はないんじゃないか。
新しい事を見つけてワクワクしたり、有坂のために今度こそ何かしたいって改めて思ったところだけど、でももしかしたらそれが有坂とすれ違うきっかけになってしまうかもしれない。
現に今も変な感じになってるし、いつもと違う事はやっぱりしないほうがいいんじゃないのか。
「え…えっと。お、怒ってるのか」
「怒っていない。ただお前の話が聞きたいと思っているだけだ」
「で、でも…」
顔がめちゃくちゃ険しいぞ。
やっぱり絶対怒ってるだろ。
「話があるのだろう?」
「…あ、も、もういいんだっ。有坂とずっと一緒にいたいから、やっぱりやめる…っ」
言いながら心がグズグズになっていく。
そもそも俺は有坂のために何かしたいと思って色々考え始めたんだ。
有坂が怒ったり、すれ違ったりするくらいなら何もしないほうがマシだ。
「結城」
「…っそれより最後の文化祭だろ。楽しい話がしたい」
「だが――」
「俺がいいって言ってるんだから、別にいいだろっ」
有坂に会ったらちゃんと伝えようとしてた気持ちが、一気にどこかにいってしまう。
ハルヤンと相談したこととか、朝宮さんと話して改めて決意してここまできた事が、全部頭から抜け落ちていく。
有坂が大好きなんだ。
だからずっとそばにいたい。
ただたくさん愛して、可愛がって欲しい。
思わず目の前のシャツに両手を伸ばして、手繰り寄せる。
ぴたりと胸に額を寄せると、熱い体温に頭がくらりとした。
「…結城、俺はお前の言うことは何でも聞いてやりたいし、なるべく意思を尊重してやりたいとも思っている」
「うん、そうしてくれ。大切にしてくれないと嫌だ」
そう言ってくしゅくしゅと鼻先を擦り付けたら、熱い手のひらが耳へと落ちてくる。
一度指先で撫でてから、頬に掛かる髪を愛しげに耳に掛けられた。
「それはもちろんだ。…だがしかし、今回の事はまだ納得がいかない」
「別にもういいって言ってるだろ」
「――医学部へ行きたいんじゃないのか」
は、と顔を上げる。
やっぱりあの時、ちゃんと聞こえていたのか。
思わず視線を彷徨わせると、そっと身体を引き剥がされる。
「昼にそんな話をしていただろう」
「あ…えっと。その話は…そ、そうじゃないんだ」
有坂にはその話をしてないから、きっと俺が勝手に大学を変えようとしてると思ってる。
一緒の大学に行きたいって無理矢理お願いしたのに、そんなのは怒るに決まってる。
「そうじゃない、とはどういうことだ。やりたいことが出来たんじゃないのか?」
「で、でももういいんだ」
「何か考えていることがあるのなら教えてほしい。ここ最近進路のことを人に相談したりもしていただろう」
「だ、だから別にもういいんだっ」
一度不安を覚えてしまった気持ちが、心にセーブをかけてしまう。
何かを自分で考えて始めた事なんてないから、ここにきてめちゃくちゃ怖くなってしまう。
やっぱり今のままでいい。
変わってしまうのは怖いし、今まで通りでいい。
間違ったことをして有坂が離れていくのが、一番怖い。
「――結城っ」
不意に強く両肩を掴まれた。
ハッキリと意思の籠る視線に見下ろされて、ドキリと心臓が跳ねる。
「お前がそう言うのであれば目を瞑ろうかとも思った。だが俺達は恋人同士だろう。進路のことや将来に関することは、互いにとってとても大切な事じゃないのか」
「そ、そうだけど…」
「ならなぜ共に話し合おうと思わない。なぜ他の奴には話せて俺には話せない」
カッとしたように有坂が俺に声を荒げる。
こんな風に気持ちをぶつけてくる有坂は初めてだ。
強い口調に心が震えて、一気に泣きたくなってくる。
「…っは、話せないわけじゃない。でも怖いんだっ。有坂とすれ違って喧嘩になるのが、俺は一番嫌なんだっ」
「たとえ喧嘩になろうと遠慮をして大切な事を告げられぬなど、そんな思いをお前にして欲しくはない」
「そ、そんなの有坂の方が俺に遠慮してばっかりだろっ」
「俺は遠慮しているのではない。お前を大切に思っているだけだ」
「俺だって思ってるっ。有坂が一番なんだっ。有坂が世界で一番大好きなんだっ」
喚くようにそう言うと、有坂が息を詰める。
その視線が少し戸惑ったように彷徨う。
「…それは、光栄だな」
「え?あ、うん」
なにいきなり照れてんだ。
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