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「…結城、お前の決めたことをそう怒りはしない。話しては貰えないか」
有坂にそう言われて、少しずつ心が絆されていく。
まあ、怒らないなら別に話してやってもいいけど。
一度押し黙って、少し考える。
じっと有坂に見下ろされると、なんだかソワソワしてしまう。
「…い、医者になろっかなって」
ぽつりと呟く。
怒られたらどうしようかと思ったけど、有坂は力強くコクリと頷いた。
「そうか。それは素晴らしい志だ」
褒められた。
胸がじわりと熱くなっていく。
「そ、そうかな。すごいかな」
「ああ。結城のように学業に秀でている者にこそ相応しい。多くの人々に役立つ素晴らしい職業だ」
「…あ、有坂のためにもなるか?」
「もちろんだ」
そう言われて、気持ちがぶわっと込み上げていく。
やっぱり俺が医者になるしかないだろ。
この俺がならないと日本の医学は発展しないだろ。
「で…でも、医者になるには決めてた大学とは別の大学に行かないといけないって言われて…それで迷ってた」
「何を迷う必要がある。なりたいものがあるのなら、そちらの大学に通えばいい」
「だ、だって有坂と一緒の大学がいいんだ」
そう言ったら、有坂が切なげに目を細める。
怒られるかと思ったけど、クスリと笑われた。
「俺は医学部へはいけない」
「…わ、分かってる」
「結城、大学が同じでなくても俺たちの関係は変わらない」
それも分かってる。
きっとこの話をしたら有坂ならそう言うってことは、ちゃんと分かってた。
もしも違う学校に行ったって、有坂ならきっと簡単に俺の事を忘れたりはしないってことも、今なら信じようと思える。
でも有坂と離れたくないのは本気なんだ。
有坂がいない大学生活とか怖くて堪らない。
それになにより、一緒の大学に行かなかったら有坂は実家に帰っちゃうんじゃないのか。
「…しかし医学部と言っていたからもしやとは思ったが…やはりそうだったか。結城が医者か」
有坂がフェンスに寄りかかって、何か感慨深いように息を吐く。
自分の考えてた事を有坂に聞いてもらうのは、なんだか不思議な気持ちだ。
「…っあ、でも医者だけど…俺が思ってるのはちょっと違くて」
「違うとは?」
聞かれて、再びなんて言おうか視線を彷徨わせる。
ここ最近、俺がずっと考えてた未来設計。
有坂とこうなれたらいいなって、有坂のためになるようなことをしたいって思った俺が、初めて思い描いた夢。
「あ…あのさ、これは俺だけじゃ決められないんだけど」
「なんだ」
「あ、有坂は本当は、俺には旅館で働いて欲しいんじゃないのか?」
そう聞くと、有坂は面食らったようにぱちりと目を瞬く。
普通に考えて有坂が有坂父みたいに旅館を継ぐなら、いずれ女将さんポジが必要なはずだ。
俺達がこの先ずっと一緒にいるなら、きっと有坂は俺に旅館に入って欲しいと思う。
考えてみれば女将さんだって新人の指導とか従業員に任せればいいのに、俺にずっとくっついて指導してくれてたし。
それって有坂の恋人だからじゃないのか。
「それは…ああいや、しかし俺はお前が好きな事をするのが一番いいと思っている」
「言いたいこと遠慮するのはダメってさっき自分で言っただろ」
嘘下手くそだからすぐ分かるぞ。
完全に目が泳いでたぞ。
そう言ったら有坂はどこか観念したように首を擦った。
「…正直このままお前がやりたいことが見つからないのであれば、いずれ旅館で働いて欲しいとは思っていた」
「なんで言ってくれないんだよ」
「まだ自分の基盤すら築けていない状態で、お前の人生を左右させるような安易な発言など出来ない」
そんなのテキトーにこうなったらいいとか、理想くらい誰だって言うだろ。
どこまで律義なんだ。
――いや、有坂はそれだけ俺を気遣ってくれてるってことか。
「俺が親父の仕事を継承し、結城にはいずれ従業員を取りまとめる女将のような仕事ををやってもらえたら。そういった未来を想像していなかったわけではない。だが俺は、医者になるお前の姿も見てみたいと思う」
「うん。俺、どっちもやるぞ」
「――なに?」
険しかった有坂の表情が驚きに変わる。
ここ最近、俺がずっと考えていた事。
「俺は医者も出来る、女将さんになろうかなって」
口に出したら、思わず笑顔が零れる。
ふふっと笑うと、有坂は珍しく真顔が崩れた顔でポカンと俺を見つめた。
あれ、でもちょっと待てよ。
男だから女将さんって言わないのか。
まあ俺は性別問わず万人受けする美しさだから、どっちでもいいけど。
「その辺日比谷さんに相談したらさ、今は普通に温泉療養とかもあるし、医師が常駐している旅館やホテルってのもあるらしいんだ。それならそういう客も呼べるから、客層の幅が広がるって」
「…それは」
「それに俺が前に熱が出た時にたまたま医者がいたから良かったけど、普段はいないだろ。旅行先で体調崩す人は結構いるらしいし、有坂旅館は客が多いから医者がいればその辺も安心して経営できるんじゃないかなって」
「つまり…すべては旅館のために?」
有坂が呆然と俺を見つめる。
単純にそうなれたら楽しそうだって思ったのもあるけど。
それに旅館のためじゃなくて、有坂のためだ。
俺はこれから、少しでも有坂のためになる生き方をしたい。
初めて自分以上に大好きになった人のために、初めて必死で考えた自分の未来。
俺だけじゃやりたいことどころか毎日死ぬほどつまらなかったのに、有坂の事を考えればこの先の未来が楽しくてしょうがない。
有坂とずっと一緒に生きて、有坂のための自分になれるんだって思ったら、ワクワクして堪らない。
有坂のためになることが、自分のためにもなるんだ。
「…お前は、本当に凄いな」
「えっ?有坂の方が全然凄いぞ」
「そんなことはない。お前は俺には、本当に過ぎた存在だ」
じっと熱に浮かされたような熱い視線で見つめられる。
バクリと心臓が跳ねたが、有坂はどこか浮かない顔で一度視線を伏せた。
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