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「…わ、分かった」
渋々と有坂の言葉に頷く。
別々の大学に通うことを決めてしまった。
もちろん寂しいけど、でも俺達はこの先もずっと一緒にいるんだ。
だからこれは必要な過程なんだって今なら納得できる。
むしろ有坂にこの話をしたら、こうなることは分かってた。
「……」
黙りこくって俯くと、有坂が向かい合ってギュッと両手を握ってくれる。
優しい温もりに思わず縋りつきたくなるけど、でも心の中の恐怖はもうそれだけじゃ拭えない。
「そんな顔をするな。もう寂しくなってしまったのか?」
「…あ、当たり前だろ。有坂は俺と違う大学でも寂しくないのかよ」
俯いたままぽつりと呟くと、有坂は両手を握りしめたまま俺の目の前に跪く。
見上げる黒い瞳が、優しげに綻んだ。
「…散々情けない姿を見せてしまったからな。今更だから言うが、俺はお前が一人で進路を決めていた時からずっと寂しさを覚えている」
「え…?」
「結城はこの先も変わらずに俺の側にいるだろう、などと己惚れた考えをどこかに持っていたのかもしれないな」
「…そ、そうなのか?」
「ああ。だがお前は自らの意思で考え、互いにとってより良い新たな道を見つけてきた」
「だ、ダメだったか?」
そう聞くと、有坂は緩く首を振る。
「今までは俺が結城を引っ張っていかねばならない、などと勝手にそう思い込んでいた。だがそれは思い上がりだったのだなと、今は実感している」
「…そ、そんなことない」
「いいや、お前は俺が思っていたよりも、ずっとしっかりしていた。お前を信用しきれていないのは、俺の方だった」
――違う。
有坂はそう言ってくれたけど、本当に俺はそんなことないんだ。
全然しっかりなんてしてない。
俺は今まで自分のことでいっぱいいっぱいで、何も考えてなんかなかった。
有坂と一緒ならそれでいいしか考えてなくて、この先のことは全部有坂に押し付けてた。
大好きなはずなのに有坂自身の事が全然見えてなくて、気付かないうちにきっとたくさん有坂に遠慮させてたんじゃないかって思う。
それでも有坂が俺を引っ張ってくれたから間違ってる事にも気付けたし、このままじゃいけないって思えたんだ。
「結城。俺は恋人とは、互いに高め合える関係がとても理想的だと思っている」
「高め合える…?」
「ああ。だから俺ももっと成長する。お前に見合う男になれるよう、努力していこうと思う」
有坂は元々凄い奴なんだから、これ以上向上心なんか出さなくていいけど。
だけどいつだって真っ直ぐで誠実な黒い瞳が、しっかりと俺を見つめている。
どんな時でも俺を見放さなかったその瞳に、俺は知らない間にきっとたくさん助けられてた。
「結城、これからは二人の未来を共に考えていこう。そして一緒に成長していこう」
どこまでも真摯な言葉が、胸に突き刺さる。
嬉しいはずなのに、ズキリとまた胸が痛みを持つ。
理由は分かってる。
いい加減、俺ももう気持ちを決めないといけない。
「…あ、えっと」
視線が彷徨ってしまう。
胸の痛みはズキズキと痛みを増して、もうずっと取れない。
有坂はこんなに俺に対して真っ直ぐに向き合ってくれたのに、俺は有坂に出来ることを見て見ぬふりしてる。
もうなんども、このままじゃいけないって思ったんじゃないのか。
このままの俺じゃ、有坂の誠実な思いに応えることなんて出来ない。
「結城…?」
「…あ、有坂。俺…」
「どうした?」
分かってるのに、どうしても言葉が喉に引っかかる。
有坂に言わなければいけないことがあるって、ちゃんと決めてきたんじゃないのか。
見て見ぬふりして、一人でめちゃくちゃ悩んで、ハルヤンにも相談して、でもやっぱり怖いからまた見て見ぬふりしようとしてる。
だけどこのままじゃいけないんじゃないのか。
有坂がこんなに真っ直ぐ俺に向き合ってくれてるなら、俺だってそれに応えたい。
有坂の言葉をちゃんと受け止められる自分に変わりたい。
伝えないといけない。
ちゃんと伝えるんだ。
有坂のためになる、一番の言葉を。
「……っ」
ヒクリと喉が震える。
ダメだって思ってるのに、もう言う前からボロボロと涙が溢れる。
「――結城、どうした。なぜいきなり泣くんだ」
「あ…っ、有坂、有坂…っ」
「ど、どうしたんだ。泣かなくていい。俺はここにいる。怖いことは何もない」
「…っあり…っ、く」
伝えたいことがあるのに、言葉が出ない。
次から次へと、ボロボロと涙が零れてしまう。
俺はいつだってそうだ。
泣いて、泣いたら有坂がなんとかしてくれる。
有坂が優しくしてくれて、折れてくれる。
俺の言うことを全部聞いてくれる。
慌てたように有坂は立ち上がると、俺の頬に手を伸ばす。
両手で頬を包み込まれて視線を合わせられると、大好きだって気持ちが溢れていく。
「結城、なぜ泣くんだ。何かまだ悩みがあるのなら言ってくれ」
「…っう、あ、あり…」
「大丈夫だ。お前が怖いことは俺が全部なんとかしてやる。お前の悩みは俺が全て解決してやる。だから泣かないでくれ――」
必死に有坂が言ってくれる優しい言葉に、余計に涙が溢れる。
そういうのは有坂がなんとかする、じゃなくてこれからは一緒に考えていくんじゃないのかよ。
だけど心がグズグズになって、いつも通り全部有坂になんとかしてもらいたくなる。
泣いて縋って、思いのまま甘えてしまいたくなる。
でもそれじゃダメなんだ。
伝えないといけない。
大好きな人のために、俺のためにこんなに優しくしてくれた人のために。
「…い、一回しか…っ、い、言えないから…っ」
「な、なんだ」
「…っひ、否定したら、ま、また無理になっちゃうから…っ」
「どうしたんだ、何の話だ」
「だ、だからっ。だから、否定しないで…っ」
必死に言葉を紡ぐ。
零れる涙を有坂が指で拭って、あやすように髪を撫でられる。
「…っう、あ、有坂…へ、返事…っ」
「わ、分かった。なんのことかは分からないが、一先ず否定はしない」
「っぅ、好き…有坂、大好き…っ」
「ああ、俺も好きだ。愛している。だから泣かないでくれ」
抱きしめて、額にキスを落として、必死に俺の機嫌を取ってくれる。
有坂が大好きだ。
本当に、本当に大好きなんだ。
「…っから」
「え?」
喉がヒクヒクと震える。
だけどお腹に力をいれて、震える手を必死に握りしめて。
この温もりを本当は、絶対に失いたくない。
――だけど。
「あ、有坂は…む、向こうの大学、通って…いいからっ」
黒い瞳がハッとしたように大きく見開く。
口に出したら、一気に身体が冷たくなった。
もう怖くて堪らなくて、ブルブルと震えてしまう。
だけどずっと、ずっと言わないといけないって思ってたんだ。
本当は俺だって、ずっと分かってたんだ。
俺が間違ってしまったことを正す方法は、本当の意味で有坂のためになることは、最初からずっと分かってた。
「結城。だがこんな状態のお前を置いて俺は…」
「――有坂っ」
頼むから否定しないで欲しい。
有坂がちょっとでも気遣ってくれたら、俺の心は簡単に折れてしまう。
だってやっぱり行かないで欲しいって言葉がもう喉まで出かかってる。
今のは嘘だって言いたくなってる。
むしろ言っちゃおうかってもう口が開きかけてる。
だから早く。
まだ変わりきれてない俺の心が、元に戻ってしまう前に。
俺のために全部を捨てて譲ってくれた人のために、ちゃんと応えられる自分になりたい。
家族と縁も切らなくていい。
学費を自分で払うとか奨学金だとかって考えて苦労しないといけない回り道じゃなく、自分がやりたかった弓道も出来る、有坂が目指していた本来の道に。
有坂は息を飲んで俺を見つめていた。
だけど俺の様子を見て、やがてコクリと頷く。
「――分かった」
ボロボロでもう顔を上げられない俺の頬を取って、しっかりと視線を合わせられる。
「ありがとう、益男」
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