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「マス。そろそろ起きないと学校遅れちゃうわよ。起きるのつらかったらお休みしてもいいのよ」
「受験生なんだから、学校はちゃんと行くよ」
「あら?起きてたの。朝ご飯はパンもご飯も両方用意してあるから、好きな方食べていきなさいね」
「うん。ありがとう」
昨日はなんだかあまり眠れなかった。
結局離れられなくて有坂にしばらくくっついてたけど、それでもなんとか気持ちをセーブして有坂を見送った。
たくさん愛情を貰ったはずなのに、一人になったらすぐに寂しくなった。
離れて2秒で会いたくなった。
我慢出来なくなって追いかけたら、骨が折れるんじゃないかってほど力強く抱き締められた。
再び家に送って貰ったけど、でも離れたらまたすぐに会いたくなる。
もう一度会いに行こうかと思ったけど、でもそこは大人になって頑張って気持ちを抑えた。
だけど一人になったら寂しさと一緒に卒業後のことまで押し寄せてきて、今度は眠れなくなった。
こんなんで有坂と別の大学に通うなんて、やっぱり俺には無理なんじゃないのか。
変わるって決めたはずなのに一日経ったらもう弱気になって、慌てて首を振る。
こんなんじゃ全然ダメだ。
俺はこれから、変わっていこうって決めたんだ。
朝食を食べに部屋を出ようとしたら、母さんが入り口のところで呆然とした顔で固まっていた。
一体なんだ。
そのままなぜかへなへなと床にへたり込む。
「…ま、マスがお礼を言った」
そう言ってなんかグスグスと泣き始めたが、礼言っただけでどんだけ過保護なんだよ。
とはいえ今まで母さんに礼なんて、確かに一度も言ったことなかったかもしれない。
周りをちゃんと見ろって、他人の立場にたって考えなさいって女将さんにも言われたし、有坂にも今までに何度も言葉遣いを説教された。
俺は大人になるって決めたんだから、これからはちゃんと考えないといけない。
身内相手だろうと、それは例外じゃないはずだ。
少しずつでいいから、他人の気持ちを考えられる自分にならないといけない。
それじゃないと、有坂の優しさをまた気付かないうちに踏みにじってしまう。
「ゆ、結城君おはよう」
全く知らない奴らに挨拶された。
知らない人とは話しちゃいけないって子供の頃から言われてるから普段は無視だけど、まあ同じ学校の奴らなら素性は知れてるし返してもいいんじゃないのか。
「おはよう」
数人の女子に向かってそう返すと、キャーっと黄色い声を上げて逃げて行った。
逃げるのに挨拶してんじゃねーぞ。
下駄箱を開けると安定のどさどさと手紙の束が落ちてきて、いつも通り拾い上げて紙袋に入れる。
そのままゴミ箱に捨てにいこうと思ったけど、ちょっと考えてから再び下駄箱に戻った。
「益男、おはよう。何してるんだ?」
「――わっ、あ、有坂、おはようっ」
不意に名前を呼ばれて、バクリと心臓が跳ねる。
振り向くと有坂がちょうど昇降口から入ってきていて、朝の日差しを背中に受けてキラキラ輝いて見えた。
有坂だ。
ついに光始めた。
今日も世界一イケメンでめちゃくちゃ格好良い。
「…っあ、えっと」
急激に自分の身だしなみが気になって、前髪を弄りながら視線を彷徨わせる。
ちょっとでも変なところがあったら嫌だ。
「む、何を書いているんだ?」
「…あ、うん。どうせ手紙読まないのに毎日書いて入れる方も大変だろうから、もう入れないで欲しいって貼っておこうかなって。それで何て書こうか迷ってた」
「そうか。一言『投函不要』と書いて貼っておけばいい」
いやチラシお断りのポストかよ。
と思ったけど、まあ確かにそれが一番分かりやすい。
「一緒に教室へ行こうか」
「――うんっ」
有坂の言葉に自然と表情が緩む。
一緒に過ごせる時間が嬉しい。
隣を歩ける毎日が嬉しい。
だけど来年から、有坂は隣には――。
「昨夜はちゃんと眠れたか?」
「――えっ」
不意に言われた言葉に驚く。
ハッとして目に手を当てた。
「お、俺もしかしてブサメンになってる?」
もしかして目が腫れたりしてるのか。
寝る前にちゃんと美容パックしたし、母さんにもアサ兄にも今日も世界一イケメンだって朝から褒められた。
自分でも朝鏡を見た時に絶対これは有坂も夢中になるイケメンだって確信して出てきたはずだけど、なんかおかしいところがあったのか。
「ああいや、お前はいつでもかわ…格好良い。ただ少し環境の変化に弱いだろう」
「え?」
「昨日の決断で、変に思い悩んでいるのではないかと思ってな。ちゃんと眠れたなら良いのだが」
――心配してくれたのか。
有坂の優しさに心がじわりと熱くなる。
好きって気持ちでいっぱいになって、昨日寝れなくて可哀想だった自分の話をしまくりたくなる。
めちゃくちゃに心配して甘やかして可愛がって欲しくなる。
思わず触りたくなって隣を歩く腕に手を伸ばしたが、ハッと動きを止める。
もしかして心配って、なるべくかけない方がいいんじゃないのか。
有坂が俺の事を気にして、受験勉強に集中出来なくなった方がまずいんじゃないのか。
「…あ、えっと、大丈夫」
「そうか。ならいいが…」
「それより有坂、もうすぐテストだぞ。受験もあるし、今日からまた勉強頑張ろうな」
「ああ。そうだな」
「分からないことがあったらなんでも俺に聞けよ」
胸を張ってそう言うと、有坂がどこか困ったようにクスリと笑う。
「とても頼りがいのある言葉だが、少し複雑だな」
「え、なんでだ?」
「いいや、つまらない己のプライドの話だ」
なんの話か分からず首を傾けると、有坂にくしゃくしゃと髪を撫でられた。
我慢してたのに、有坂から触ってくれた。
一気に気が緩んで、心がくじけそうになってしまう。
もう全部どうでもいいから、今すぐ可愛がってくれって言いたくなってしまう。
それでもなんとかその言葉を我慢する。
大人になるって、もしかして我慢する事なのか。
それってめちゃくちゃ大変だ。
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