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ある日職場に出勤すると、黄色いテープが貼られて立ち入り禁止になっていた。
ホストクラブ「Hit and Away」、オレが先月から働き始めたばっかの店だ。昨日はシフトで休みだったけど、一昨日の終業時には別に普通だったのに。立ち入り禁止って、どうしたんだ?
「あれ……? あ、の……?」
入り口の横に仁王立ちになってる警察の人に声を掛けると、不審そうな顔で「はい?」って言われた。
「あの、何かあったんですか?」
「あなたは?」
逆に問い返されて、名刺を差し出しながら「従業員です」って答えると、店の奥からスーツ姿の人が出て来て、警察の人に「どうした?」って訊いた。
一目見てエラい人だって分かる、上等そうなスーツ着た人だった。短いなりにきちんとセットされた髪、キリッと濃い眉毛、くっきり二重の垂れ目が色っぽくて、ホストならいっぱいお客が付きそう。
オレみたいに、ろくに仕事も長続きしないダメな人間とは、正反対な人に見える。
「従業員だそうです」
制服警官からオレの名刺を受け取ったその人は、頭からつま先までオレのことをじろじろ見て、それから「ふーん」ってニヤッと笑った。
「岬クンね。へえ、従業員は全員とんずらしたかと思ったのに。のこのこ出て来るヤツがいたとは驚きだな」
「と、とんずら?」
思わず繰り返すと、その人はオレの左腕をぐいっと掴み、立ち入り禁止のこの状況を、ざっと説明してくれた。
「お前んとこのオーナー、以下数名、昨日の夜に逮捕されたから」
って。
「たっ……、ええーっ!?」
驚きの声を上げると、「罪状何か分かるか?」ってニヤッと訊かれた。
逮捕も初耳なのに、罪状なんか分かるハズがない。ぶんぶんと首を振りながらそう言うと、薬物の密売容疑だって言われて、更に驚く。
「薬物……」
何のことかさっぱり分かんないけど、これ以上ここで働けないのは分かった。30代イケメンオーナーの営業スマイルが頭に浮かび、うわーっ、と頭を抱える。
「あの……今月の給料、とか、は……?」
恐る恐る訊くと、「諦めろ」って肩をぽんと叩かれて絶望しかなかった。
給料日まであと5日。今財布に1万円しか入ってない。あ、でも、1万円ならカップラーメン100個くらい買えるし。寮でお湯くらいは沸かせるから、次の仕事が見付かるまで、大丈夫かも?
そう考えてふと、そういえば昨日の晩から寮でみんながバタバタして、うるさかったなって思い出す。
女の子連れ込んで平日に宴会とか普通だし、寮がうるさいのはいつもだから気にしてなかったけど。えっ、もしかしてみんな、このこと知ってたのか? オレ、何も聞いてないんだけど。
っていうか、寮まで閉鎖にならないよね?
サーッと青くなりながら、高そうなスーツの人を見上げる。
「あの、寮にはまだ、す、……」
住めますよね、って言い終わるより先に、「寮!?」って鋭く訊き返されて、ドキッとする。
「寮があんのか? どこに?」
「うえっ、あのっ、隣の駅です、けど」
掴まれたままの腕に、更に力が込められて痛い。
「おい、木谷。寮あるって聞いてたか?」
「えー? 寮ですか、警部?」
店の奥からもう1人、グレーのスーツを着た人が出て来て、2人で何やら話し始めた。
目の前にいる人は、警部さんみたい。木谷って呼ばれた人が敬語を使ってるから、やっぱりエラい人なんだろう。
オレと同い年くらいに見えるのにスゴイ。掴まれたままの腕が痛い。
「案内しろ」
命令されるままパトカーに乗せられて、木谷さんと警部さんと、3人で店の寮に向かう。
オレがさっき出るまで、まだ寮には人がいたと思うけど、パトカーで到着した時には、もぬけの殻になっていた。
ドアも開けっ放しで、中には人の気配もない。
「おい」
「はい」
そんな短いやり取りで、寮の中に入ってく2人。
「ちっ、遅かったか」
舌打ちする警部さんの指示で、パトカーがもう1台到着し、警察の人達がわらわらと入って来た。
何の説明もないけど、家宅捜索するんだなって、それくらいはオレにも分かった。
共有スペースになってた、リビングのソファでぼうっとしてると、警部さんに「おい」って声を掛けられる。
「詳しい話を聞かせて貰おうか」
そんな言葉と共に寮から連れ出されたオレは、近くのカフェでコーヒーを飲みながら、事情聴取みたいなのを受けた。
いつから働き始めたのか、働き始めた動機は、給料はいくらか、客層はどうだったか、店で不審な薬を見たか……。
「こういうの」
って見せられた、水色の錠剤にもまるっきり見覚えなくて、ただ呆然と首を振る。
やがて一通りの聴取が終わり、警部さんと一緒に寮に戻ると、そこはお店と同様に黄色いテープで封鎖されてて、ガーンとなった。
「あの……もしかして……」
恐る恐る訊くと、「立ち入り禁止だな」ってあっさりと言われて更にガガーンとショックを受ける。
繰り返すけど、財布の中には1万円しかない。
預金? 銀行? 何ソレ意味が分かんない。
職場もなくて、お金もなくて、この上寝るとこまでなくなったら、オレ、今夜からどうすればいいんだろう?
へなへなと座り込むと、「どーした?」って警部さんに真上から見下ろされた。
「もしかして、行くとこねーの?」
もしかしなくてもその通りなので、カクカクとうなずく。
「給料……」
「諦めろ」
「ベッド……」
「それも諦めろ」
ふふっと笑いながらの言葉に、「うおーっ」って頭を抱えるしかなかった。だから。
「行くとこねーなら、オレんちに来るか?」
警部さんのニヤッと笑いながらの申し出が、天からの声みたいに有難かった。
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