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ただただ愛おしい
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◇
「ぅ熱っち!」
台所から何やら不穏な声が聞こえてきた。久古は読みかけの本から顔を上げ眉をひそめる。
(何をやっているんだあいつは)
部屋の扉を開けた瞬間、焦げたような異臭が漂ってきた。あまりのきな臭さに顔しかめ、慌てて台所へ向かう。
「どうした」
「あ……いや」
コンロの前で悪戦苦闘していた爽太はぎくりとした動きで振り向き、困窮した表情でこちらを窺ってきた。手元を覗き込むと、火に掛かった網の上でサザエがもうもうと黒煙を上げている。
「つまみでも作ろうかと思って」
爽太はもごもごと言い訳のように呟いて肩を落とした。やれやれと苦笑し、コンロの火を弱める。
思っていた通りと言うべきか、思っていた以上と言うべきか、爽太は呆れるほど不器用だ。特に家事は悲惨としか言いようがない。掃除をさせれば余計に汚し、皿洗いをさせれば必ず食器を割り、洗濯を任せれば糊と柔軟剤を間違えて一塊の異物にする。そのたび恐縮した表情で「あのさ……」と怖々申告してくるのは見ていて面白いのだが。
そのうち大怪我でもしそうな有様なので、そう面白がってばかりもいられない。
「火傷したのか?」
「うん……まあ大したことないけど」
指先を口にくわえながら爽太が頷く。強引に手を取り上げてみれば確かに赤くなっていた。しっかりと冷やさなければ後々まで痕になるかもしれない。流水で冷やすよう言い含め、爽太が大人しく傷口を水にさらし始めたのを確認してからコンロの前に立った。
今日の昼間に爽太が買ってきた活きのいいサザエは、今やほとんど炭のような状態になっている。一体どんな調理の仕方をしたらこんなことになるのだろうか。
溜め息のような苦笑が漏れたのはやはり面白いと思ったからだ。
「……ごめん」
爽太は何を誤解したのか肩をすぼめて俯く。
「気にするな。なんとでもなる」
実際、焦げているのは外殻だけだろうと予想し、適当に醤油を垂らして火を強めた。
「あ、いい匂い」
ふわりと広がった磯の香りに爽太が顔を上げる。爽太はとにかく魚介類が好きらしい。食べ物の好みが合うのはなかなか悪くない。
水を止めた爽太がいそいそと酒の準備をし始める。
「あんたも焼酎でいいよな?」
「俺がやるからおとなしくしていろ」
危なっかしい手つきで焼酎を熱燗にかけようとする爽太を制し、皿に盛り付けたサザエを渡した。仕事を取り上げられた爽太はいささかむくれながらリビングへと消えていく。
あれで一体どうやって一人暮らしをしているのだろう。無表情の下で久古は懸念し、溜め息を飲み込んだ。
「あんた、最近また中村先生とよく話してるよな」
程よく酒が進んだ頃、ポツリとした呟きが聞こえてきた。唐突な言葉に杯を開ける手を止め、爽太を見る。
中村と言えば校内でミス・マドンナとか言う呆れた二つ名を持つ女教師だ。爽太が何かと苦手がっている教師でもある。
「この前も一緒に飲みに行ったんだろ?」
「誰からそんなことを聞いたんだ」
「生徒たちが噂してた。『やっぱりあの二人、超お似合いだよねー』ってさ」
じっとりとした横目を向けられ、肩が落ちた。そんな下らない噂や評価をいちいち真に受けてどうするのか。
「付き合いで飲みに行っただけだ。奥園も一緒にな」
「え? 二人きりで行ったんじゃないのか?」
「行くわけないだろう」
どうして自分が中村と二人で。鼻を鳴らし、温くなった焼酎をゆっくりと煽る。爽太はしばらく驚いたように目を見開いていたが、そのうち安心したように目元を綻ばせた。
(なるほど。嫉妬されていたわけか)
中村と話しているときに限ってやけに憮然とした視線を向けてくるとは思っていたが。
思い返して笑った。何をそんなに不安がっているのか。
「可愛い奴だな」
「は? わっ、ちょ、やめろよっ!」
気分の赴くままに爽太の髪を搔き回す。口で言うほど嫌がっていない様子なのがまた楽しい。ついでに自分の側へ引き寄せ、唇を重ねた。
「ん……」
唇を軽く食むだけで爽太の身体は弛緩する。後頭部を押さえて口づけを深くすれば、爽太は必死な様子で舌を絡めてきた。
稚拙な動きが却っていじらしい。こちらの愛撫に応えながら、喉の奥でくぐもった嬌声を上げる。
「ふ……っは……」
そっと唇を離すと、爽太がトロンと据わった目でこちらを見ていた。酒のせいか、ほんのりと目元が赤くなっている。
「来い」
もう一度軽く口づけ、爽太の腕を引いた。寝室のベッドへ問答無用で押し倒す。
「ま、待てよっ」
「無茶を言うな」
自分から誘っておきながら、爽太は往生際悪く腕を突っ張ってきた。
手首を掴み取り、そっと手のひらにキスを落とす。爽太はきつく目を瞑り、ふっと腕の力が抜いた。
シャツのボタンを外し、滑らかな素肌に舌を這わせる。
「ぅあ……っそれ、やめっ」
薄く色づいた肉芽に口づけ、舌先で転がすと、爽太は慌ててこちらの頭を押さえ込んできた。いつものことだ。
本当に嫌なら全力で突き放せと命じてある。それが実行されない限り、遠慮する気は微塵もなかった。
「も、おかしく、なるからっ」
「なればいいだろう」
何の問題があるのか。心底疑問だ。
着衣の上からすっかり熱を持ったそこを擦ると、爽太は息を呑んで身を捩り、なけなしの抵抗をしてきた。そうすればするほどこちらを煽る結果になると、そろそろ学習してもいい頃だろうに。
「あっ……ああ……っ」
ズボンの前を開き、下着を割って直接欲望に触れる。昂ぶった肉欲は既にとろみのある蜜を零していた。
「貴彰、さんっ」
喘ぐように名を呼ばれ、僅かに理性が揺らぐ。無理にでも抱き潰したいと、凶暴な感情が湧き起こった。
下着ごとズボンを剥ぎ取り、爽太の肉欲に口づける。悲鳴に近い嬌声が耳朶を打つが、構ってはいられなかった。
触れたいのだ。もっと、深く。
こんな飢餓感のある自分の欲情を、爽太が知ったらどんな顔をするだろうか。
あっという間に絶頂へと達した爽太を見下ろし、ふと笑みが漏れた。
「ま、待て、てば……っ」
弛緩した身体を丹念に舐め上げ、焦らすように噛み付く。快感の余韻が残っているのか、やたら感度がいい。どこに触れても過敏な反応が返す爽太に満足し、片足を抱え上げた。
「ぅぁ……っ」
無防備な蕾に口づけると、爽太は羞恥に顔を歪めた。予想以上に柔らかくなっていたそこをさらに解す。
「ぅ……っく……」
熱い内部を指で擦り上げると、爽太は背中をつらせて唇を噛み締めた。何度も言っているのに、この癖は治る気配がない。
「噛むな。切れるぞ」
「っだ、って……もう、くるしっ……」
仕方がない奴だ。
そっと息をつき、爽太の望むものを窄まりに押し当てる。あまりの熱さに恐れをなしたのか、逃げようとする腰を掴んで引き寄せた。
「あぁ……っ、」
自制心の限りを尽くして、ゆっくりとねじ込む。無理をすれば爽太が辛いだけだ。最奥に達するまで、騙し騙し貫いた。うねる内壁にきつく絡め取られ、束の間、呼吸を忘れる。
「爽太」
「ん……」
胸で荒い呼吸を繰り返す爽太を呼び、深く繋がったまま互いに貪るような口づけを交わした。
煽られるまま深く浅く内壁を擦りあげると、爽太は堪りかねたように声を嗄らしてしがみついてきた。背中に走る爪の痛みすら愛おしく、汗の浮く首筋にそっと歯を立てる。
「え、何して……っわ」
汗ばむ身体を抱え上げ、繋がったまま向かい合って座った。
「これなら顔がよく見える」
「ば、っかじゃねぇの……!」
独善的に満足し、これ以上なく紅潮する爽太に微笑みかけた。
「これ、やだってば……ッ」
自重でさらに深く貫かれることを恐れたらしい爽太が腰を浮かせるが、当然許すわけにはいかない。
「ぅああッ! や、あッ」
逃げる腰を捉えて、下から突き刺すように動く。内壁の締め付けが強くなった。
「何が嫌なんだ。ちゃんと感じているだろう」
「ち、ちが、ァッ、ああッ……」
言う割りに自ら腰を振っているが、本人は無自覚なつもりらしい。
「本当に可愛いな、お前は」
汗で張り付いた前髪を避けてやりながら、久古はそっと苦笑する。
他人をここまで愛おしく思う日が来るとは思わなかった。けれど、存外悪くないものだ。
「爽太」
低く名前を呼び、熟れた熱を持つ耳元に囁いた。
「――俺はお前を愛している」
なにがあっても味方でいると誓う。この先、永遠に。
「俺、も……」
たったそれだけの言葉が、心の底から嬉しかった。
「大丈夫か?」
「ん……何とか」
掠れた声で頷いたが、爽太はうつ伏せのままぐったりとベッドに伸びている。我ながら加減が利かなかったと反省しつつ、そっと髪を撫でた。心地よさそうに目を閉じた爽太を見つめ、ふと口を開く。実はまだ、爽太に話していないことがあったのだ。
「今年度いっぱいで、好凪中を離れることになった」
「……え?」
まどろみかけていたのだろう爽太が目を開き、呆然とこちらを見つめてきた。
「何で……?」
「異動だ」
かなり前から決まっていたことだが、なかなか言い出す機会がなかった。教師は一定の勤務期間を経ると必然的に次の学校へと異動になる。今回の異動は避けられないことだった。
「そっか……」
呆然と呟いた爽太は見る見る間に気落ちしていく。やがて、歪めた顔を枕に伏せてしまった。
ここまでショックを受けるとは思っていなかったため、若干驚きつつ苦笑を向ける。
「そんなに落ち込むな。異動になるからと言って、お前との関係を終わらせるつもりはない」
そう言い含めても、爽太は顔を上げなかった。
「でも、今みたいにしょっちゅうは会えなくなるんだろ……?」
くぐもった声で子供じみた駄々をこねる。確かに、職場が違えば会う機会は確実に減るだろう。それを寂しいと思ってくれるのは嬉しいが、さてどうしたものか。
おいそれと会えなくなるのは、自分としても大変都合が悪い。正直に言えば片時も離さず手元に置きたいくらいだ。
どうあっても手放すという選択肢がない以上、この問題を解決する術は一つだ。
「いっそ、ここに住むか?」
口にした瞬間、不安になった。もしも嫌だと答えられたら、立ち直れる自信がない。そんな自分に気づき、自嘲が浮かぶ。爽太とこういう関係になってから、自分はかなり臆病になった気がする。
「今の、本気?」
唖然とした声に目を向ければ、信じられないというような顔で爽太がこちらを見ていた。
「本気のつもりだが」
肯定すると、爽太は瞠目して飛び起きた。
「マジでっ!? 俺、あんたの傍にいていいの?」
「ああ」
食い気味の問い掛けに苦笑をもって頷くと、爽太は嬉々として瞳を輝かせて頬を紅潮させる。
「そんなに嬉しいのか」
子供のようなはしゃぎ振りに思わず笑ってしまった。
「当たり前だろ」
快活な肯定に驚く間もなく、唇を重ねられる。爽太からキスしてくるなど、珍しいどころか初めてのことだ。
「うわ……思ってたより恥ずかしい……」
自分でしたくせに、爽太は顔を真っ赤に染めて俯いた。そのいじらしさに今度こそ声を上げて笑う。
「わ、笑うなよっ!」
不機嫌な抗議ですら愛おしいとは、我ながらずいぶんと絆されたものだ。
「早く引っ越して来い。これ以上、お前を一人で生活させるのは不安だ」
「どういう意味だよそれ」
爽太は納得いかなそうにぼやき、それからゆっくりと口元を綻ばせた。
この無邪気な教え子に、いつか明かしてみたい。お前は八年前からずっと特別な存在だったのだと。
(どんな顔をするんだろうな)
久古は内心意地の悪い算段をしながら、はしゃぐ爽太をきつく抱き締めた。まるで宝物を手にしたときのように。
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