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堪らない香り < Side瀬居
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「おかえり……」
掌の半分ほどまで届く袖の長いシャツを羽織り、両手でマグカップを持ったまま振り返った冬嶺 懐里(ふゆみね かいり)が、柔らかく笑みをくれた。
キッチンに向かおうとしていた懐里の頭を、擦れ違い様に、よしよしと撫でつつ、声を返す。
「ただいま」
隣に立つと、懐里の方がほんの少し小さいのがわかる。
懐里に気づかれぬように、そっと息を逃した。
今日もちゃんと生きていてくれた。
オレ、瀬居 幸理(せい ゆきみち)が帰ってくるのを待っていていれた。
その事実に、オレは毎日、安堵の息を吐く。
懐里に出会ったのは、8年前、高校に入学したときだった。
入学当初は、単なるクラスメイトに過ぎなかった。
本格的に仲良くなったのは、読書部という変な同好会に入ってからだ。
同好会の活動内容は、ただ部室で本を読むだけだ。
オレは、本が好きで、この同好会を選んだ。
懐里も本が好きであるという部分は一緒で、さらに、読みたい本が部費で買えるという理由でこの部活を選んだらしい。
懐里に、両親はいない。
小さな頃に、交通事故で両親を失くし、祖父母も既に他界している。
この年で、天涯孤独だった。
両親の保険金で、生活はできているが、本などの娯楽へと回せる小遣いは、ほぼなかったらしい。
同好会には、3年の先輩しかいなかったので、1年の秋頃は、読書部は、懐里とオレの2人だけになっていた。
3年生を含めても、4人ほどしかいなかったオレたちの同好会。
部室は、階段下の変な形をした小さな部屋が割り当てられていた。
高校1年の冬。
いつものように部室に足を踏み入れたオレ。
鼻から吸い込んだ堪らない香りに、ぶわっと腰から背にかけ、痺れる感覚が駆け上がってきた。
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