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我慢せずに甘えてしまえ
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「お待ちどうさま」
ダイニングの椅子に座るおれの前に、出来立てのナポリタンが置かれた。
でも、置かれたのは、おれ一人分。
「温かいうちに食えよ?」
声を放った九良は、椅子の背もたれに掛けていたジャケットを羽織る。
じっと見やっていたおれの視線に気づいた九良が、言葉を繋いだ。
「食い終わるまでいた方がいいか? オレが居ても寂しいの変わんねぇだろ」
ジャケットを羽織ながら家の中を見回した九良は、ベッドの脇の籠に引っ掛かるように置かれていた幸理のパーカーに目を留めた。
ずかずかと歩み寄り、荒くそれを手にすると、おれの元へと戻り、ふわりと肩に掛けられた。
「我慢しなくて、いいんじゃねぇの?」
おれは、九良の言葉の意図が掴めずに、疑問符の浮かぶ瞳を向けた。
羽織らされたパーカーに、まるで幸理がおれを抱き締めているようで、気持ちが落ち着く。
「寂しかったんだろ? 幸理に会えなくて」
九良は、ゆったりとした仕草で、目の前の椅子に腰を下ろした。
「幸理が帰ってきたのかって期待したら、全然知らねぇオレで、怖ぇし、寂しぃしでパニックになったんじゃねぇの?」
テーブルに立てた片肘に顎を乗せ、九良は、首を傾げる。
「おれ、捨てられたコトあって……」
黙っていても、何もかも見通されているような気がして、おれは口を開いた。
「知ってる。だからオレのコト、余計、怖かったんだろ?」
眉尻を下げ、申し訳なさげに紡がれる九良の言葉に、心苦しくなる。
「昔の、番のコト、思い出して……苦しくて……」
項垂れるおれに、九良は、ナポリタンの入った皿を、くいっと押した。
無言で、ご飯を食べろと急かされる。
おれは、一緒に出されたフォークを手に、ナポリタンを巻き取った。
「頼まれたって言ってたから…、おれの今後、任されたのかなって」
巻き取ったパスタを口に運びながら、言葉を紡ぐおれに、九良は怪訝な顔をした。
「は?」
ぶっきらぼうな音を放った九良の眉根が、きゅっと寄った。
「おれに、αで番になれる人、紹介して……」
厄介払いをしようとしてるのか、とも考えた。
そう紡ごうとしていたおれの言葉は、九良の声に阻まれる。
「ないない。言ったろ? オレ、番、居るし」
呆れるような瞳を向ける九良に、おれは、否定の言葉を紡いだ。
「でも、幸理、近衛の家に戻るんでしょ? おれ、邪魔だろ……」
寂しさに沈む気持ちのまま、口許の側まで運んだナポリタンを、再び皿へと戻してしまう。
「……あいつは、離れねぇと思うぞ?」
九良の言葉に、疑心の瞳を向ける。
「会ってねぇけど、…声の感じからしたら、わかるだろ。お前が大事で仕方ねぇって」
おれは、首を捻った。
幸理の態度は昔から変わらない。
大事だと思われているとすれば、それは、愛情じゃなくて、友情で。
それはきっと、同情や憐れみの部類だ。
ふと、光が見えた気がした。
「そっか……」
鬱陶しがられるとしても。
我慢したとしても。
どちらにしても幸理が居なくなるのなら。
我慢せずに甘えてしまえばいいのかもしれない……。
呟いた独り言に、九良は、問うような視線を向けた。
おれは、何でもないというように小さく首を振り、ナポリタンを口へと運んだ。
作りたての温かい食事は、おれの胸をも温める。
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